青木×薪、R指定なし、また雨です、雨大好きみたいだなぁ(笑)
運命の予感
誓いや約束がなんの意味を持つだろうか。
それは本当に人の心を一つ所に定めておくだけの力はあるのだろうか。
目に見えないものは、信じない。
僕はいつからかそう思うようになっていた。
駅の改札を出て、暗くこもった地下街を通り、ようやく地上へ出る。鉛色の空から、生温い風が吹いていた。
肌にじめじめと纏わりつくような感覚に薪は顔をしかめる。
会議が思ったより早く終わったから、まだ明るいうちに第九に戻れるなんて思ったのが甘かった。この時期の夕方の天気は酷く不安定だという事を、失念していた。
(やっぱり迎えに来させれば良かった)
たかが2駅だと、わざわざ車を寄越させるのを面倒に思って、連絡も入れずに電車に乗ってしまった。
空はたっぷりと水分を含んで、今にも泣き出しそうで、自然と足を早めた。
大体駅から第九までは早足でも20分位ある。決して近いとは言えない為、普段はほとんど車で移動する。
たまには歩くのもいいけど。こんな天気じゃ、歩いていたってちっとも爽快になりやしない。
急ぐ薪を嘲笑うように、ぽつりぽつりと雨粒が落ちてくる。
(あ…くるな)
薪はとっさに手近に見えたビルの入り口付近に移動した。
見計らったように、バケツをひっくり返したような大雨が、街を包む。
独特の熱をはらんだ、むせ返るような雨。
こうなってしまうと、もう止むまで身動きが取れない。
もはや顔をしかめる事も忘れて、ただただ、ため息と共に落ちてくる膨大な雨粒達を眺めた。
こういう時、人は心細くなる反面、勇ましくもなる。
ああもう、濡れたっていいから、走って第九へ向かってしまおうか。
ぐずぐず雨上がりを待つのも嫌だし。
「…薪さん?」
こういうのを、ドラマティックと言うんだろう。
もし僕が女の子だったら、きっと口に手を当てて頬を染めるシチュエーションに違いない。
そこには大きな傘をさした青木が、買い出しのビニール袋を下げて立っていた。
「こんな所で…会議は…」
青木は、雨を辛うじて避けて立ちすくむ薪に心底驚いた様子だった。
「おまえこそ…こんな所まで買い出しか」
「頼まれた物が近くのコンビニに無くて…探して来いって、いやそんな事より…」
青木が差し出した手を薪は黙って握る。
相合い傘だ。
さっきまで疎ましくて仕方のなかった雨は、今はカーテンのように二人をつつんでいた。
「ふふ、なんか奇跡的じゃないですか?」
「なにが?」
だって、俺が偶然今の時間に買い出しを頼まれて、偶然いつもと違う店に行って、帰りにあなたに会うなんて。
すごい確率だと思いませんか?
肩を寄せて歩いているから、はっきりと表情を伺う事は出来ないけど、青木の声は凄く楽しそうだ。
「偶然だ」
「そんなー、結構感動したんですよ、あなたを見つけた時」
僕だって驚いた。
でもそれをロマンティックだとか僕が騒ぐと思うのか?
「たまたま僕があの場所で立ち往生して、おまえがそこを通り掛かっただけだろ」
「はい、そして大雨で、こうやって今一緒にひとつの傘で歩いてます」
「うん」
それだけだ。
「ただ偶然近い距離に俺が居て、あなたが居て、雨が降った」
「そうだ」
「だから今こうして並んでる」
「…?そうだ」
「実験と同じです」
「?」
決まった物質を、決まった条件で合わせると、決まった反応が出る。
「こういうのなんて言うか知ってます?」
「化学反応」
なんとも薪らしい即答に、青木は苦笑する。
「こういう定まった巡り合わせの事、運命って言うんですよ」
運命?
「あなたが居て、俺が居て、起こる全ての事は運命なんです」
「運命…なんて」
悲しい事からも逃れられない、運命ってそんな響きだ。
薪が少し目を伏せたのを青木は見逃さない。繋いだ手に少し力を込めた。
「定まっている、訳ではなくて、選んでいく結果だと思うんです」
「…選んでいく」
「例えば、こうやって俺はあなたの手をきつく握りたくて、握りますよね」
「うん」
「あなたはそれを握り返してくれた」
それが運命。
俺が選んだ選択肢に対する、あなたの反応のひとつひとつも運命なんです。
「それなら…」
薪は背伸びをして、青木の頬に軽くキスをした。
「こうしておまえの顔が赤くなるのも運命」
「…そうです…けど」
心臓に悪いんですけど、と青木は俯く。
「こういう運命ばかりなら、楽しそうだな」
目に見えない物は信じない。
だから神はいないし、霊もいない。
けれど、目に見えないから愛はない、なんて悲しすぎる。
運命が、何かを形にしていく事なんだとしたら。
「こういう運命を繋げていけば、おまえとずっと一緒に居られるかな」
「え?」
ひときわ大きくなった雨音のせいで、薪の言葉は青木の耳に届かなかった。
「なんて?」
「何でもない」
「なんですか聞こえなくて」
「…そういう運命だったんだろ」
青木のふてくされる顔があまりに愛しくて、おかしくて、薪は笑ってしまう。
どうしてこんなに幸せで、こんなに楽しいんだろう。
さっきまでは憂鬱で、早く帰りたいばかりだったのに。
おまえと居ると。
『あなたが居て、俺が居て、起こる全ての事は運命なんです』
(終)