まだ僕らが小さかった頃、下町の会館を使ってパーティーが開かれたことがあった。
今思えばそれほど大きいとは言えない場所に、大勢の人が集まってたのだから、とても窮屈だったと思う。見繕った料理も皆で持ち寄ったりしたお手軽のもの。だけど、そこには確かに笑顔が満ち溢れていて、皆が楽しそうに騒いでいた。貴族達の物静かなパーティーとは違って、賑やかなものだったけど、僕はそっちの方が何倍も好きだ。明るさが売りの下町らしいしね。
男性は大して普段と変わらない服装だったが、女の子達はいつもよりオシャレをしていて、綺麗に着飾っていた。ドレスに見立てた長いスカートの裾をはためかせ、くるくる踊るのを僕とユーリは黙って眺めていた。
そんな僕らに近くにいたおばさんは優しく「さぁ、アンタたちも踊っておいで」と言うのに頷き、僕とユーリは手を繋いでその輪の中に入っていく。社交ダンスなんか知らなかったけど、変なステップを踏みながらも僕達は笑いながら踊っていた。そこで、僕は思い付いたことをユーリに投げ掛ける。
『ねぇ、ユーリ!』
ユーリが僕の声に反応するのを確認して、僕は話を続ける。
『また一緒に踊ろう!今度はもっと上手になって、あのお姉さん達みたいに二人で踊ろうよ!』
また一段と賑やかさの増した皆の笑い声は、下町中を響かせていた。そして、ユーリは『いいぜ、約束な!』って、笑いながら大きく頷いてくれたんだ。














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「ギルドと帝国のダンスパーティー?」

「ああ。互いの親交を深める場を作ろうという殿下のお考えだ。城で開かれるから、ギルドの方々には御足労いただくことになってしまうが…」


もうすぐ日没を迎えるであろう頃、訪ねてきた親友から聞かされたのは皇帝からの便りだった。手紙を渡され開いてみれば、シンプルな便箋には皇帝直筆の繊細な文字で、舞踏会を開く事やそれに是非参加してほしいとの旨が書かれていた。
ユーリはあらかた目を通し終えると、再び封筒の中に便箋を折り畳んで入れてしまい、棚の上に置く。フレンの方を見やれば、彼の瞳は少しだけ不安そうに揺れながら見つめていた。それもその筈。ユーリ自身、貴族達との馴れ合いを酷く嫌っているのを誰より知っているのはフレンだ。そうなると、自分は行かないとユーリが言うことは予想ができる。普段ならフレンもしょうがないと思い、無理に引き止めるようなことはしない。
だが、今回は今までとは訳が違う。友好関係を深める為にと配慮された催しに参加しないとなれば、当然角がたつ。しかもこれからの世界を担う基盤となる者の殆どが、出席するというのだから尚更だ。

懇願するように自分を見つめてくる様があまりにも必死で、また可愛らしく、ユーリは内心抱き締めたい衝動に駆られるが、なんとか押さえる。流石にここで襲ったりでもすれば、フレンは怒るどころか泣くだろう。そして暫くは機嫌を損ねて触れるどころか、口すら聞いてくれなくなるのだ。それは非常に困る。


「ユーリ…君がこうゆう事があまり好きではないのは承知の上だけど、……来てくれないか?」


上目遣いにおずおずと頼んでくる様子は、叱られている子犬のようだ。こんな風にされては無理な望みでも叶えてあげたくなるではないか。全く無意識というのは質が悪い、とユーリは一人心の中で愚痴った。
特に返答もしないまま、ユーリは棚から引っ張り出した木箱の中から紙と封筒を取り出す。机上にあったペンを握り、真っ白な紙におもむろに文字を書き込んでいく。滑るようにペンを走らせて、短くも長くもない文章を書き上げるなり、それを先程だした封筒にしまい込んだ。
一連の作業をただ眺めていたフレンにそれを差し出すと、蒼の双眸が瞳をこらしてそれを見つめた。


「これ、ヨーデルに渡してくれ」

「殿下に手紙を…?」

「ああ。それと、パーティーには行ってやる。帝国だけじゃなく、ギルドも主催となりゃあ仕方ねぇしな」


ユーリの返事が意外なもので、フレンは驚きに目を見開いて固まっていたが、直ぐに顔を綻ばせると嬉しそうに頷いた。


「ユーリ…!書状は責任をもって預かるよ。本当にありがとう!」


いそいそと鞄の中にユーリから授かった手紙をしまい、大切な物を扱うように抱え込む。本当に馬鹿正直で素直なものだ、とユーリは苦笑を零した。フレンのこうゆう所は気色の良いものだが、未来の騎士団を引いてく者がこれでいいのかと些か心配になる。まぁ、彼に何かしようとする不逞の族がいたとしても、自分が守ればいいだけの話だが。
そういえば手紙の内容のことについて何も話してないな、とユーリは口を開きかけたが、途中でやめといた。後から知ったフレンがどんな反応をするのか見てみたかったし、何より今だニコニコとしながら、帰り支度をするフレンに水を差すのも野暮なものだ。わざわざ怒らすこともあるまい。
ユーリはあまり人の良くない笑みを浮かべながら、フレンを見つめていたが、機嫌のいいフレンに気付かれなかったのは幸いだった。


「じゃあユーリ、僕は城に戻るよ。また会場で会おう」


玄関で振り向き様にされた別れの挨拶をユーリは片手を上げることで応えた。素っ気無いその態度に文句を言うこともなく、フレンは最後にユーリに笑んでから外へと続く扉をゆっくりと開ける。


「……覚悟しとけよ、フレン」


パタンと扉の閉まる音が響くと同時に投げ掛けられた言葉と、含みをもった笑い声をフレンは耳にする事はなかった。




















ダンスパーティー当日、準備に追われ忙しない城内に、青年の叫びと従者の楽しそうな声が響き渡った。
西日の当たる、とある一室で繰り広げられていたのはお召し替えと表した鬼ごっこ。だが、死に物狂いに逃げていた青年は隅に追い詰められ、逃げ場を失ったようだ。
決死あるその光景は、とても微笑ましいの一言で丸くおさめられるような事では無かったが、やはりどこか間の抜けたものである。


「やっぱり無理です!僕には出来ません!!」

「いえ、言いつけは守って頂かないと。」

「僕の方から殿下にはお話ししますからっ…!」

「今は殿下も準備でお忙しいご時分でしょう。ささ、フレン様も早くお着替えになられないと。お時間に間に合わなくなってしまわれますよ」


話をつけるからと説得してみたが、どうやら効果はなかったらしい。それもその筈、自分は口が弱いのだと昔馴染の親友からいつも言われていることだ。
一人の青年を囲んで、化粧道具を持った女性や煌びやかな衣装や装飾具を手にした男性が、獲物を狙うかのようにじりじりと詰め寄っている。
もうこれは諦めて腹を括るしかないのだろうか。いや、しかし騎士団長としてこれは如何なものなのだろう。それ以前に男としてどうかとフレンは思う。今宵行われるパーティーに女装して参加しなければならないなんて……なんの見せ物だ。


「こんな綺麗な衣装なのです。そちらの女装のような方がお召しになった方がいいかと…」

「いいえ、そんなことありません。フレン様のような麗しい容貌の方に着られる方が、ドレスも喜びますわ」

「その通りです!フレン様は並の女性に引けをとらないぐらい美しいではありませんか」

「何故か素直に喜べないのですが…」

「何はともあれ、私共にお任せ下さい。会場一の姫君になるよう、お手を尽くさせていただきます!」


一気に距離を詰められ、抵抗する間もないまま身ぐるみを剥がされた。もはや騎士としてのプライド云々の話ではなく、これは立派な嫌がらせになるのではないかと、フレンは意識の遠くで思っていた。
迫りくる数々の魔の手に心底泣きたくなったが、もうどうにでもなれ、と投げやりな気持ちになる。どうにか早く終わることだけを祈りながら、フレンは自分をめかしこんでいく従者達を黙って見守り続けるのであった。
心中のうちで、こんなことをヨーデルへと言い付けた親友に憤慨を覚えながら。













続きます(^^)