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予め喪失が約束されていた物語(夏蛮♀)


※死ネタです。





















「―――っ!!」



涙に滲む視界のせいで前が見えない。
彼の姿が見えない。
それでも、最初で最後の彼の願いを叶えようと必死になって少女は前を睨んだ。

そして、弓矢を放つ。
愛しい人へと向かって。

すると、目一杯引き絞って解き放たれた銀の弓矢が、彼の心臓を劈いて血飛沫を上げる。
迸る獣の唸り声にも似た絶叫は、人から放たれるものではなかった。
闇に堕ちた者特有の言語にし難い、それは絶叫だった。
嗚咽で震える喉を叱咤しながら少女は涙を振り落とし、次の弓矢を少年へと向け狙いを定める。
深い嘆きと悲しみに歯を食いしばって。
その姿は、まるで凛冽たる大地に立つようだった。
極寒の地に一人、使命を背負って立つ人間の姿そのものだった。

どうすることも出来ないのならせめて彼が早く逝けるようにと、間を置かず、何度も何度も魔を滅するといわれる銀の弓矢を彼に放って命が尽きる瞬間へと導いてやる。
少年と最後に交わしたちっぽけな約束を胸に抱いて、少女は少年が息絶えるまで弓矢を放ち続けた。










こんな結末を迎えるくらいなら……二人は出会わなければ良かったのだろうか。
果たして、出会わなければこんな惨劇に見舞われることもなかったのだろうか。
いや、そもそも少女が魔の森へ不用意に近付き魔物に襲われたりなんかしなければ……良かっただけのこと。

そうすれば、彼は死ぬことはなかった。
苦しんで死なせてしまうこともなかった。

もしもあの時出会っていなければなんて、それはもう今更すぎる話だけど。
出会わなければ良かったとそう思う。
自分の為にではなく、何よりも苦しんで逝ってしまっただろう彼の為に……。
それでも、二人が出会わなければ彼を好きになりえるようなことはなかったのだと思うと、出会えて良かったのだとそう心から思ってしまう。
もしも出会っていなければ、人は人を深く愛することが……想うことが出来るものなのだと、知り得ることもなかったのだから。
だから、出会えて良かったのだ。
そう例え、二人が暮らした時が時間にしてとても短い刹那的なものであったとしても……。

それでも…――。




















人気のない森の中。
年頃の少年と少女が二人、樹々の隙間から差し込む月明かりを浴びて立っている。
深刻な表情を崩さない少年と、生気を奪われたかのようにうなだれている少女。

月だけが、今から幕を開けようとしている惨劇の舞台の観客になろうとしていた。



「これを使ってオレが生き絶えるまで、何度も放ち続けるんだ……」



―――出来るな?

最後の確認をし、男の手が弓矢を少女へと手渡す。
それを少女は震える両手で受け取った。



「あの時、魔物に襲われたオレを……オレを助けなければ良かったんだ……」
「………」
「そうすれば、お前は――っ!」



―――なぁ、なんで助けたんだよ、オレのこと…!

まるで、助けられてしまったことを後悔するように少年を詰る。
今更言っても詮無きことだと重々分かっているが、これから行われることがもう決定されてしまった舞台劇にただ恐怖しか感じていなかった。

鬱蒼と茂る森の樹海―――そこに棲まうとされている古の魔物。
その魔物に傷を負わされた者は、残虐性を秘めた魔物と同じ生き物へと成り果ててしまうという。
それは、呪いだった。
傷口から吹き込まれた呪詛が、身体中を駆け巡って人を魔物へと変えていってしまう―――それは呪い。
今まさに、闇へと墜ちようとしている彼の身を救い出す術はこうなってしまっては最早ない。
もう何もかもが手遅れで。
後は魔物に堕ちるその時を迎えるだけだった。

いや、ある。
たった一つだけあった。
それは唯一とも言える、彼を救い出す術が―――。
ただ、それをするには少女の並々ならぬ決意を要するもので、そうしなければと思う反面そうする覚悟がまだ出来てはいなかった。
それなのに、彼は残酷な言葉を放つ。



「頼む……殺して、くれないか?」
「―――っ」



殺してくれ。
それは、こんな状況の中にいながらも彼の口からは聞きたくはなかった言葉。
そうするしかなくても、そうすることでしか彼を救う術がないのだとしても……。
それまで顔を俯けていた少女は顔を上げて、出来るわけがないとでもいうように涙を懸命に堪え必死に首を横に振れば、彼も同じような必死さで……いや、それよりもなりふり構わず首を横に振ってあらんかぎり叫んだ。
苦痛の滲んだ哀しみの声音と、悲痛を宿した瞳をして。



「もうすぐ!」
「……っ、ァ」



ビクンッと肩を跳ねさせた少女の、怯えにも似た強張った表情を見て、少年は急に声をいきり立たせた自分を恥じ入るように口を噤んだ。



(初めて聞いた……)



彼は優しかった。
出会いからずっと優しくて、その優しさに少女はいつも包まれていた。
少年の身に忍び寄る終わりの影にも気付かぬまま、ただその優しさに溺れて過ごしていた。
そんな彼が怒鳴った。
少年と少女が終焉への出会いを果たしてから、声を荒げたことなどこれが始めてのことではないだろうか。
だから少女は、切なく涙を流し迫りくる別れに怯えながらも、眩しいものでも見るような瞳で少年を見つめた。

絡まり合う二つの視線。
交差する切なる想い。

ずっとこのままで在れたらいい。
彼と、彼女と、見つめ合ったまま刻が止まればいい。
そう、例えば石へと姿を変えてしまって……。
お互いがその思いを口には出さぬまま、だけど願った。

それが出来たらどんなに良いだろうか、と。
そう出来たら……それが叶う身なら……どんなに幸せなことだろうか。
けれども、声なき声が無情にも訴える。
それは所詮叶わぬ幻想なのだと。
二人の現実は氷の上に立つように、足場が安定していない―――そんな場所だった。
片方は今まさに朽ちようとしている。
おとぎ話でよく目にする、最後は呪いが解けてハッピーエンドを迎えるなんてことは二人の間にはない。
喪失だけが最初から仕組まれている。

ずっと一緒にいたいのに。
このまま離れたくはないのに。

だけど、儚いその願いが天に届くことはなかった。
ただ、どうすることも出来ず降り懸かった重すぎる運命に二人は翻弄されるしかなかった。

彼が一体何をしたというのか。
親切な少年に降り懸かった残酷な結末。
その一端を担ったのは誰でもない……彼を慕う少女自身。

彼は少女にお前が悪いのではないと語った。
自分は運が悪かっただけなのだと。
だけども、運が悪かったで片付けてしまうにはあまりにも酷い……それは運命だった。
彼はそんな身になってまでも優しく、そして少女を責めなかった。
責めるどころか、これは仕方がなかったことなのだと、受け入れられない未来に逆に少女を宥めてすらいた。
そんな少年に対して、何が少女の身に出来るだろう。

答えは―――もう出ている。

少年を思うなら、愛しているのなら。
手ずからの死を……。

刻一刻と迫る別れの時。
じっとしていても事態が解決するわけではないことは承知している。
寧ろ、着実に無情な時計の秒針を進ませる結果となっているとも。
何もしないでいることが二人の仲を終わらせるのだ。
そして、何をするにしても現実は二人で在れることを終わらせてしまうものでしかなかった。
行動を起こす時が喪失の始まりであり、終わりへの一歩でしかない。
何処かの誰かが終焉の鐘を鳴らしている。
嘲笑って高見の見物をしている。
カウントダウンはもう始まっていた。



「頼む、聞き入れてくれないか?もうすぐ、自我も保てなくなる……こんな風にお前と話している間にも魔物へとオレの身体は変わってきているんだ……完全に魔物に成り果て……オレの手がお前を殺してしまうその前に―――そうなってしまう前に早く!」
「っ、なんでっ……なんでなんだよ?何でこんなことに…!」



―――オレ達が一体、何をしたと言うんだよッ!

渦巻く悲しみが少女の唇から悲痛な叫びを押し出した。
それを少年は、苦痛の表情を隠さずに見つめている。
徐々に変貌し、魔物へと変っていこうとしている少年の腕はもう、人間には持ち得ない皮膚の色をしてきていた。
腕は隆起し、指には鋭い爪がある。
あの時、彼を傷つけたモノと同じものが。



(せめて、もっと早くに出会えていたら……)



このまま何もしないでいたら、彼は本当に魔物へと成り果ててしまう。
そうなる前に。
そうなってしまう前に。
殺してやるべきなのだろう。



(思い出を作る時間すら、与えてはくれないなんて……)



これが愛した者の願いなら……。
これが最初で最期の我が儘だと言うのなら、叶えてやらなければなるまい。



(この世に神なんていないのか……)



グッと奥歯を食いしばり、意を決すると一歩後ろに下がる。
そして、また一歩。
男の傍らから、そっと離れて距離を置いていく。



「すま、な…い」
「あやまる、な」



―――どうか謝らないでくれ。

今謝れたら、殺せなくなる……。
やっと決心がついたというのにその一言で鈍ってしまう。
たった一言で殺せなくなってしまう。
悲しみや嘆き、愛しさや後悔が次から次に押し寄せてきて身動きが取れなくなってしまう。

だから、謝らないでくれ……。

一度だけ頭上を仰いで、堅く瞳を閉じる。
別れの覚悟をつけるように。
それでいて、夢の中に逃げ込むように。
瞳を次に開けたなら、そこには絵に描いたような幸せな未来が……。
そう思いやって瞳を開いたその先には、やはり変わらない現実があった。
己の愚かしさに自嘲の笑みが溢れそうになって、だがそれを寸前で何とか止めた。
きっとそうしたいのは、誰よりも目の前にいる少年なのだから。
それをする資格は自分にはない。



(さよなら…――)



涙を飲み込み、手している弓矢を男の心臓へと狙いを定め溜めを作る。

弓がしなる音。
はぁ、はぁ、と妙に荒い呼吸音。

絞った弓矢を放てば、もう立ち止まれない。

最期の始まりが今、音を立てて動き出そうとしていた。



「――、ァ」



討たなくてはならないのに、どうしても指が弓矢から離れてくれない。
身体全体で拒絶を示している。
どうしたらいいのかと窺うように彼を見れば、それで良いんだとでもいうように視線が合うと彼は苦しそうにしていた表情を一瞬だけ和らげた。
そして、別れの言葉を紡ぐ。



「また……会おう」
「っ……ああ」



また会おう、愛しい人。
今度は、こんな出会って間もなく別れてしまうような……そんな出会い方をするのではなく、もっと違う形で。
どんな世界でもどんな境遇でもいい。
性別の有無も厭わない。
二人が離れ離れになるようなことさえなければ……。



「輪廻の縁が二人の間にもしあるのなら……きっとまた逢える……だか…ら……」
「………」
「赦して…ほし…い……ッ」



こんなことしか出来ない自分を。
彼を傷つけてしまう自分を。
未来を奪ってしまった自分を。
今から殺めてしまう自分を……。

懺悔の涙が次々に溢れ、大地に還っていく。
それをじっと見つめていた彼はゆっくりと首を横に数回振った。

謝罪することは何もないのだと。
助けたかったから助けた、その少女を好きになって。
そして、僅かばかりの時側にいられた。
突然の別れは残念だが、こうなったのが自分で良かった。

そう言って、切なさに彩られた笑みを浮かべ彼は唄う―――愛の詩を。

それが彼の最後だった。
彼が彼でいられた最後の時だった。



「くっ……ぐぅ、ぁああッ!」
「あ――!」



突如、胸を掻き毟って彼が苦しみ暴れ出した。
それが合図になったかのように少女は気付けば弓矢を放っていた。
銀の弓矢を何度も何度も、心臓を狙って打ち込んでいく。
あんなに拒絶していた身体が、まるでそうすることが当然のように。



(早く生き絶えてくれ!)



完璧に殺さなければいけない。
彼を魔物にしてしまわない為には。
それなのに、それを阻むように人のものではもうない獣のような苦鳴を上げながら、少年は闇の衝動を解放し攻撃を仕掛けてくる。

完全に、自我が保ってなくなってしまったのか。
やはり早く殺してしまわなければ―――。



(ごめんな……)



紙一重で攻撃を避けながら、少女は容赦なく銀の弓矢を放ち続ける。

せめて、人としての最後を迎えれるように。
せめて、愛した者の手で死ねるように……。

それくらいしかオレは出来ないからと、弓矢を放ち続けながらずっと胸の内で泣き叫んでいた。




















嵐が去った後のような静寂が、森には漂っていた。
そんな中、傷だらけの少女が樹の幹に寄り掛かって地に座っている。



「…――」



放心したようにボンヤリと月を見上げる少女の瞳からは、涸れることのない涙が幾筋も頬を伝って大地を濡らしていた。
その隣り……少し離れた場所には、弓矢が幾本も刺さったまま転がっている屍体がある。
先程までの惨劇が、まるで嘘だったかのように森は静まり返っていた。



「………」



ゆっくりと少女は眺めていた月から、地に落とされたままの弓矢へと視線を移す。
それから、チラリと屍体を見つめると小さく微笑んだ。
少女は彼を人である内に殺すことを最終的には了承したが、その後のことは何も約束していなかった。
約束なんかしていなくても生きていて欲しいのだと、見ず知らずの人間を魔物から庇った彼ならばそう願ってくれていることだろう。
だからこそ、死を望んだのだから。
けれど、愛する者がいなくなった世界で少女は呑気に生きていけるほど強くはなかった。
病とかで亡くなったのならまだいい。
だが、彼を苦しめた挙句殺してしまったことが深い根となってしまった。
赦せない……誰が赦そうとも、自分が赦せないのだ。
そして、彼が最後の弓矢で息絶えたあの瞬間、少女の心も一緒に死んでしまった。
もう、何もなかったように暮らすことは出来ない。



「生を全うして、次に逢えるまでを待つなんて……」



―――そんなこと、出来る訳がないよな。

クスリと笑みを浮かべ少女は屍体へと這って近付く。
そうして、辿り着いた屍体に覆い被さるようにして涙に濡れる顔を彼へと近付けた。
しっとりと重なってゆく唇と唇。
隙間など与えない。
まるで、己の温もりを分け与えようとでもするかのように……。

温もりを失った彼の唇はとても冷たかった。
いくら重ね合わせても、返されることがない熱に虚しさが募る。
だけど、屍体との接吻は悲しみを増長させるものでしかないと分かっていても。
これが、最後。
これが最後だからと、気が済むまで唇を貪る。

別れのキスを。



「………」



やがて、唇をゆっくり離し顔を上げる。
そして、少女の涙で濡れてしまった彼の頬を優しく撫でた。

そう、出来る訳がないのならたった一人で生まれ変わることがないように同じになればいい。
ただ、それだけのことだった。



「次に出会うその世界で、オレとお前が殺し合うような未来が待っていないといいな……」



願わくば、この祈りよ、天まで届けと。

涙をまた零しながら、最後の一本。
使われず残っていた弓矢を拾い上げる。
そして、先の尖ったその先端を己へと向け躊躇う素振りも見せず喉元を突き刺した。



「ぐ――ぅぅっ」



刺した場所から溢れるのは、深紅の液体。
鮮血が、紅い薔薇が。
踊るように華麗に宙を舞った。
まるで、悲しみの涙が身体中から溢れ出るように……。

そうして、少年の屍体の上に新たな屍体が折り重なった。

そんな二人の死を悼むように、降り注ぐは月の明り。




















―――これは、月だけが凡てを見ていた少年と少女の喪失物語。





















サンホラ『恋人を討ち堕とした日』パロ

パロだけど話の流れとか結末は違う。本当は殺し合った話だもんな……多分、少女も死んでると私は思うんだよ。ライブでは歌詞の内容がまた違うつか、追加されてるってのが……orz



一応、SSの内容は……夏蛮前世設定というわけで。夏蛮だけど夏蛮じゃない……だけど夏蛮です(ややこしいな)
だから名前はワザと書かなかった。で、次に二人が生まれ変わった姿ってのが原作の彼等(こじつけだけども!)
結局、二人はまた離れ離れになり殺し合いをするわけですね。短い間しか側にいれないという。そう宿命されてるんです、二人の仲は……って、自分で書いて置いて何だか猛烈に悲しくなってきた……orz
恋人を討ち堕とした日を聴きながら読まれたら、より悲しくなれます。
というか、私の駄文を読むよりこの曲を聴いて欲しい←←

よし!!次は微妙に幸せな夏蛮を書くぞ…!(と言いながら、次はSacrificeパロなんだよな…)





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