繋がりの洞窟での一悶着から4日、俺はヒワダタウンにあるポケモンセンターの救護室(人間用)で寝込んでいた。何故なら風邪でぶっ倒れたからだ。
 ポケモン捜索隊を騙ったトレーナーの集団とやりあった、っつうかレッドの足手まといになったあの日、ジョーイさんの通報で警察が来た。通報した時間がすでに夕方だったのもあって、日をまたぐ事になった事情聴取と現場検証に立ち会い、キキョウシティでも会った刑事やポケモンレンジャーのお姉さんに「また君か」と言われ、ついでに証言にならない証言をするレッドのフォローをした。
 その時に判明したんだけれど、怪しい男たちは違法なモンスターボールを使っていたらしい。モンスターボールから青い光で出されたポケモンは逃がす事が出来るが、これは必ずPCを経由しなければいけない。何故なら捕獲と言う行為は『トレーナーの命令に従わなければいけない』と洗脳する行為でもあるからだ。その洗脳を解いてやるには一手間必要だそうで、だから捕まえてすぐ逃がす、と言うのは通常出来ないようになっている。違法に逃がされたラプラス達はポケモン協会が追跡してどうにかするらしい。
 あいつら何だったんだろう。特に名乗っては居なかったけど、やっぱりロケット団だったのかなぁ。

 そうそう、うやむやなまま俺に同行していたレッドだけど、事件の翌日の昼前にあっさり別れた。レッドの目的は『俺にファイヤーの話を聞く』ってのだったからだ。ハヤトの言ってたファイヤーの元トレーナーはレッドで、事件を聞きつけ気になったから俺んとこまで聞き込みに来たそうで。とはいえレッドは事件の関係者じゃないから口外できないんだけど、警察の人から「こっそり教えるならいいよ(意訳)」とまさかのOKが出た。
 はっきり言われたわけじゃないけど、警察の人のニュアンス的には、バトルの腕前的にはレッドを頼っている、って感じだった。ゲームではロケット団のアジトへ破壊光線しにいったチャンピオンもいたし、プラチナじゃあ一般トレーナーに強力を求めたコードネームはハンサムな刑事もいたし、レッドへ協力の要請をするってのはありえる話なんだろうな。

 ま、レッドに対して俺が話せる事なんて殆どなかったんだけど。
 全部終わってようやく当初の目的だったヒワダへと向かったんだけど、繋がりの洞窟内ではくしゃみ連発、なんとか洞窟を抜けたところで立って居られないほど気分が悪くなり、そのまま病院へと担ぎ込まれた。診察結果はなんてことのない風邪。原因は明らかに前日の地底湖水泳だった。
 なっちまったもんは仕方ない。でも入院すると金がかかるから、薬だけ貰ってポケモンセンターの救護室で寝かせて貰い、今にいたる、と。

 倒れた時に居合わせた山男のツトムが親切に世話を焼いてくれたり、ポケモンセンターの宿泊施設を利用してるやつらが俺の手持ちの面倒まで見てくれるので病院より快適だと思う。
 けれど退屈からは逃れられないわけで。熱はすっかり下がったのに『大事をとって』と救護室から出して貰えず、ヒマを持て余した俺は持ってきてもらった雑誌の気になるページを切り抜く、っつうわけにはいかないので、地道にポケギアへメモしていた。

 換気のために開けた窓辺でカーテンがはためく度に暖かい風が届く。同時に俺のベット以外は空っぽで寂しい白い室内へと喧騒も運んでいた。一昨日から腐る程眠っているのに、メモを取るという単純作業にまた眠気を感じ始めた頃、廊下の方から複数の足音が聞こえて、俺はベットから出てポケギアと雑誌をサイドテーブルに避けた。間をおかず、思ったとおりにドアからリズミカルにノックが響く。

「はい、起きてますよ」
「具合はどうだ?」
「だいぶ良いです。熱はすっかり下がってます、ぶり返すそぶりもないです」

 返事を待たずに開かれたドアから、土鍋のトレーを片手にした山男のツトムが現れた。ドアの足元からチコリータ、メリープ、イーブイが飛び込んでくる。身軽にベッドへ飛び乗った面々は俺の膝の上へ、それぞれが口に咥えていたお土産を載せた。チコリータは小さく可愛い黄色の花を、メリープはどこで見つけてきたのか蜜を吸える花を。

「ありがとうな」
「ちこちー」
「めぇぇぇ」
「ぶいー」
「モチヅキ、お前は、気持ちは嬉しいんだけどさ……」

 イーブイの捕ってきたモンシロチョウがひらひらと病室を舞う。昨日のバッタよりはずっと良いけど、なんで毎度虫捕ってくるんだこいつは。また口んとこが鱗粉で白くなってんぞ。病院にいた頃はこんな趣味なかったのに、外に出て変わったんだろうか。
 そんな事を考えながら指で拭ってやると少し嫌そうに顔をしかめた。しかめっ面も病院じゃ見なかったなあ。もしかして、今までイーブイにも遠慮があったんだろうか。
 何時までも自分の思考に耽っているわけにはいかない。もう一度礼を言ってからお土産をサイドテーブルに置いて、ベットに設置できる組み立て式のテーブルを壁際へ取りに行く。何故がドアのところから動かずにやり取りを見ていたツトムが、やーさんのような強面にしわを作って笑った。

「慕われてて結構なことだ。どうだ、お昼はたべられそうか?」
「はい、大丈夫です。親切に有り難うございます」
「いいさいいさ、困ってるやつに手を貸すのが山男。旅のトレーナーもそういうもんだろう。なあ!」

 ドアを押さえたままツトムが一歩退くと、その後ろからひょっこりヒビキとコトネが顔を出した。なんだか久しぶりに会ったような気がするが、ワカバから旅立ってまだ2週間もたっていない。色々ありすぎて、感覚がちょっと麻痺してるようだ。

「や、リョウくん」
「具合は大丈夫?」
「ヒビキくん、コトネちゃん!」

 ビニール袋を持った2人に続いてヒノアラシとマリルが入ってくる。

「りるるりるる〜」
「ひの」
「マリルににヒノノも、久しぶり。こんな格好でごめんね」
「ううん、起きてて大丈夫?」
「ああ、もう熱は下がってるんだ。大事をとって、ってことで隔離されてるけど、起きてても全然平気」
「直り際が大事よ、ほら、ベットに戻って」
「ありがとう、でも本当に大丈夫だから。ところで、なんでここに?」

 ビニール袋をベッドの足元に置いてからヒビキは簡易イスを出し、コトネはテーブルの設置を手伝ってくれた。ベッドに這い上がったマリルとヒノアラシがそれぞれ木の実と黄色い花を俺に差しす。驚いて「俺に?」と聞いたら2匹とも元気なお返事で手渡してくれて、くすぐったくて笑ってしまった。風邪引いただけでこんなに見舞って貰ったの初めてだよ。

「風邪引いたって聞いたから、お見舞いに来たんだ」

 なんでもないように微笑んで言ったけど、ヒビキは一足先にコガネへ進んでいたし、コトネも同じはず。そしてヒワダとコガネを繋ぐ道の途中には木深い森があって、片道1日かかるはずだ。そこをわざわざ戻ってきて見舞ってくれるとは、他にもなにか用事あるのかなあ。

「私たちの気持ちでーす」

 コトネがにこにこと笑いながらビニール袋の中身を出して見せてくれる。中に桃らしきものが入ったピンク色のゼリーだ。イーブイが嬉しそうに鳴いてコトネの足元へすり寄っていった。コトネは食いしん坊を抱き上げて、やだー可愛いふわふわー、と撫でる。イーブイと戯れる女の子、可愛いなあ。

「ヒビキに聞いてはいたけど、見事に可愛い子ばっかりだね」
「狙ったわけじゃないんだけどな」
「さてと、おじさんは退散しようかね。食べ終わった土鍋は食堂に持って行ってくれ」
「「はーい」」
「ありがとうございました、ツトムさん」
「なんの。きみたちも体調には気を付けるんだぞ」
「私たちは全然平気!」
「元気が取り柄だから!」

 俺たちのやり取りを穏和な笑顔で眺めながら簡易テーブルに土鍋のお盆を置いたツトムは、「子供は元気が一番、山登りして体を鍛えろよ」とヒビキとコトネの頭をわしわしと撫でてから部屋を出て行った。

「いい人に拾って貰えて良かったね」
「本当に助かったよ。33番道路っていつも雨だろ? あんなところで倒れてたらマジで死ぬもんな」
「穴抜けの紐で洞窟のポケセンへ戻っちゃえば良かったのに」
「あー、一応持ってたんだけど、すっかり失念しちゃってて」
「しっかりしてるかと思ったのに……」

 コトネの呆れた視線に苦笑いするしかない。後から気付いたんだけど、洞窟で揉めた時も穴抜けの紐を使えばレッドの足を引っ張る事もなかったんだよな。使い慣れてないせいですっかり失念してたっつう。

「体調悪いなら無理せず、繋がりの洞窟のポケセンで一泊すれば良かったね」
「言い訳に聞こえるかもだけど、ポケセン出た時は少しくしゃみが出るくらいだったんだよ」
「でもツトムさんに聞いたよ、倒れたんでしょ。すっごく酷かったんじゃない」
「いや、うん……まさかあんな急に具合悪くなるとは思わなくってさ」

 風邪の初期症状から高熱が出るまで、半日ちょいだった。子供の体って弱いんだとつくづく思い知ったよ。

「ぶいぶー」
「ひのの、ひのー」
「りるるりるる!」
「はいはい、ご飯ね。もう、食いしん坊なんだから」
「リョウくん、一緒に食べていい?」
「大歓迎!」

 イーブイ、ヒノアラシ、マリルの催促でお喋りを中断し、ご飯を用意する。俺が寝込んでしまったせいでイーブイとメリープも昨日からポケモンフードだ。おかげで俺の具合とは反比例して財布が大風邪だ。よ、4万には手をつけないぞ、絶対だ。フラグじゃないぞ。
 2人が手持を出す。ヒビキの手持ちはヒノアラシとポッポ、それからユウキに交換してもらったと言うココドラだ。ボスゴドラいいよ、強いし格好良い。
コトネの手持ちはマリル、ミミロル、ピチューだ。見事に懐き進化ばっかり。オタチは逃がしたんだろうか?

「コトネちゃん、ピチューとミミロル持ってたんだ」
「あー、うん。やっぱり気になる?」
「そうだなあ、今まで見かけなかったから、新鮮な感じ」

 ミミロルもピチューもジョウトで入手するには一手間必要な種だ。珍しいのに会うと無条件でわくわくする。

「可愛いな、女の子のポケモンって感じがする」
「ふふ、自慢の子たちなんだー」
「コトネは親ばかだから」
「なによー、可愛いんだから仕方ないじゃない!」
「りるるっ!」
「いたっ、ごめん、マリル。そろそろ食べよっか」

 マリルから再度の催促を受けてようやく昼食に手を付け始めた。ココドラがポケモンフードの他に土塊っぽいものを食ってるのが不思議で、ついつい視線が吸い寄せられた。

「ごちそーさん」
「あれ、リョウくん、もう食べないの?」
「これ以上食べたらやばそうだから」
「ぶいぶいぶーいっ」
「はいはい、わかってるって。モチヅキ、明日からはいっぱい運動してもらうからな」

 半分以上残った俺の土鍋を見て、サンドイッチを食べていたヒビキが不思議そうに首を傾げ、イーブイがくれくれとジャンプした。救護室の片隅で体重計見つけたから後で計ってやろう。できればこれから先も定期的に計らないと、コイツまんまるになってしまいそうだ。
 おにぎり3個めを食べていたコトネがぐっと拳を握り、力強く言った。

「しっかり食べなきゃだめだよ! ただでさえリョウくん細いんだから」
「普段はしっかり食ってるって。ただ、今年の風邪は胃に来るんだ。食えなくなる。まじで気を付けた方がいい。なあ、ヒノノとマリルに分けてやってもいい?」
「いいよ」
「うーん、残したらもったいないもんね」
「ひのの?」
「りるっ!」

 物欲しそうにしてた2匹にも分けてやると、目を輝かせて頬張り始めた。ヒノアラシは鼻を突っ込むように食べるから、口や鼻の周りに米粒が付いてしまっている。チコリータの呆れた視線にも気付かず食べ続ける姿があまりに必死でつい笑いがこぼれた。

「相変わらず食いしん坊だな」
「あはは、いくら言ってもがっつくんだよね。でものんびりしてるとクルルに横取りされるから、それくらいでいいんじゃないかな」

 ポッポはすでに食べ終わってヒノアラシにぴったりとくっ付いていた。暖をとってるのかと思ったら、おじや狙ってたのか。

「クルルにも分けてやった方が良かったかな」
「ううん、クルルはただヒノノにちょっかいだしたいだけだから」
「構ってちゃんか」
「構ってちゃんだね」
「距離の取り方がまだわからないだけよ」

 4つめのおにぎりを頬張りながらコトネが笑った。ってゆーかどんだけ食う気だコトネ。


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クルルはヒビキのポッポのニックネームです。かえるっぽい宇宙人ではありません(笑)