土砂降りの中を安っぽいビニール傘で頭だけをカバーした人間が歩いてゆく。高層ビルの立ち並ぶ場所柄、強風に煽られた雨で腰から下は水気を含んでいた。マリルリの視界に映るスニーカーはとっくにずぶ濡れで、足を進めるたびに色の濃くなった生地からぐじゅりと音が聞こえそうだった。
 見上げた人間の顔は無表情だが、歩きづらく思っている事が窺えた。

 ぼんやり人間の足を眺めながら足を進めていたマリルリを、横から叩き付けるような雨脚が襲う。ビルの群が作り出す暴風雨に耐えかねて、もうやだ! と憤りながら人間は足を止めた。マリルリも立ち止まって人間の様子を窺うように見上げて、傘の骨がぐんにゃりと曲がり、そのまま一本が折れるのを目撃してしまった。
 風が収まるのを待ってからるりりるりーと鳴いて傘を示すと、人間は折れてしまった骨に目をしばたかせた。

「……あーあ、せっかく傘買ったのに」
 落胆する人間を見たマリルリは、唐突に走り出した。どうしたの、どこ行くの? と追い掛けてくる人間を置いて、それなりに歩いている人の隙間を抜けながら先へ先へ進む。曲がり角を曲がったところで足を止めたマリルリは、人間が追い付いて来たところで身軽にジャンプした。

 きゃ、と短い悲鳴を上げながらも、胸元へ飛び込んできたマリルリをしっかり受け止めてから、こんなとこで甘えないの、泥付いちゃったじゃない、と文句を言った。マリルリは不満そうに口を尖らせ、下向きにぽぽぽと泡を吐き出す。

 威力皆無のバブル光線は人間の胸元や肩口で弾けた。幾つかは空に逃れて、シャボン玉のように雨の中をゆらゆらと登ってゆく。町中で技はダメよ、と注意してくる人間の胸元を押し返して地面へ降りたマリルリに、人間の楽しそうな声が降ってきた。
 街の外ならいいよ、今からいこうか。ちらりと見上げれば、人間はにっこり笑っていた。ずぶ濡れになった髪をかきあげてからマリルリを抱き上げる。
ごめんね、ちょっとイライラして、八つ当たりしちゃった。間延びした声でるりーと鳴いたマリルリは、気にしなくていいと伝えるようにポンポンと軽く肩を叩いて、人間の腕からそっと抜け出した。そのままぴょんと跳ね出す。
 マリルリ、待ってよ。追ってくる人間の声を背中に受けつつ、マリルリはボールのように弾みながら街の外へ駆けていった。





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 マリルリも雑巾臭くなるのでしょうか……。