自分の悩みをちょっとばかり整理出来た所で、気付いた。

「話変わりますけど、俺、なんでコガネに連行されてんです?」
「ああ、もう用事は終わっちゃったのよね」
「どゆことでしょ」
「レンジャースクールへの勧誘が目的だったの。4回も事件に巻き込まれてんだもの、心配にもなるわ」

 4回? と思ったけど、最初この世界に来た時の事が含まれてるんだと直ぐに思い至る。そっか、こないだの事情聴取も4回目だったんだなあ。てか、思えば、最初はパンツ一丁で山に倒れてたわけだが、ほんとなんでパンツ一丁だったんだろうなー。

「お気遣いありがとうございます」
「だから、なんであんた時々堅くなるのよ」
「なんとなく、お礼言うなら敬語かなって」
「ふーん。いいけど、私にはやめて、なんか痒くなる」
「はーい」
「良し。忘れないように」
「ところで、用事終わったなら、コガネ行かなくてもいいんじゃ?」
「そうね……」

 お姉さんは何故か口篭った。何か他にも用事があって、でもそっちは言い出しにくい事なのかな。

「口篭られると気になるんですけど。教えられないこと?」
「ううーん、ちょっとね。でも、言っておいた方が良いと思うのよ」

 なんじゃそりゃ。言えないけど、言っておいた方が良い事? なんだろ、レンジャーにも守秘義務とかあって、だから言えないけど、俺に言っといた方が良いと思うって事だろうか?

「仕事に関わってて言えない事?」
「そんなとこ。でも、あんた無関係では無さそうだから……」
「じゃあ、聞かないで置きます。情報漏洩はまずいでしょ?」
「わかってる。あんたがレンジャースクールに入学するって決めてくれれば、話は早かったんだけど。そんな気ないんでしょ」
「今のところは」
「だよね」

 悩んでるらしく、沈黙が訪れた。

「……じゃあ、言える範囲でってのは? それも難しい?」
「言える範囲って言うと、その、すごく曖昧で、うまく伝えられないわ。根拠なんて勘レベルだとしか言えなくなるし……」
「レンジャーとしてお勤めしてて、そこで情報を得て、そこから導き出される勘、ってことなら、信憑性あると思うけど」
「……あんた、本当に見かけを裏切ってるわね」
「それはどういう意味で?」
「子供とは思えないって事」

 そりゃあ意識は大人だからなあ。てか、お姉さんは俺が言った25歳という自己紹介を信じてなかったって事か。いや、それで当たり前か。見かけ完璧に10代前半だもんな。

「お姉さんの話、気になるんだけど」
「わかった。そうね、当たり障り無いところで言うと、気を付けなさいって事」
「ロケット団? 気を付けようにも、偶然遭遇だからなんとも出来ないと思うんだけど」
「あんた、ほんとはカントー出身なんじゃないの」
「なんでそうなる」

 前後が繋がっていない話に疑問を唱えた。

「気をつけなきゃいけない悪い奴で、一番にロケット団を思い浮かべたからよ。私たちなら、一番にハンターを思い浮かべるからね」
「ハンター?」
「知らないの?」
「言葉の響きから、なんとなく想像は出来るけど」
「そう。こっちではあまり馴染みがないのかしらね。ハンターって言うのは、珍しいポケモンを捕まえて売りさばく、言わばポケモンの密売人かしら」
「ロケット団とそう変わらないような気がするけど」
「ロケット団はポケモンを使ったマフィアだから、捕獲と売買だけじゃなく、色んな悪事に手を染めてるでしょ」
「ああ、ハンターはポケモンの密猟と販売だけ?」
「そんなところね。こっちでは捕獲が当たり前だからそう目立たないのかもしれないけど、フィオレではモンスターボール自体がもう目立つのよ。捕獲禁止されてるわけではないけど、住民に忌避感があるの」
「土地柄ってやつか」
「やっぱり私たちにとって、ポケモンは捕獲する対象じゃないから。だから、ハンターは凄く目立つの」
「そんな場所じゃ、ハンターも仕事しにくそうなもんだけど」
「そうでもないわ。フィオレはこっちに比べて、戦える人間が少ないの。ジョウトはトレーナーがいるでしょ、それって皆が自衛の手段を持ってるって事なのよ」

 ああ、そうか。こっちは森の中や洞窟の中、海だって不特定多数の人の目がある。しかも戦う手段を持った人々だ。通報される確率も高いだろうし、下手したら現行犯逮捕されるだろう。旅をしているトレーナーは様々な理由でくまなく地方中に居るから、こっちの地方こそ密猟には向かないのか。
 そういや、ロケット団の悪事も結構漏れてたよな。子供が知れるくらい。あれって人目が多かったから、壁に目ありからの人の口に戸は、ってやつだったんだろうか。悪事って民衆に知られたらやりにくくなるだけだろうに、間抜けだ。

「フィオレはね、ちょっと奥まった場所になると普通の人は入れないの。だからレンジャーが居る。でも、レンジャーの数も足りてるわけじゃない。フィオレ全域をどうしてもカバーしきれない」
「それは、大変だな……ん? 人手が足りないなら、お姉さんはなんでこっちに?」
「言えない、って言えばわかるでしょ」

 ああ、仕事でこっちまで来たって事だよなあ。

「あれ、でも、レンジャーって警察みたいな組織なのか?」

 ふっと疑問が湧いた。例えば、アフリカとかの動物保護区のレンジャーって他の国ではなんの権限もないと思うんだけど、フィオレのレンジャーってどうなってんだろう? マナフィーの映画では潜入調査してたけど、この世界でも犯罪者追って警察みたいな働きしてんのかな。

「うーん、ちょっと違うわ。元々ポケモンを守る人の集まりだったからね、国家機関ではないのよ。だから警察のような権限もない。でも、スタイラーが開発されて、組織が大きくなって、変化せずには居られなかったのよ。わかる?」
「わかると思います。組織の成長に伴ってしがらみ、みたいなもんが出来た、って事でしょうか」
「うーん、しがらみ……そうね、そう言えるかな。いろんな所と協力しあって、結果色々な権限も手に入れているのだけど……しがらみって面もあるね」

 レンジャー組織の発展に伴って、他の組織、たとえば警察なんかと結びつきが出来たのだろう。この想像は、お姉さんが警察の取り調べに同席していた事から、ほぼ正解だと思う。ポケモンを守るため、密猟者などと直接対峙するレンジャーは、警察にとっても無視できる存在じゃないだろうし。
 本来ならフィオレを守っているはずのお姉さんがここにいるって言う事は、そのへんの関係なんだろう。フィオレの犯罪者を追って、ジョウトの警察と協力している、とか。想像に過ぎないが、そう間違ってないんじゃないかな。
 そこまで考えて、俺はふと気付いた。

「……あれ、もしかして、ジョウトに居る犯罪者って、ロケット団だけじゃないのか」
「当たり前じゃない。それこそ小物は無数に居るでしょうし、そこそこの規模の奴らだって居るでしょうね」

 俺は無理やり振り返ってお姉さんの顔を視界に収めた。

「お姉さんが追ってる奴も?」

 それには答えず、お姉さんは真顔で、迷いなく言った。

「私とあんたが出会った場所と意味を考えて」

 出会った場所と意味、と言われてはっとする。仮に、お姉さんがフィオレのポケモン関係の犯罪者を追っていたとする。で、お姉さんは俺をジョウトのヨシノ近郊の、人気のな山で拾った。犯罪者を追っていたはずのお姉さんと、そのお姉さんに拾われた俺。つまり、お姉さんは、俺をロケット団関係者じゃなく、フィオレの犯罪者の関係者だと疑ってる……?
 いや、それは可笑しい。ヨシノの病院に居た時、警察は俺をロケット団関係者だと疑っていたはずだ。レンジャーが警察と協力しているなら、情報も共有しているはず。なら、レンジャーであるお姉さんと警察は同じ見解に辿り着くだろう。
 そうだ、そういえばお姉さん、ウバメの森やキキョウ近郊の森にも居た。あれってロケット団関係の事件だったのに、お姉さんは居た。つまり、お姉さんもロケット団を追っている……とすると、フィオレのレンジャーであるお姉さんが何故こっちのマフィアのロケット団を追ってるんだ? ロケット団がフィオレに手を出してた、のか?

「……情報が足りない……」
「私からはあんまり教えられないわよ」
「じゃ、一つだけ。お姉さん、ロケット団関係の所に現れるだろ? フィオレにロケット団が手を出していたのか?」
「それは聞かれても答えらんないっつの」
「それもそうですよねー」
「だめね、うまく伝えられないわ。まあ、あれよ、犯罪者なんて腐る程いるんだから、ロケット団以外にも気を付けなさいって話」

 そんな一言で纏められる話だったのかよ! ならはよ言えや!! と、つい思ってしまったが言わないでおいた。結論で言えば気を付けろに集約されるんだろうけど、お姉さんが話したかったのは気を付けるべき相手の事だったんだろうと思ったからだ。俺はゲームの知識からジョウトで悪事を働いてるのはロケット団だとばかり思っていたけど、全てがロケット団の仕業ではないのかもしれない。
 暫く育て屋に居候する事だし、新聞なんかにも目を通して考えてみよう。