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その日は雪が降っていた





思い出す度、胸が軋むように痛む思い出がある。
浮かぶのはいつも、人形のように美しく、そして今にも壊れそうな女の子に二度と会えないと悟った駅前のロータリー。
あの日は馬鹿みたいに雪が降っていた。
中学生のあたしには、到底行けやしないところへ彼女は何も言わずに行ってしまった。
あのこの背中に刻まれた蓮の花みたいに、あたしの心ってやつへ消えない傷を残して。




時は中学三年の年にまで遡る。その頃のあたしは自分の性癖にひどく戸惑っていた。
女に生まれたのにどうしたってピンクやスカートが似合わない風貌。
整っているとは言われるが、よく男の子と間違われた顔立ち。
そして何より、あたしは男の子を好きになることが出来なかった。
好きになるのはいつも自分とは真反対の女の子らしい、可愛い女の子。
別に男になりたいわけではなかった。女なのに女が好きだった。



変なのは解っていた。だからイライラしていた。
どうしたって『普通』になれない自分に。




「ねー萩原、今日転校生くるんだって」



今にも溶けそうなほど暑い朝だった。顔を合わせば話す程度のクラスメイトがキャッキャと笑いながら言った。
もうすぐ夏休みで学校全体が浮き立つ中、珍しいイベントでさらにクラスはそわそわと落ち着きがなかった。




「ふーん、そんなに早川がわくわくしてんなら男?」



「ちげーし。女の子だって」




最近出来たばかりの彼氏とさっそく別れた早川はさも嫌そうな顔をして答えた。
なら何でそんなに嬉しそうなの、と訊ねると彼女は校則違反の色つきリップをこれでもかと塗りたくりながら、こんなイベントなかなかないじゃん、と素っ気なく答える。




まあそーね、と応じたところで始業のチャイムが鳴り始め、浮き足たった雰囲気のまま、クラスメイト達が賑やかに席へ着いたところへ担任の笹部がかったるそうな顔で現れた。




「おはよう、お前らほんとわかりやすいな」



がっしりとした体型で体育教師の彼は、もろに近所のオッサン的な雰囲気で、しかしそれゆえにかわりと男女ともに人気があった。
笹部が後ろを振り返り、入りなさいと小さく囁くと賑やかだったクラスのざわめきが一瞬消えた。
さしたる興味もなかったあたしはそっぽを向いていたのだが、あまりにも急に静かになったので、教壇に立っているだろう転校生を見てーーー驚いた。



花のかんばせ、とついこの間国語で習ったけれど、きっと彼女のことを言うのだろう。
緩く波打つ栗色の長い髪、大きな瞳を縁どる睫毛は長く、小さな唇は薄い桜色の花びらのようだった。
そして瞳の色は薄い青で、まるでフランス人形のようだった。
目が離せない。そう思った瞬間、不安げに視線をさ迷わせていた彼女と目が合う。




彼女は物珍しげに数回瞬きをして、ゆるりと微笑んだ。
その甘くとろけるような微笑みになぜかぞくりとする。



「吉良 アンジュです。よろしく」




鈴を鳴らしたような可憐な声に現実が急に帰ってくる。
堰を切ったようにざわめきだすクラスに笹部がはいはい、と腹に響く声で窘めた。




「質問はあとだ。ホームルーム始めるぞ。吉良、窓側の空いてる席に座りなさい」




吉良ははい、と静かに頷いて席へと向かう。
あたしの隣の席だった。彼女は席に座るとあたしを振り返り、ニコリと笑う。
その笑顔が、蠱惑的であたしはまた怖気がするのを感じた。




「よろしくね」



「……よろしく、」




たった一言、それだけの会話だった。
でも、何となく、あたしは彼女を好きになれない。
そう思った。




のちに何度も思う。
彼女が他のクラスなら、違う学校であれば、あたしはこうも取り返しのつかない過去に苦しむことはなかったのに、と。




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