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となりのさやちゃん

 




 さやちゃんは屑だ。
 ドクズと言ってもいい。そして暴君で、口も手もよく出る。
 でも美人だ。ものすごく美人だ。
 大きくて黒目がちな瞳に、長い睫毛と高い鼻、花びらみたいにぷっくりした唇、もちろん肌は雪みたいに白い。
 華奢な身体と手足から繰り出される右ストレートは馬鹿みたいに重いけれど。





 そんなさやちゃんは今日も今日とて、僕の隣で生きている。




「ねー、ケンちゃん。お腹空いたんだけど」




 ごろごろしながらさやちゃんは座ってゲームをしていた僕の背中を軽く小突く。
 さやちゃんはベッドの上でカップ付きのキャミソールに短パンという何ともだらしない格好でお仕事をしていた。
 ちなみにさやちゃんは小説家だ。
 常に無表情のくせに書くのは青春ラブストーリーだったりする。
 ほどほどに人気のある作家らしく、食うには困らないらしい。




「えーさやちゃんが作る日だよ、材料もまだ買いに行ってないし」




 ゲームに夢中だった僕は脳天気に答えて、さやちゃんの方をちらとも見なかった。
 次の瞬間、ものすごい衝撃と痛みが僕の背中を襲った。




「いっ…た?!」




「昨日はお前が仕事だからあたし作っただろーが、ボケ!ふざけたこと抜かしてないでさっさと飯作れクソ!」




 痛みに振り返るとさやちゃんは眉間に深い皺を刻んで、僕の背中をグーで押さえつけていた。
 たぶんきっと、先程の衝撃は得意の右ストレートと見た…。
 さやちゃんは暴君だ。ものすごく。
 僕はもう少しでクリアだったゲームを諦め、しぶしぶ立ち上がる。
 逆らったら更に暴力が襲ってくる。さやちゃんは理不尽である。





「あー…ごめん。すぐ買ってくるよ、なにがいい?」




「……ちょっとその態度気に入らないけど、今日はケンちゃんのお好み焼き食べたい」





 大きな丸い目を薄っすらと細め、さやちゃんは僕を睨みつける。その際に足蹴にするのも忘れない。
 僕はそのうち自分がMに目覚めそうな気がしてゾッとした。
 ため息を飲み込んで、僕は立ち上がると車の鍵と財布を持って玄関に向かう。
 そんな僕を追ってさやちゃんがとてとてとついてくる気配がした。




「ん?なに、さやちゃん来るの?」




「んー、行くう」




 立ち止まり振り返ると、さやちゃんは細い腕を伸ばして僕に無言のハグを求める。
 軽くハグしてやると、満足そうににんまり笑ってくるりと部屋に引き返していく。
 さすがにあんなだらしない格好で外には出て欲しくない。




 しかしすぐ戻ってくるかと思いきや、さやちゃんはなかなか部屋から出て来ない。
 10分ほどしてからしびれを切らした僕が部屋を覗くと、なんとさやちゃんはだらしない格好のままでごろんとベッドでお仕事をしていた。
 さっき行くって行ったやん!と心の中で絶叫するが、仕事中の彼女に下手に反論は出来ない。
 理由は明白である。さやちゃんは、暴君だ。





「あの…さやちゃん?買い出し行かないの?」




「うるさい、今続き浮かんだんだから邪魔しないで」





 ピシャリと冷たく言い放ったさやちゃんはちっとも僕を振り返ってはくれない。
 こうなると彼女はてこでも動かない。
 僕はさっさと諦めて、夕飯の買い出しへと一歩踏み出すのである。




「…いってきます…」




「ケンちゃん、ありがとおー。いってらっさいー」




 振り返るとぴっかぴかの笑顔。
 えくぼがとてもキュートだ。
 これが惚れた弱みなのだろうと僕は思った。





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