話題:映画感想

※ネタバレあり



映画を観に行こうと思いながら、劇場に足を運べなかったナラタージュをレンタルして、ようやく観た。学生時代に、島本理生の原作を何度も読むほどにすきな作品だった。映画化すること知ったときは、ただただ驚いた。キャスティングは、予想外なひとばかりで、どういう作品になるのか想像することができなかった。予告をはじめて観たとき、何度も読んでいた情景がきれいに行定監督の手により、映像化されていて、うっとりとした。

原作を読んでいた当時、あたしは先生に恋をしていた。ひどく共感し、学生時代のすべてを集結したような作品だったゆえに、役者さんの演技に、淡いきれいな映像に、せつないピアノのメロディーに、胸が締めつけれた。

葉山先生のよわさが工藤を引き寄せ、工藤の孤独が葉山先生を救った。工藤にとっては、高校での居場所で、光で、恋だった。葉山先生にとっては、奥さんとの後悔を癒してくれる恋よりもっと大切な存在だった。奥さんのいるひとを好きになってはいけないとわかっていながらも好きな想いはつよくなる。卒業し、葉山先生から連絡をもらい、再会するふたりは必然のように、教師と女子高生という垣根を越え、惹かれあう。それでも、この想いは実らない。せつないメロディーが、ふたりの関係を象徴し、静かな世界観を、セリフの行間がよりせつなさを増していた。
叶わない想いのつらさ、もう会えなくなるさみしさが、小野くんの想いを利用し、リハビリのように歩き出そうとしていた。それでも、運命は、ふたりを引き合わせる。それが小野くんを崩壊させ、嫉妬させ、独占欲を増幅させた。原作を読んでいたときでも小野くんの言動はこわかった。映像ではよりいびつになり、小野くんと工藤の関係を象徴しているようだった。小野くんは、ただ工藤が純粋に好きで、愛していた。ただそれが、行きすぎて制御が効かず、工藤を縛りつけた。小野くんと付き合っているから葉山先生とは離れようとし、葉山先生も連絡することはなくなったけれど、後輩の自殺が脆い葉山先生をこわそうとした。工藤は、そんな彼をほっておくはできなくて、今目の前にいる小野くんではなく、葉山先生の元へ行きたいと涙をながす。小野くんが工藤を想うのとおなじように、工藤は葉山先生を想う。たとえ、両想いになれなくても、そばにいたいと。崩壊した小野くんの土下座や作った靴を置いていけという命令に従い、裸足で葉山先生の元へ向かう、崩れ落ちそうになっている彼の元へ。最後に家に行きたいと、二度とふたりが交わることがないことを意味しながら、求めあった。小野くんに抱かれていたときとはちがう、しあわせに満ちた表情を浮かべ、葉山先生の腕のなかで、時おり、せつなそうな表情を浮かべながら、葉山先生の体温をわすれないように全身で記憶しようと。葉山先生にとって大切な、大切だからこそきみにあげたいと受け取った懐中時計を手にしながら電車に乗った。なにも言わずにお別れしたかったのかもしれない、それなのに車窓から見えた葉山先生の姿を目にした途端、こらえていた涙が、これまでの想いが、あふれこぼれた。一生に一度の恋でした、工藤の恋は、葉山先生が巻いた分だけ時を進め、止まった懐中時計とともに記憶のなかに大切な想い出となった。


松潤も有村架純も違和感なく、葉山先生と工藤で、狂気的な小野くんは坂口健太郎によって狂気さを増していた。洋次郎さんの作った曲が世界観にあっていて、何度も聴きたくなり、ラストから何度も再生した。すてきな映画だった。