しゃっと、カーテンが開く音が聞こえた。
顔にかかる太陽の光。
それを感じ、アメジスト色の髪をした少年はゆっくりと目を開けた。
顔にあたる日の光。
朝日。
それを感じて彼……シストは盛大に顔を歪めた。
「……ぅう」
小さく声を漏らしながら、シストは目を覆う。
そんな彼の手首を細い指がぎゅっと掴んだ。
「駄目ー!シスちゃん、寝ちゃ駄目!」
そう声が、聞こえた。
シストは手を除けて、声の主の方を見る。
盛大に膨れ面をした桃色の髪の女性が、彼の前に立っていた。
拗ねたような顔をしている彼女を見て、シストはゆっくりと瞬きをしてから、寝起きの掠れた声で、彼女を呼んだ。
「んぅ……姉貴?」
「そうでーす、ロゼちゃんでーす!」
にこにこっと笑う、女性。
女性というには、幾らか幼いような彼女……ロゼは、シストを迎えに来たのだ。
「今日は一緒に遊びに行く約束してるでしょ!ね、ロゼちゃんこんなに早起きしたんだよ!!」
早く起きて!と笑うロゼ。
まだ眠い目をこすりながら、シストは視線を時計の方へ向ける。
……窓から射しこんでくる日の光からも大体察することが出来てはいたけれど、まだ早朝だ。
「……姉貴、常識の範囲で早起きしてくれ……こんな時間に外に出てもどこの店も開いてねぇよ……」
馬鹿だろ、とシストは言う。
いつもならばこんな反応はしないのだけれど、今は完全に寝起き、どちらかというと低血圧で朝はスイッチが入るまで時間がかかるために、こんな対応なのである。
ロゼはそれにむくれたように唇を尖らせた。
しかし、弟の体質はよくよく知っている。
そのためにべつに怒ることはなく、彼女は言った。
「いいのー!朝早くから開いてるカフェ、ロゼちゃん調べてきたんだもん!今日は、そこで朝ごはん食べて、お店が開くような時間になったらお買い物行くの!」
今日はロゼちゃんの好きにしていいんでしょ?
そういって笑うロゼ。
それを聞いてシストはようやく体を起こし、ふぁああと欠伸をした。
そう。
彼女の言う通り、今日はロゼの好きなようにして言い、とシストが言っていたのである。
というのも……
ここ数週間、シストは全然休みがなく、ロゼに会いに行く時間を取れなかったのである。
それに拗ねてしまった姉を宥めるために、シストは言ったのだ。
今度、休みの日に何でも言うこと聞く。
何でも、姉貴の好きなようにしていいよ。
付き合うから。
そんなシストの言葉にロゼが顔を輝かせたのは、言うまでもない。
そしてその結果が、これである。
「わかった、わかったよ、起きるから……」
準備するからちょっと待ってろ。
シストがそういうと、ロゼはぱっと顔を輝かせた。
そして"わかった!外いって待ってるね!"といってその場から姿を消した。
彼女の空間移動術は普通の人間の数倍性能が良い。
そう思いながら苦笑を漏らして、シストもベッドから降り、準備したのだった。
***
「わぁ、私服のシスちゃん久しぶりに見た!」
ロゼは嬉しそうに笑う。
支度を終えて出てきた弟はいつもの騎士服でなく、私服姿なのである。
それが嬉しかったようで、ロゼはいつもの数倍嬉し洲だ。
「折角休みなのに騎士の制服、ってのもなんだろ?」
そういって微笑むシスト。
それを聞いてロゼはにっこりと笑った。
「折角だもんね!わぁ、うれしいなぁ」
ふふふ、と笑うロゼを穏やかに見つめてから、シストは少し迷う顔をし……小さく息を吐くと、そっとその手を握った。
ロゼは驚いたように目を見開いた。
「え?」
驚きの声を上げるロゼ。
シストは少し頬を赤く染めながら、ぷいとそっぽを向いて、いった。
「……迷子になったら困る。
それにこうしなくたって、どうせ姉貴、こうするつもりだっただろ」
女性であるロゼから手を繋がれては、少々格好がつかない。
だから、自分から手を繋いだ。
シストはそういうが、照れているのだろう。
頬を薄く赤く染め、そっぽを向いたままだ。
ロゼは暫し驚いて固まっていたが、やがて嬉しそうに表情を綻ばせた。
そして自分の手を握る弟の手を握り返して、わらう。
「ふふふっ、ありがと、シスちゃん!行こう!」
嬉しそうに笑うロゼは、シストの手を引いて歩き出す。
先程彼女がいっていた、早い時間からやっているというカフェに行くのだろう。
そう思いながら、シストは彼女に引きずられつつ、一緒に街に繰り出していった。
***
ロゼが調べてきたというカフェで一緒に食事をとった。
頼んだのはパンケーキとコーヒー。
バニラのアイスクリームとたくさんのベリーが乗ったそれは甘くもあり酸っぱくもあり。
甘いものがあまり得意でもないシストでも、美味しく食べることが出来た。
無論、甘いものが好きなロゼは幸せそうに笑みを浮かべた。
ふわふわと微笑みながら、彼女はいう。
「美味しいー!シスちゃんも、美味しい?」
「あぁ……美味いな」
そういって笑うシストを見て、ロゼは一層嬉しそうな顔をした。
そしてもぐもぐ、とパンケーキを咀嚼している。
幸せそうな姉を見つめてアメジストの眼を細めると、いった。
「……ごめんな」
「ふぇ?」
小さく首を傾げるロゼ。
唇の端についたアイスクリームを指先で拭いつつ、シストはいった。
「姉貴のとこに、なかなかいけなくて。
ごめんな、一人で放っておいて」
そう、頭には罪悪感。
本当は、もっと姉の傍に居てやりたい。
父も母もいるけれど……こういってはなんだが、ロゼやシストと血の繋がった両親ではないのだ。
そんな家に彼女を一人で置いておくのは、申し訳が無い気持ちになっていたのである。
しかしロゼは彼の言葉にわらうだけ。
口に入っていたパンケーキを飲み込むと、ふわりと柔らかく笑って、いった。
「大丈夫よ、ロゼちゃんは騎士として働いてるシスちゃんのことも大好きだもん。いつも、応援してるよ」
姉として、自分は勇ましい騎士である弟を誇りに思う。
恥ずかし気もなくそういったロゼは柔らかに笑う。
シストはそれを聞いてまた頬を赤く染めながら、ぷいとそっぽを向いた。
しかし、確かに彼女に聞こえる声で言う。
「……有り難う」
そういってもらえて、嬉しいよ。
そういってシストは、表情を綻ばせていた。
可愛い、可愛い弟。
一時は、騎士になるのを諦めさせたかった。
いっときは、相棒を亡くした悲しみに沈む彼を楽にしてやりたいともおもった。
そんな彼は、今も勇ましい騎士として、剣を握っている。
そんな彼を、誇りに思う。
「これからも頑張ってね、シスちゃん」
そういって笑う姉に微笑んで見せながら、シストはそっと、自分のコーヒーカップに口を付けたのだった。
―― 私の、愛しい騎士 ――
(かけがえのない、私の騎士。
大好き、大好きな、大切な弟)
(そう呼ばれるのは照れくさいけれど…
この人を、この人の笑顔を守りたい、そう思っているのも事実だから)