じりじりと、照り付ける陽射し。
それは地面を焼き、肌を焼くようなのに、隻眼の少年……シュタウフェンベルクが一人立っている森の中は、薄暗く肌寒い。
ひやりとしたその空気の中、シュタウフェンベルクは周囲に視線を向ける。
と、その時。
低い唸りを上げる魔獣が姿を現した。
普通の熊の数倍大きい熊の魔獣だ。
その魔獣が足を踏み出す度に、地面が深く沈む。
何かが焼け焦げるような臭いがすると同時に、足元にあった草が焼ける。
「出てきたか」
シュタウフェンベルクはそう呟きながら、武器であるマスケットを構える。
そんな彼を見て、魔獣は更に低く唸り、とびかかってきた。
今日は、この魔獣の討伐の任務だった。
正式には、魔獣の討伐というよりはこの魔獣を操っている者の調査だった。
この熊は、ただの魔獣ではない。
普通の魔力を持つ魔獣では、ないのだ。
飛びかかってきた魔獣の攻撃を躱し、一発魔力を撃ちだす。
彼が持つ炎属性の魔力を放ったのだが、魔獣はさしてダメージを受けた様子もなく、二度目の攻撃を繰り出す。
―― やはりか。
シュタウフェンベルクはそう呟く。
そして、今度は彼が持つ特殊な魔力を……破魔の魔力を放った。
するとその魔獣は大きく悲鳴を上げて、のたうち回った。
この魔獣は、悪魔の魔力を持つ魔獣。
正式に言えば、悪魔が操る魔獣……悪魔の眷属なのだった。
「貴様の相手をしている場合ではないんだ……っ」
そう呟いたシュタウフェンベルクは立て続けに魔獣に向かって魔力を撃ちだす。
そうしながら周囲を見渡しながら、いった。
この魔獣を操っている人間がいるはずなのだ。
否、人間というよりは……悪魔か。
そして、シュタウフェンベルクがその悪魔を今躍起になって差がしている理由……
それは、悪魔に魅入られた近くの街の子供が攫われたからであった。
それは、今日の夕方のこと。
早く探さなければ手遅れになると、彼がすぐに出発することになったのである。
すぐに、魔獣は討伐できた。
シュタウフェンベルクは息をつく間もなく、次のマスケットを構えて、周囲を見渡す。
するとすぐ近くの洞窟のなかに、魔力を感じた。
強い、強い、悪魔の魔力。
感じたことの無い、魔力だった。
シュタウフェンベルクはそちらへ走っていく。
すると、洞窟の入り口付近で、ざあっと風が吹いた。
そして、シュタウフェンベルクのすぐ近くに何者かが姿を現した。
そこにいたのは、背の高い男……のような、ものだった。
人の形をとってはいるが、人とは明らかに違う肌の色、爪の形、顔立ちをしている。
どうやら、低位の悪魔らしい。
悪魔族、というよりは、その僕のようなものか。
「貴様が攫った子供を返してもらおうか」
シュタウフェンベルクはそういう。
しかし悪魔はにやり、と笑って魔力を放ってきた。
わかり切ってはいたが、話し合いの余地はない。
シュタウフェンベルクはそれを理解すると、魔力を放ち始めた。
複数のマスケットを出現させ、次々と撃ちだす。
悪魔は先程の魔獣よりずっと手ごわく、攻撃しても攻撃しても当たらない。
そればかりか悪魔も次々と魔力を放ってくる。
シュタウフェンベルクは悪魔を祓う魔力を有している。
しかし、悪魔の攻撃を受ければ、それはいたって普通の人間のようにダメージを受ける。
攻撃を食らえば動けなくなる……
そうなれば、悪魔の好きなようにされかねない。
だから、かなり危険な状況であった。
汗が、流れる。
陽射しは遮られた場所で、そんなに暑くはないはずなのに。
とはいえ、一撃でも当たれば、おそらく自分の勝ちだ。
シュタウフェンベルクはそう思いながら、必死にたたかった。
―― 刹那。
撃ちだした魔力が、悪魔の体を貫いた。
劈くような悲鳴が響いて、ヒト型をとっていた悪魔の体が、ぼろぼろと崩れていく。
シュタウフェンベルクはそれを見てはぁ、と息を吐き出した。
掠った悪魔の爪の所為で切れた頬から血が伝う。
それを拭っていれば、洞窟の奥から子供がそろそろと出てきた。
おそらく、攫われたという子供だろう。
その姿を見て、シュタウフェンベルクはほっとした。
そして彼はその子供に歩み寄り、声をかける。
「良かった、怪我は……」
けがはないか?
そういいながら手を差し伸べると同時に、その手をふり払われた。
「っ……」
「触らないでっ」
そんな悲鳴じみた声を上げる子供。
その子供の目は、怯えきっていた。
そして、言う。
震える声で。
「あ、アンタも、彼奴と、一緒だ……っ
一瞬で、あんなこと……っ」
そういいながら、子供は胸に下げた十字架のペンダントをぎゅっと握りしめた。
もしかしたら、それを持っていたために悪魔もすぐに手を出すことが出来ずにいたのかもしれないな、とシュタウフェンベルクはぼんやりと思う。
しかし、正直……
今は、それどころではなかった。
怯えきった子供の瞳。
そして今の軽蔑したような台詞。
お前も、彼奴と同類だ
同じ、異端だ。
そう言いたげな子供の発言に、少なからず傷ついていて。
シュタウフェンベルクは何か、言おうとする。
しかし、子供は彼の横を素早く駆け抜け、逃げていった。
暫しの、沈黙。
シュタウフェンベルクはその場にへたりこみ、溜め息を吐き出す。
酷い、虚無感を感じた。
「随分手酷く扱われたねぇ」
不意に近くで聞こえた声。
それに顔を上げることは出来なかったが、一体何が来たかはわかる。
たちの悪い、堕天使だった。
「助けてくれた相手にこんなこと言うなんて恩知らずな人間だねぇ」
そういって笑う堕天使……フォル。
シュタウフェンベルクはその言葉に顔を上げた。
その瞳には、弱い光が揺れていた。
彼は目を伏せて呟くように言う。
「この世に破滅を齎す悪魔、そしてそれを破滅させる祓魔師、両方共怖いに決まってるだろう。
普通の人間に向けられたら恐ろしいだろうな、だから両方共消えてほしい、そう思われるのは、至って普通だ……
でも、私だって、怖い、批判されるのも、悪魔と対峙することも、一番恐怖と背中合わせなのは、私だ」
そう、呟いた。
わかっている、わかっているのだ。
自分を恐れる人間がいることも。
しかし、そんな人間にまるで自分は平然としていると思われるのは辛い。
自分だって、平然とやっているわけではないのだ。
悪魔の攻撃。
仲間からの拒絶。
全てすべて、怖い。
そう呟いた彼はその場に蹲ってしまった。
そして彼は呟くような声で言う。
「本当はすごく怖い……
そうだろう、だって、人間なのに、皆が逃げ出したい、対峙したくない悪魔や堕天使と戦っているんだから……
この力で、皆は守る。
……だから、私が生きていることは、赦してくれ」
その言葉は、自分を批判する人間への願いか。
そう思いながらフォルは笑みをうかべてみつめていた。
「可哀想に、ねえ……」
同情するような声。
それと同時に、優しく頭を撫でられる。
いつもなら拒絶するその手を、払うことが出来なかった……――
―― 恐れるものは… ――
(悪魔と戦うことも、怖い。けれど…
それ以上に、守るべき人々からの拒絶も怖いんだ)
(怯え、悲しみ、苦しむ彼。
神の眷属でありながら何処か弱さを持つ君を見るのは、好きだよ?)