漆黒に包まれる、森の奥。
そこにたたずむ隻眼の少年……シュタウフェンベルク。
彼は警戒した表情で周囲を見渡す。
彼のすぐ傍には、殺気が満ちていた。
「隠れていないで出てこい」
シュタウフェンベルクは低い声でその殺気の主に言う。
暫し続いた沈黙の後、それは姿を現した。
闇に溶ける漆黒の青年。
その背には、大きな黒い翼が広がっている。
その一方の翼は、まるで欠落したようになくなっていたけれど。
片翼の悪魔。
それこそが目の前にいる青年……ノアールだった。
堕天使の眷族でもある彼は強い魔力を持つ。
その魔力が今は、シュタウフェンベルクに向けられていた。
「いきなり我らが住む場所にやって来た上にその態度は如何なものかと思うがな、大佐殿」
冷ややかな声で、ノアールは言う。
一度羽ばたいた彼の翼から数枚、漆黒の羽が舞う。
その様を見て、シュタウフェンベルクはスッと目を細めた。
「……貴様が"あの子達"にした仕打ちに比べれば、どうということはないと思うがな」
そういうシュタウフェンベルクの声は酷く冷ややかで、静かな怒りを秘めていた。
彼の声を、言葉を聞いてノアールは口元に笑みを浮かべる。
「操り人形たちのことか」
呟くように言うノアール。
それを聞いてシュタウフェンベルクはさらに怒りを表情に込めた。
彼は、なんだそんなことかと言いたげな顔をしていた。
下らない、といわんばかりの顔を。
そればかりか、ノアールはふんと鼻を鳴らした。
そして怒りをその目に秘めるシュタウフェンベルクを見ながら、いった。
「……あいつらに愛着を持っているのか?下らない……ただの、人形ごときに」
彼はあっさりとそういった。
アレらは、人形だと。
人間ではないのだから愛着をもって、ましてや彼らを縛る自分達に怒りを向けるなど下らない、と。
それを聞いてシュタウフェンベルクはぐっと唇を噛み締めた。
そして素早く武器を取り出す。
ノアールはそんな彼を見て、目を細めた。
そして不愉快そうに、言う。
「……物騒だな」
「お前たちがいる限り、あの子達は解放されない……」
ノアールが、フォルがいる限り、操り人形は解放されない。
ペルが自分が背負う過去に苦しんでいることは前々から知っていたけれど……
―― 僕はここにいていいのかな。
ヘフテンとブランと一緒に食事をとっていたとき、ブランがぽつりとこぼした言葉。
それをシュタウフェンベルクは聞いていた。
その悩みが一体何処から来るのかも。
堕天使の指示、その下につく悪魔の指示。
それにしたがってずっと生きてきた、幼い操り人形。
彼が背負う過去は、重たい。
だから、悩む。
今、自分を大切にしてくれる人間にふれあうことにも、彼らと一緒にいることにも。
その悩みをなくしてあげたい。
自由に、してあげたい。
そのためには、彼を縛る鎖となる悪魔たちを退けることが、第一だった。
しかし今の言い方を聞くに、あの悪魔は彼を解放するつもりはないのだろう。
永久に、駒として扱うつもりなのだろう。
そう思うといたたまれなくて……助けてやりたいと、そう思った。
悪魔に、堕天使に、対応するための魔力を自分は持っている。
そう自分を鼓舞しながら、彼は魔力を込めたマスケットを片翼の悪魔に向けた。
タイミングが、悪かった。
普段は彼が悪魔の形をとっていることは少ない。
しかし時折ある程度の魔力を解放しなければならないようで、今日がちょうどその日だったらしい。
こういったときには、彼の魔力が増大している。
離れていても感じる強い魔力が、その証だ。
けれど、それは関係ない。
不利な状況だから問いって尻尾を巻いて逃げるつもりはなかった。
ノアールもそれがわかったのだろう。
スッと目を細めながら、自分自身の武器である拳銃を抜いた。
「……俺を殺せばあの操り人形を解放できると考えているようだな。
まぁ、いい……それならば、相手してやろう」
そういうと同時に、ノアールは拳銃の引き金を引いた。
乾いた銃声が響いた。
シュタウフェンベルクは素早く身を躱して、マスケットをノアールに向けて、魔力を放つ。
それはノアールを掠めていったが、彼に傷を負わせるには至らない。
「遅いぞ」
低い声でノアールがそういう。
それと同時に、立て続けに銃弾が襲い掛かってきた。
回転式拳銃。
彼が使っているのはそれか、と瞬時に判断する。
連発されるのは、痛い。
シュタウフェンベルクが使うマスケットは、連射することが出来ないからだ。
「魔力の充填にも時間がかかる、連射能力の低い旧式の武器で俺に勝てると思ったか」
ノアールは冷たくそういい放つ。
シュタウフェンベルクはぐっと唇をかむと、魔力を集中させた。
「いや、まだだ」
そういうと同時、彼の周囲には無数のマスケット銃が現れた。
一つの銃で連射が出来なくても、複数出してしまえば此方のものだ。
シュタウフェンベルクは片方しかない手でリズミカルに銃を撃っていく。
ノアールはその撃ち方に少し顔を顰めた。
攻撃回数が増えれば、避ける事も難しくなってくる。
「……猪口才な」
小さく呟くと同時、ノアールはもう一丁の拳銃を抜いた。
そしてそれをシュタウフェンベルクに向け、次々と銃弾を撃っていく。
続く、銃撃戦。
響く銃声と飛び交う魔力。
それがぶつかりあっては弾ける。
「っは、ぁ……はぁ、あ……」
荒い息を吐き出すシュタウフェンベルク。
彼の額には脂汗が滲んでいた。
体が、重い。
足が上手く動かなくなってきた。
魔力の充填にも時間がかかる。
それは、致し方ない話だ。
シュタウフェンベルクの戦い方は酷く魔力を消費する。
マスケットの召喚、魔力の充填、それ以外にもさまざまに……
それ故に、もう既に魔力が底を尽きかけているのだった。
ノアールはそれでも攻撃の手を緩めない。
容赦ない銃弾がシュタウフェンベルクを襲った。
―― 刹那。
「うっ、ぁ……」
そのうちの一発がシュタウフェンベルクの肩を貫いた。
痛みに顔を歪め、よろめいた彼の肩を再び銃弾が撃ちぬく。
その衝撃にシュタウフェンベルクは後ろに倒れた。
慌てて体を起こそうとすると同時。
そんな彼の腕を黒い靴が踏んだ。
「うぐ……っ」
「馬鹿なヤツだ。
たかが人間が俺を倒せると思ったか」
頭上で聞こえたのは、冷ややかな声。
それと同時、彼の肩をぐっと踏みつけた。
「ああ……っ」
声にならない声が、口から洩れる。
ノアールはそんなこともお構いなしに、彼の肩の傷を抉るように踏みつけた。
「魔力も尽き、腕も使えない……
その状態で俺にどうやって勝とうというんだ?」
祓魔師殿?
悪魔を祓うことも出来ない無力な人間。
そういって、ノアールは笑う。
震える彼の翼からひらひらと羽根が舞う。
それがシュタウフェンベルクの体を地面に磔にするように彼の服を貫く。
「うっ、ぐ……」
必死にもがこうとする彼。
それを見て、ノアールは冷たく笑った。
「殺してやろうか……このまま」
失血死するのが先か、或いは……
そういいながら彼は腰に挿していた剣を抜いた。
「このまま、胸を突き刺してやろうか……」
―― どちらが、お好みだ……?
そう問いかける、ノアールの声。
逃げなければ、そう思ってもがくが、もう体は言うことを聞かず……
意識が、途切れる。
その間際、ノアールの攻撃を止める誰かの手が見えた気がした……――
―― 守るべき… ――
(大切なものを救うためならば、守るためならば…
そう思えど、この力不足が悔しくてならない)
(まともに祓魔の魔術を使うことも出来ない癖に。
そう聞こえた声が否定できないのが辛くて…)