砕け散った、金色。
その風が舞うなか、座り込むシュタウフェンベルク。
その姿を見て、堕天使……フォルは楽しそうに笑っていた。
感じ取れる、彼の深い深い絶望。
大切な副官を喪ったという絶望。
それは、負の感情を糧とする堕天使にとっては甘美なものでさえあった。
「ふふふ……どんな気持ち?
大事な人を、"目の前で"喪うのは」
フォルはシュタウフェンベルクにそういう。
彼の目の前で破壊した宝石。
それが、ヘフテンだと、フォルはいっていた。
「綺麗だったよね、大佐殿?
君の副官君の魂は……透き通っていて、本当に綺麗だった」
うっとりしたようにフォルはいう。
そして、目を細めながらシュタウフェンベルクに触れた。
そして、囁くような声でいう。
「ねぇ、大佐殿……君は、どんな色をしているだろうね?」
―― 僕はそれがきになるなぁ?
フォルはそういうと、シュタウフェンベルクの頬を撫でる。
その刹那。
「うわっ!?」
不意に、シュタウフェンベルクが魔力を解放した。
フォルは思わず彼から飛び退く。
シュタウフェンベルクはゆらり、と立ち上がった。
そしてフォルを見据える。
その青い瞳には、強い強い憎しみの色が灯っていた。
「……貴様、だけは」
低い声が、聞こえた。
フォルはそれに少し怯む。
シュタウフェンベルクのそういう声は、こういう表情は……珍しかった。
絶望は容易く憎しみに変わる。
怒りは、力に変わる。
シュタウフェンベルクはマスケットを構え、フォルを狙った。
その瞳に迷いはない。
シュタウフェンベルクは躊躇いなく引き金を引き、堕天使を狙った。
「っ、いったた……
本気モードの彼、初めてみたなぁ……」
フォルはそう呟きつつ、小さく笑みを浮かべる。
楽しそうに笑いつつ体勢をたて直した彼にシュタウフェンベルクは容赦なく追撃を加える。
ぶつけられる魔力。
それは破魔の魔力。
フォルにとっては毒のような魔力だ。
「っく、ぅ……痛い、なぁ……」
シュタウフェンベルクの攻撃にフォルは顔を歪める。
相反する魔力をぶつけられれば幾ら堕天使とはいえ痛みを感じる。
体がいうことを聞かなくなってくるのにフォルも少し焦っていた。
このまま攻撃を食らい続けたらまずい。
それくらいは、容易に想像がつく。
「逃がすわけないだろう」
シュタウフェンベルクは低い声でそういうと、マスケットを大量に取り出した。
そしてそれをフォルに向けて、一斉に発砲する。
降り注ぐ魔力の弾丸。
フォルはそれを躱そうとしたが、数が数だ。
躱しきれるはずもなく、フォルは大体の攻撃を受けることとなった。
容赦のない、連続攻撃。
それも、苦手な属性の攻撃ともなれば、流石の堕天使も耐えられなかったらしい。
フォルは地面に崩れ落ちる。
「うう……っく」
立ち上がることもままならずにもがくフォルの姿は珍しい。
しかし、シュタウフェンベルクの頭のなかには、そんなことを考える余裕もなかった。
シュタウフェンベルクは倒れたフォルに馬乗りになった。
もがく彼の額にマスケットを押し付ける。
「……よくも……――」
よくも、ヘフテンを。
そんな、言葉は掠れていて……
大切な副官。
愛しい存在。
傷つけられただけでも許せなかったのに、あんな形で……
冷静でいられるはずがなかった。
フォルはすでに意識を失いかけているのだろう。
シュタウフェンベルクが武器を向けても動かない。
いつものように笑みを浮かべることはない。
シュタウフェンベルクはそんな彼に向けたマスケットの引き金に指をかける。
そしてそれを一思いに引こうとした。
―― その時。
ぎゅ、と後ろから何かに引っ張られた。
シュタウフェンベルクはそれに驚いて振り向く。
その視線の先にいたのは……――
「駄目、だよ……シュタウフェンベルク」
そういう長い黒髪の少年……ペル。
彼は不安げな瞳でシュタウフェンベルクを見つめていた。
ペルの漆黒の瞳を見つめつつ、彼は顔を歪める。
「……離してくれ、ペル」
「駄目。絶対離さない、よ」
ペルはゆっくりと首を振ってそういった。
そして、シュタウフェンベルクをじっと見つめ返しながら、いう。
「シュタウフェンベルクが怒るの、当たり前……
御主人(マスター)は、酷いことした……僕も、怒ってる。
でも……御主人を、殺さないで……
そうしたら、シュタウフェンベルク……きっと後悔する、から」
だから、駄目。
ペルはそういってシュタウフェンベルクの服を引っ張る。
しかしシュタウフェンベルクは眉を寄せて、いった。
「……それでも、私はしなくてはならない……
悪を討つためならば、私自身が悪になっても……」
―― 構いはしない。
そういってシュタウフェンベルクは再び引き金に手をかける。
しかしその手は少し、迷いを含んでいた。
その時。
「クラウス!」
聞こえたのは、友人の声。
それにはっとして振り向けば、ヘフテンが寝かされていたベッドのところに彼……クヴィルンハイムがいた。
そして彼はヘフテンを抱き起こしている。
「メルツ……」
シュタウフェンベルクは彼の名を呼ぶ。
クヴィルンハイムはそんな彼にいった。
「大丈夫ですよ、彼は……」
大丈夫。
そんな彼の発言が、シュタウフェンベルクは暫し理解出来なかったけれど……
「う……」
小さく呻いたのは、彼が抱き上げているヘフテン。
その姿を見てシュタウフェンベルクは大きく目を見開く。
「!ヘフテン……っ」
「死んでなんか、いない……
御主人、自分で人殺すの、あんまり上手じゃない……」
出来ないことはないみたいだけど。
ペルはシュタウフェンベルクにそういう。
どうやら、フォルが壊したのは、ただの宝石。
それをヘフテンの魂だと偽って破壊することでシュタウフェンベルクを動揺させようとしたようだが、
どうやらやり過ぎて、返り討ちにあった形である。
「だから、駄目……
シュタウフェンベルクを、人殺しにしたくない……」
ペルはそういいながら、シュタウフェンベルクの袖を引く。
そんな彼を見て、シュタウフェンベルクは夢から醒めたようにまばたきを繰り返した。
そして、その場に脱力する。
魔力の過剰消費。
そして何より、安堵。
「よか、った……」
小さく息を吐き出すシュタウフェンベルク。
意識が、揺れた。
ペルはそんな彼を支え、フォルから離れる。
フォルも意識を失って倒れたままだ。
ペルは彼の姿をみたのち、クヴィルンハイムにいった。
「……シュタウフェンベルクと、ヘフテンは、お願い……」
僕、御主人を部屋に返す。
それからすぐに、シュタウフェンベルクのところに帰るから。
そういうとペルはフォルの体を支えて立ち上がる。
こんなんでも、一応は僕を拾ってくれた人だから放っておけない、といって。
「えぇ、わかりました」
任せてください、とクヴィルンハイムは頷く。
ペルはそんな彼と、ぐったりしているシュタウフェンベルク、ヘフテンをみた後、歩き出す。
自分が支えている主人。
「……御主人も、悪い……」
やり過ぎ、よくない。
ペルはそう呟きながら、静かに歩いていく。
砕けた金の粉が空へ舞い上がっていった。
―― 真実は… ――
(そう、すべてはただの演技事。
けれどそれは彼の怒りに火をつけるには十分すぎて)
(同情という同情はしないけれど…
彼はやはり、僕を拾ってくれた人だから…)