午前中の任務を終えて、スターリンは自室に戻る。
今日はいつもより少し早めに帰ることが出来た。
この時間に帰れば、部屋で待っているであろう堕天使の機嫌もよくなることだろう……
そう思いつつ、スターリンは自室のドアを開けた。
「ただいまなのだよー」
「あ!お帰り、書記長様!早かったねぇ」
明るくそう声をあげるのは、亜麻色の髪の堕天使……フォル。
スターリンのベッドの上に座っているのだが、その手には小さな菓子があった。
スターリンはそれを見て小さく溜め息を吐き出す。
「ベッドの上でものを食うなフォル……って言うか、それどうしたのだよ?」
フォルは基本的に自分で買い物にはいかない。
外に出てふらふらすればディアロ城の騎士に見つかる可能性が高くなってしまう。
スターリンとしてもひやひやするからあまり外には出てほしくないし、出るなとも言いつけているのだから、
自分で買ってきたという線は考えにくいのだけれど……
スターリンがそう思っていると、フォルは手元に持った菓子を見て、
それからにっこりと笑って答えた。
「異国の騎士様に貰ったんだー。
さっきこっち帰ってきたみたいだから、先に挨拶してきたんだよー。
あとから書記長様にも挨拶しに来るっていってたよ」
フォルはそういいながら東条の土産だという和菓子を美味しそうに頬張っている。
一応二十歳を越えた男なのだが、その表情はまるで子供のようだ。
その表情を見てスターリンは小さく笑った。
「本当にフォルは甘いものが好きだな」
「んぅ?……うん、好きだよ?」
口にいれていたものを飲み込んでから、フォルは頷く。
そして、微笑みながら言った。
「フィアもでしょ?たぶん遺伝的に甘いもの好きなんだよね」
フォルの言葉にスターリンはそうだな、と頷いた。
確かに、フォルの妹であるフィアも甘いものが好きだという。
もっとも、彼女はそうそう表情に出したりはしないけれど。
表情に出さないフィアにたいして、フォルは本当に幸せそうにものを食べる。
甘いものを与えておけばある程度の機嫌はとれるという分かりやすい人間だ。
そんな彼を見て小さく笑うと、スターリンは彼をからかうような口調でいった。
「洋菓子でも和菓子でも……本当に甘いもの好きな堕天使なのだよ。
俺より四つも年上のクセしてコーヒーもブラックじゃなくて砂糖とかいれるだろ」
「た、たまにはブラックも飲むよ!でも、甘いものの方が好きなだけ!」
フォルは頬を膨らませつついう。
それでも否定は出来ないようで、強くは言い返さなかったが……
意地悪く笑っているスターリンを見て、猫のように目を細めると、
残りの菓子を口にいれてしまってから、スターリンに歩み寄る。
その表情は何処か妖艶なもので、スターリンは一瞬身を強張らせたが、
逃げようとするより先にするりと腰を抱かれた。
片手でスターリンの顎を掴み上向かせながら、フォルは微笑む。
そして、彼の耳元に口を寄せて、囁いた。
「僕は確かに甘いもの好きだよ?
でも……書記長様の次に、ね?」
その低く甘い声にスターリンは少し体を強張らせた。
頬が熱くなるのを感じる。
緩く腰を撫でられて力が抜けそうになるのを堪えつつ、スターリンはフォルを睨んだ。
「っ!変な冗談はやめるのだよ……」
「ふふ、冗談じゃあないよ?書記長様も十分甘いからね」
そういって目を細めると、フォルはスターリンの唇を塞いだ。
逃げようとする彼の体を抱き寄せつつ、長く甘いキスを続ける。
「ん……っ、あ、ふ……」
苦しげに顔を歪めたスターリンを見たところで、フォルは漸くキスを止める。
そしてくすりと悪戯に笑ってそれを見つめると、
スターリンの琥珀の瞳を濡らした涙をそっと拭って微笑んだ。
「本当に可愛いんだから、書記長様は」
フォルは笑いながらそういって、スターリンの体をベッドに倒す。
その上にのし掛かりつつ、もう一度優しく口付けた。
スターリンももがくのをやめて、それを受け入れるように目を閉じた……
―― そのとき。
とんとん、と響いたノックの音にスターリンははっとした。
「スターリン殿、もう戻られたか?」
聞こえたのは、独特の言葉遣いの"彼"の声。
スターリンは大きく目を見開いて、フォルの体を押した。
フォルはすんなりとその唇を解放する。
スターリンは大きく息を吸うと、ドアの向こう側にいるであろう彼……
東条に返事を返した。
「っ!ちょ、ちょっと待つのだよ!」
離れろフォル、といってスターリンはフォルを押し返す。
そんな彼の上からどきつつ、フォルはくすくすと笑った。
「異国の騎士様だって僕と君のことは知ってるんだから今さらでしょ、隠すの」
「それとこれとは話が別なのだよっ!」
スターリンはフォルにそう抗議する。
確かに、東条はフォルとスターリンの関係を知っているし、
フォルの気質もよく知っている。
だから、この光景を見たところで驚いたり……はするだろうが、
何か特別思ったりはしないだろう。
しかし、それとこれとは話が別。
他人に見られて恥ずかしくないはずがないわけで。
とにかくどけ!といってフォルをどけると、
スターリンは少しふらつきつつドアの方へ向かった。
ドアを開ければ、案の定そこには黒髪の少年の姿。
"やぁ異国の騎士様"などとしれっと挨拶をするフォルを軽く睨むと、
スターリンも東条に軽く笑いかけて、いった。
「久しぶりだな、東条」
「うむ。先刻フォル殿にスターリン殿はまだ帰ってきておらぬと聞いて、
あとから訪ねようと思っておったのだ」
そういって微笑んだ後、東条はスターリンの顔を見て不思議そうな顔をする。
どうした、とスターリンが問えば、東条は小さく首を傾げて、質問をぶつけた。
「スターリン殿、顔が赤い気がするのだが……」
「!どっかのバカ堕天使の所為だから気にすんな」
スターリンはそういうと、ぷいと東条から視線を逸らす。
フォルはそんな彼のようすにくすくすと笑っただけだった。
東条はそんなフォルとスターリンの様子を見て苦笑を洩らす。
「なるほど、フォル殿が原因か……」
「書記長様を赤面させられるのは僕くらいなもんだよ。
あ、あとさっきのお菓子ありがとうね!美味しかったよー」
「ふふ、気に入ってくれたのならば良かった」
フォルの反応に東条は嬉しそうに微笑む。
フォルはにこにこと笑いながら、東条とスターリンの方へ歩み寄って、
二人の手を引いて、ベッドの上に座らせた。
そして二人の肩を抱いて、いう。
「今度は書記長様も一緒にいこうね、異国の騎士様の国ー」
「仕事がなければな」
まだ少し拗ねた調子でそういうスターリン。
フォルは唇を尖らせて、いった。
「一日くらい休めばいいじゃないかー。
黒髪の騎士様なら頼めば休ませてくれるんじゃない?」
黒髪の騎士……基ルカは東条、スターリンがこの国、イリュジアにいる間の上官。
フォルもよく知る彼は、基本的に部下には優しく、
休みをとりたいと言われればどうにか予定を調整するたちだ。
その事をフォルも、そして東条やスターリンもよく知っている。
「ルカ殿は割りとその辺り、優しいからな……」
「あれで色々考えてるみたいだからびっくりなのだよ」
スターリンがそういって肩を竦めると、フォルは小さく苦笑して言った。
「ほんとにあの人は部下にそう思われるタチだよねぇ……」
ルカの気質、ポジションはフォルもよく知っている。
部下に敬われるような騎士ではなくて、
どちらかと言えば対等の位置で付き合う統率官だ。
フォルはそんな彼のことを思い浮かべつつ、
まぁいいやと呟いて、再び二人を抱き寄せる。
そして二人の頬にキスを落としつつ、笑顔でいった。
「まぁ、僕としては書記長様と異国の騎士様両方と一緒にいられるなら、
それでいいんだけどねぇ」
「お前は相変わらずマイペースだな……」
「ふふ、フォル殿らしいとは思うがな……
さて、スターリン殿、私たちはそろそろいかねば……
ルカ殿から雪狼の騎士は招集がかかっていたであろう?」
東条の言葉に、スターリンは時計に視線を向けた。
そういえば、と思い出す。
すっかり忘れていたが、招集がかかっていたのだった、と。
「あぁ、そうだったな……ほら、離せフォル」
スターリンはそういいつつフォルの体を引き剥がす。
フォルはむくれた顔をしつつ、二人の体を離した。
「二人が同じ部隊なのも良し悪しだよね……
二人とも一緒にいなくなっちゃうんだもの。
まぁ、いいや、早く帰ってきてね?」
いってらっしゃい、といいながらフォルは立ち上がりかけていたスターリンの腕を掴み、
ぐいっとひっぱるともう一度唇を塞ぐ。
東条の前でそんなことをされてスターリンは再び顔を真っ赤にして、フォルを睨み付けた。
「もう、いい加減に……」
「ほら、早くいかなくていいの?」
くすくすと笑いつつ、フォルはスターリンの背中を押す。
スターリンは暫しそんなフォルを睨んでいたが、諦めたように溜め息を吐き出した。
二人を見て苦笑していた東条は"ではスターリン殿、行こうぞ"といって部屋を出ていった。
いってらっしゃい、と見送る堕天使の声を聞きながら、
二人は雪狼の会議室に急いだのだった。
―― 甘い、甘い… ――
(僕が好きなのは甘いもの。
一番好きなのはお菓子よりも甘い甘い…)
(子供っぽいくせに変に色っぽい色欲堕天使。
拒みきれないのはきっと、俺も大概"甘いモノ"好きなのだろう)