ある日の、昼前のこと。
「……誰か来てるのかな?」
黒髪の騎士……ルカは自身のパートナーの部屋の前で立ったまま悩んでいた。
小さく呟いた声は誰に聞かれることもなく、静かな廊下に消える。
ルカが悩んでいる理由はといえば。
彼が会いに来た相手の部屋……
基ヒムラーの部屋からは楽しそうな声が聞こえるのだ。
来客かな、と思って一瞬部屋にはいるのをためらったルカ。
来客中ならば邪魔をしては申し訳がない。
彼が部屋を訪ねてきたのは特に変わった用事があったわけではなく、
昼食を一緒にとらないかと誘いに来ただけだから。
ただ、中から感じる人間の気配はヒムラーのものだけだし、
聞こえてくる声もヒムラーの声だけ、な気がするのだ。
―― 入るべきか、否か。
そう悩みはじめて結構時間が経っている。
通りすぎていく騎士たちは怪訝そうにルカを見ていた。
「……悩んでてもしゃーないか」
ルカはそう呟くとドアをノックした。
するとすぐに部屋から"どうぞー"と声が返ってくる。
そのあっさり具合に拍子抜けしつつ、ルカはドアをあけた。
「ハインリヒ?誰か来て……あぁ、なるほどな」
ルカはヒムラーに声をかけて、すぐに気づいた。
そして苦笑する。
部屋から聞こえてきた声の理由を悟る。
それは実に単純明快な話だった。
ヒムラーはたしかに部屋に"一人"であった。
ただし、人間以外……彼の召喚獣であるひよことニワトリが彼の周りにはいて。
ドアを開けた人間を確認するためにヒムラーは顔をあげる。
そしてその相手がルカだと笑うと微笑みを浮かべていった。
「あ、ルカさんでしたか。こんにちは」
笑顔でそういうヒムラーの頭の上にも数羽乗っかっている。
ルカはその様に吹き出した。
「ほんとお前……かわいいやつだな。
頭にひよこ乗せたままいい笑顔見せんな、笑う」
「え?」
そんなことを言われても、とヒムラーはきょとんとした顔だ。
ルカはそんな彼を見てひとしきり笑うと、いった。
「やー……何度見ても笑うわ。お前とそいつら一緒にいんの」
「わ、笑うって……そんなにおかしいですか?」
「いや、おかしいっていうか……なんだろ、癒し系?」
違うか、と呟くルカにヒムラーは怪訝そうな顔だ。
しかしまぁいいか、と呟くと小さく首をかしげてルカに問いかける。
「それで……どうかしたんですか?任務ですか?」
「いや、お前に昼飯一緒に食いにいかないかって誘いに来たんだ。
でも、部屋から声が聞こえたから誰かきてんのかと思って……
そいつらに話しかけてた声だったんだな?」
少しからかうようなルカの口調。
ヒムラーは何度かまばたきをすると、状況を理解した。
廊下に聞こえていたであろう、自分の声。
それを聞いてルカが部屋に入るのを躊躇っていたらしいということ。
「え?あぁ、すみません。この子達にもご飯あげようと思ってて」
そういいながらヒムラーはすまなそうな顔をした。
ルカがドアの前で暫したたずんでいたことを踏まえてだろう。
ルカは"気にすんな"といって軽く手をふった。
「世話もマメなんだな」
「大事な召喚獣ですからね。非戦闘用員でも」
ヒムラーはそういいつつ指先でひよこたちの頭を撫でつつ、声をかけている。
その声の端々に名前らしきものが入っていることに気づいて、ルカはいった。
「なぁ、ハインリヒ……
まさか、一羽一羽名前つけてんのか?」
ルカは驚いた表情だ。
彼も自分の馬には名前をつけて可愛がってはいるが、それもあくまで一頭。
複数いるひよこ一羽一羽に名前をつけているとしたら、
それを記憶するのは大変だろうに、と思ったのである。
そんなルカの心情を感じてか、ヒムラーは笑顔で答える。
「名前、つけてるにはつけてますが、皆僕の部下の愛称ですよ。
だから、新しく覚え直すとか、そういうのはないんです」
そういいつつヒムラーは一羽一羽を指で示しつつ名前をあげていく。
ルカが見ても良くわからないのだが、ヒムラーには一羽一羽の特徴がわかるらしく、
きちんと判別してこの子はこういう子、この子はこういう子、と説明している。
あまり彼の部下のことを知らないルカはただ聞いているだけの形になったが、
ヒムラーの楽しそうな様子から、
彼がどれだけそのひよこたちを可愛がっているかが垣間見える。
「この子は他の子よりちょっと目付きが悪いからライニですかね」
「ライニ……あぁ、ハイドリヒか」
ルカはそう呟いて苦笑した。
それは辛うじてわかる愛称だった。
彼の同期であるアネットがなついている少年。
彼のことを"ライニ"と呼んでいる黒髪の青年のことも知っている。
「……って、お前のハイドリヒにたいする評価もちょっと見えた気がするんだけど」
目付き悪いって、とルカは突っ込みをいれるが、ヒムラーは聞いてなどいない。
相変わらず楽しそうにひよこと戯れている。
その様子を見ているのも楽しいには楽しいのだが……
ちょっとつまらなくなって、ルカは後ろからヒムラーの肩に抱きついて頭をのせた。
無論、そんなことをされようとは予想していなかったヒムラーは驚いて声をあげた。
自分に軽く抱きつく形になっているルカの方を見つつ、いった。
「うわ?!び、びっくりしました……」
「俺のことは無視か、こら」
「あ、う、すみません……」
ひとつのことに夢中になると周りが見えなくなる性格である。
ルカもそれはわかっているし、ちょっとしたからかいのつもりだったため、
ヒムラーがしゅんとするのを見ると慌てて"冗談だよ"といった。
「……にしても、可愛がってんのは良くわかった。
お前、本当に小動物好きなんだな」
ルカはそういいながら笑うと腕をほどく。
普通、召喚獣というと戦いのために呼び出すものであって、
こうして通常時に呼び出して世話をしたりはしないもの。
あげく、先刻ヒムラー自身がいった通り、
この小さな鳥たちはどう見ても非戦闘用員だ。
それに自分の部下の愛称をつけて呼び、可愛がっている。
その事から彼のひよこたちへの愛情を感じる。
ヒムラーはそんなルカの言葉に幾度か瞬きをすると微笑んで頷いた。
「可愛いですから。こういう子達見てると癒されません?」
「たしかに癒されるな……ちょっと足元いられると怖いけど」
踏みそうで、とルカはいう。
ヒムラー曰く踏まれそうなところにはいかないそうだから心配はしていないけれど。
彼ら(?)も"飼い主"に似て利口なはずだ。
と、その時。
「ん……」
「あ、ルカさんの方にもいっちゃいましたねー」
頭の上にちょんと乗る感覚にルカは小さく声をあげる。
ヒムラーに言われて自分の頭の上にも彼の召喚獣が乗っていることを知った。
くすぐってぇ、とルカが笑うとヒムラーも微笑む。
「ふふ、ルカさんにも慣れてるみたいですねー」
「最近この部屋に良く遊びにくるからな……」
元々ルカも動物が好きな性格だ。
自分の頭に乗っかっているひよこを手で下ろすと軽く撫でる。
「あったかいな」
「寒くなってきましたから余計にそう感じますよね」
この子たちも寒くなるとひとかたまりになって暖とっててかわいいんですよ、と
ヒムラーはいう。
そんな彼の笑顔を見てルカも微笑むと、軽くヒムラーの頭に手をおいた。
「キリ良くなったら食堂いこうぜ。もうちょいしたら混み始める」
「あ、そうですね」
そういってヒムラーはひよこたちの世話を再開する。
ルカはその姿を微笑みつつ見つめていた。
―― Healing ――
(小さな動物たちと戯れるお前の姿は本当に楽しそうで。
癒し系、という言葉は良く当てはまってる気がした)
(この子たちも可愛い可愛い僕の"仲間"ですから。
そういえば彼は明るく笑って"そうだな"といって)