大抵平和なディアロ城……
しかし、その日は酷い大騒ぎに巻き込まれていた。
城の敷地内に放たれた無数の竜を含む魔獣たち。
それの討伐のために全戦力が傾けられることとなったのである。
幸い、今のところ城内までの侵入は許していないが、
このままだと城のなかに入り込まれるとい恐れが高い。
城の周囲には既に大きな障壁が張られており、城の外……
基、周辺の街へ被害が出ないようにされていた。
そのなかで、騎士たちは戦う。
城を、街を、仲間を守るために。
そんな騎士たちのなかに、ヒトラーもいた。
朝方に急にはいった召集。
それで告げられたこの緊急事態である。
一部隊長として、騎士たち皆に素早く指示を出す姿はさすがで。
先刻までパートナーであるクビツェクと一緒に戦っていたが、
そちらの方に少し余裕が出てきたため、戦況を確認するべく、持ち場を離れた。
戦場を駆け抜ける、黒髪の騎士。
昇りきらない太陽が照らす射干玉の髪は美しく煌めき、
道中の仲間たちの様子を確認する瞳は鋭く、勇ましい。
そして彼は周囲を見渡し、目的の人物を探し出した。
「ルカ!」
実質的に戦闘の全体指示を請け負っているという彼の姿を見つけ、
ヒトラーは駆け寄っていった。
すぐに気づくと、ルカは振り返る。
お前か、と呟くルカにヒトラーは訊ねた。
「何が原因だとかは掴めたのか」
「いや。目的、主犯ともに不明だ。
とりあえず、細かい調査はあとから捜査系の部隊に回すとして、
今はこの状況を凌ぐべきだな……」
ルカは顔をあげ、仲間たちの様子を確認した。
いまのところ、苦戦していそうなところはあまりない。
戦闘部隊である炎豹の騎士が派手に暴れているため、草鹿の騎士は大変そうだが。
ただし、時々強い力を持った魔獣もいるため、油断は出来ない。
「あぁ。防ぎきらない事には、相談も何もあったものではないからな。
それに、人間で不穏な気配を持ったものはいまこの辺りにいない。
恐らく、魔獣だけを放って此処を離れたんだろう。
戦力不足でこの騎士団や周辺地域に大きな被害が出れば、
便りにならないと思われて、騎士団の立場が危うくなる。
恐らく相手はそれが狙いだろうから」
ヒトラーは冷静に分析して、そういった。
ルカはなるほどね、という顔をして頷く。
そして、剣を握り直すとにっと笑った。
「相手の思うようにはさせねぇけどな」
「あぁ」
勇ましく、自信を持った彼の表情に、ヒトラーも表情を緩める。
ルカはそんな彼を見ると、真剣な顔に戻って、いった。
「城の裏手の方を頼めるか。
裏手ではフィアが中心になって応戦してくれているはずだ。
もしキツそうなら、手伝ってやってくれ」
「わかった」
こくり、と頷いてヒトラーは戦闘に飛び込んでいく。
彼の強力な魔術は大きな戦力になる。
フィアが中心となって、という言葉にルカの彼に対する信頼が見てとれた。
自分がクビツェクやゲッベルス、ゲーリングたちに絶対の信頼をおいているように、
ルカも自分の身内である以前に部下としてのフィアを評価していることがわかる。
しかし、フィアはあくまでもまだ一介の騎士にすぎない。
一人で戦況を判断し、采配を下すのは相当なプレッシャーだろう。
ヒトラーに彼の応援を頼んだのは、そういう面でのサポートもしてほしかったかららしい。
ヒトラー自身もそれは理解しているようで、
他の人間と少し違う、フィアの魔力を感じる方へまっすぐに走っていった。
***
そしてたどり着いた城の裏手。
確かにそこでも戦闘が繰り広げられていた。
フィアが少し高い位置に立って、周囲を見渡している。
草鹿の騎士の配置、戦闘系騎士の配置は大丈夫そうだ。
「フィア!」
ヒトラーは彼の名を少し大きい声で呼ぶ。
フィアは驚いたように振り向いたあと……ほっとした顔をした。
「ヒトラー様……!」
やはり、少なからず重圧を感じていたのだろう。
慣れもしないのにこういった戦闘の指示というのは緊張するものだ。
「大丈夫か、問題はないか」
「えぇ、たぶん……魔獣も、どうにかいまのところ倒せています」
そうか、とヒトラーは頷く。
しかし、表で見た魔獣より少し手強そうに見えた。
裏から崩していくつもりだったのだろうか。
劣性、とまではいかないが、少々苦しい戦いを強いられているように感じる。
ヒトラーもサポートに入ろうとした……その時。
「フィア、伏せろっ!」
ヒトラーはあることに気づいて、そう叫んだ。
それと同時に、フィアの体を地面に伏せさせて、庇うように覆い被さる。
背中を掠めていく鋭いなにかに、思わず唇を噛み締めた。
大きな咆哮が響く。
ひときわ大きな竜が旋回しているのがヒトラーには見えた。
声でそれを理解したらしいフィアの表情が少しひきつる。
「すまない、フィア」
地面に押し倒す形になっていたフィアの体を素早く立ち上がらせてヒトラーはいう。
フィアは小さく頷いて……ヒトラーの背の傷に気がついた。
大きく見開かれるサファイアの瞳。
「っ!ヒトラー、様……!」
「大丈夫……少し、かすっただけだ」
痛みはあるし、出血もしているようだが、いまのところ動くのに支障はない。
ヒトラーは拳銃を抜いて、竜に向けた。
数発魔力を放つも、強固な竜の鱗がそれを弾いた。
「やはり効かないか……っ!」
彼が呟いた瞬間、竜がヒトラーとフィアの方へ炎を吐き出した。
二人が司令をこなしていることに賢い竜は気づいているのだろう。
フィアの足が竦んだのを見て、ヒトラーは素早くフィアの体を引いた。
後ろで草鹿の騎士が障壁を張って防いでくれたが、
表で戦っているアルたちほどの精度はなく、すぐに崩れてしまう。
ヒトラーがフィアの腕を引かなければ、多少被害を受けていただろう。
フィアは不甲斐なさに顔を歪めて、詫びる。
「っ、すみません、ヒトラー様」
「きにするな……
大丈夫か?辛ければ、此処は私に……」
ヒトラーはフィアに訊ねる。
竜が苦手なフィアに無理に戦わせる訳にはいかない。
しかしフィアは首を振った。
此処から離れる訳にはいかない、と。
「俺も、この騎士団の騎士です……何より、統率官の命令ですから」
―― 裏の指揮は頼んだ。
頼られたことを中途半端に放り出したくない、とフィアはいう。
ヒトラーは彼らしい勇ましさにフッと笑う。
「そうか……なら、一緒にやろう」
「えぇ……心づよいです」
フィアはこく、と頷いて竜に向き直った。
ヒトラーは少し考え込んだあと、
周囲で他の魔獣の相手をしている騎士たちにいった。
「お前たちは一旦退避してくれ!竜の相手をする以上、危険だ!」
「……なるほど。
通常魔力では戦い終えるまでに周囲に被害が出るでしょうからね」
フィアはヒトラーの意を的確に汲んで、呟いた。
ヒトラーの毅然とした態度と指示で、騎士たちは皆下がる。
見れば、竜以外の魔獣は大体片付いているらしい。
これならば楽か、とヒトラーは思った。
「フィア、お前は皆が魔術に巻き込まれないように、障壁を張っておいてくれるか?
私が竜を魔術で討つ」
ヒトラーは抑制機をひとつはずしながらそういう。
フィアに攻撃をさせるより、その方がよいと思った。
同時に攻撃すれば、互いの攻撃を弱めかねないし、
フィアに攻撃をさせると万が一反撃された時に危険すぎる。
先刻からの攻撃パターンを見るだけでもこの竜は相当強い。
敵の切り札とみて良さそうだ。
ヒトラーの背中に大きな黒い翼が開く。
やり過ぎか、とも思ったが……万全を期した方がよい。
ヒトラーは竜に手を向け、黒い魔術を放つ。
フィアは素早く障壁を張った。
彼もまた、普段身に付けているブレスレットをはずして、
ヒトラーと同等の魔力を放っている。
白と黒。
対照的な魔力。
それがぶつかって、フィアの障壁が軋む。
竜はヒトラーの魔術に当てられて、狂ったようにヒトラーの方へ突進してきた。
ヒトラーはそれを躱そうとするが……
「っ!」
先程受けた竜の爪の攻撃で負った傷が痛んで、一瞬反応が遅れた。
まずいと思ったときには既に竜は眼前に迫っていて、障壁を張ることもできない。
一瞬、死をも覚悟する。
これだけの魔力を持っていても駄目か、と……
恐怖ゆえか、反射的に目を閉じた。
―― しかし。
衝撃は襲ってこない。
代わりに聞こえたのは、甲高い竜の悲鳴。
目を開けて最初に見たのは、真っ白い翼を持つ、少年の姿。
完全な天使化ではないためか、服装はいつもの騎士服の姿。
ヒトラーは目を見開いて、彼の名を叫ぶ。
「!フィア!」
「ご無事ですか、ヒトラー様」
一瞬の間に竜とヒトラーの間にはいって障壁を張ったらしい。
彼にも怪我は無さそうで、ほっとする。
二人の魔力が相反するためにフィアは素早くヒトラーから距離をとった。
フィアの障壁にぶつかった竜は低く唸る。
「ヒトラー様、俺がサポートに入ります。
皆は表に誘導したので、障壁はもう必要ありませんし」
"一緒に戦わせてください"とフィアはい
う。
勇ましい横顔。
鋭い眼光。
ヒトラーはそれをみて頷く。
この少年は守られるだけの存在ではない、と。
―― 天使と悪魔は二人で竜を見据える。
白い翼と黒い翼の二人に睨まれて、竜は少し怯んだような顔をした。
フィアの白い羽が舞う。
ヒトラーの黒い羽が舞う。
竜に向かってつき出された腕。
二人の魔力が同時放たれて、竜が悲鳴をあげて地に落ちた。
「はぁ……っ」
ヒトラーはくらり、と視界が歪むのを感じて、その場に座り込んだ。
フィアは慌てて彼に駆け寄ろうとするも、彼の足元も覚束ない。
「大丈夫か、フィア」
「ヒトラー様こそ、大丈夫ですか?」
「大丈夫だ……少し、休めば」
ヒトラーはそういって苦笑する。
特殊魔力の使用は体力を使う。
二人とも、今の戦いで大分体力を消耗したようだった。
「建物……崩れてるようなら、修復……」
ヒトラーはぽつぽつとそう呟くが、すでに体力は限界らしく、うつらうつらしている。
フィアはそんな彼を見て小さく笑うと"大丈夫ですよ"と返した。
安心したように目を閉じるヒトラーを見て、自分も通信機を引っ張り出すも……
フィアもそのまま眠ってしまった。
白黒の羽が舞う。
飛び散った竜の血と泥の上に散る二つは酷く美しいものだった。
―― Black and White wing ――
(相反する魔力 相反する色の翼)
(仲間を守りたいという思いで戦う以上 天使も悪魔も変わらない)