一歩、踏み出そうとしたとき――。
目の前に鋭い切っ先が閃いた。
「動くな、娘」
小さな白い顎の下で交差する刃。
頭の上から降ってくる声が、いつきを羽交い絞めにする。
「元春」
先ほどから微動だにしない毛利元就が、何も変わらぬ声で言葉を発した。
「その小娘を奥州へ送り返せ」
「他の者は?」
「斬れ」
いつきの頭が、しびれた。
「ま、待ってけれ…」
目の前が真っ白になった。
「助けてやってけろ!おらは死んでもいい、何でもするから…!村のみんなは助けて――」

「下衆が。疾く失せよ」


蓑がものすごい力でつかまれたかと思うと、小柄ないつきの体はぬかるみを引きずられていった。
「待ってけろ!やめてけれ、助けてやってけれ!お願えだから!」
「無駄だ」
顔の見えない、自分を引きずる侍は言った。
「みんな死んだ」
びくり、と動きを止めた少女を、元春は自分の前に引き据えた。
緑のお侍に似ている、と、しびれた頭の片隅で、いつきは思った。
「帰れ。そして、二度と戦うな」
軽く、突き放すように肩を押された。
よろけたが、転びはしなかった。
本当に、突き放すような動作だった。
「戦に出るなら殺す、戦に出れば死なせる。それが戦だ。できんのなら、二度と、戦場へは戻るな」
それだけ言うと、彼は去っていった。