2013-9-11 10:08
過去拍手お礼文です。
なびき視点で姉妹の過去を捏造しております。
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あの日のblue〜
蝶と言えば春なのだろけど、実際は初夏の方がよく飛ぶのだ。
特にジメジメしてくる6月始めには、近所の蜜柑の葉にびっしりと卵が付いているのをよく見かけた。
虫なんて興味ない私は、暑さも手伝ってこの時期は家の中で遊びたかったのに、一つ下の少年のような妹にせがまれて、よく虫取に行ったものだ。
虫が得意なわけでもないのに、空を飛ぶ蝶を見ると、妹はすぐ網を取りに走る。
白に黄色、ヒラヒラと舞う蝶達を追い掛けて、妹は夢中で網を振った。
格闘家である父の血を色濃く継いだ妹は、私や姉よりもずば抜けて運動が出来た。
それは同年代の男の子達など、足元にも及ばないほどに。
なのに、彼女の振る網にはなかなか蝶は捕まってくれないのだ。
逆に私は嬉しくもないが、これが案外得意だった。
こんなことを言うと誰かさんみたいで嫌だけれど、妹はがさつでどこか抜けたところもあり、加えて不器用で慎重さにも欠けていた。
だからなのだろう。
私より早く走れるのに、私よりも高く飛べるのに、蝶達は妹をからかうようにその網をすり抜けて行った。
その度に決まって、妹は泣きそうな顔になった。
そうなると私は、乗り気ではないのについ彼女から虫取り網を取り上げてしまうのだ。
「かして、捕ってあげる。」
そう言うと、妹は日に焼けた顔で天使のように笑った。
「どれがいいの?紋白蝶?揚羽?」
「うーんと……あ、あれ!お姉ちゃん、あの青いの!」
あぁ、あれか……。
アオスジアゲハだ。
「ごめん、あかね。あれは速すぎて、捕まえられないわ。」
私と妹の遥か頭上を踊るように飛ぶ青と黒の蝶。
日の光を浴びてキラキラ光る青は、白や黄色のよりずっと速くて、いつも追い掛けるだけで精一杯なのだった。
「こないだ、お父さんにも頼んだんだけど、ダメだったの…。」
「そっか。じゃあ……あたしがもっと大きくなったら、捕ってあげるわ。」
「本当に?お姉ちゃんっ。」
「えぇ、いつかね。大きくなったらよ。だから、今は見てるだけでいい?」
「うんっ。」
こんな自分になんの得にもならない約束なんて、私の性には合わないし、今なら絶対にしない。
けどあの頃は、少し寂しそうに青い蝶を見上げる顔を見たくなかったのだ。
結局、あの蝶は一度も捕まえられないまま、私達は虫取りなんてする年ではなくなったけれど。
あんなたわいない約束を、まだ妹が覚えているとは思わないけど。
半袖の季節に向かう空にあの蝶を見ると、ふと思ってしまう私がいる。
あの頃の私が、妹くらい早く走れたなら…。
高く飛べたなら、もしかしたら……。
「一度くらい捕まえたかったな……。」
「ん?何か言った?お姉ちゃん。」
「いいえ、独り言よ。」
「見てっ、アオスジアゲハ!二匹いるわっ。」
梅雨前の心地良い日差しと風の中、青い蝶が二匹、戯れるように飛んでいた。
「ねぇ、あかね。あれ、捕まえて欲しい?」
「えっ?」
「やっぱ…うそ。」
「なによそれ。でも…………もう、見てるだけでいいよ。」
そう言って、妹はあの頃と同じ短い髪を揺らして、天使のように笑ったのだ。
もう、日に焼けていない顔で。
「そうね、あははっ――――――!?」
笑い合う私達の顔に一瞬落ちた影。
えっ……?
「なんだ、蝶か。」
驚いて顔を向けると、あの頃はいなかった少年が、何かを掴んで着地するところだった。
その手の中には、キラキラと舞う二匹の青。
「石でも飛んできたかと思った。」
「あんたね、どう見たら石と蝶を間違うのよー。」
「うるせー。急に視界に入ったから、思わず身体が反応したんでぃっ。」
「あ、待って逃がさないでっ。」
「あん?」
「ちょっとだけ、見せて。」
彼に駆け寄って、その手の中を覗き込む妹の瞳は、あの頃のように輝いている。
「お姉ちゃんも見て!すっごく綺麗だよ!」
妹はもう少年には見えない。
彼女の笑顔に顔を赤らめる許嫁の横で、私に向かって手招きをする。
私は青い蝶に見惚れる振りをしながら、感じた寂しさを初夏の風に逃がしたのだった。