夜だと言うのに月明かりと街の明かりで薄暗い路地裏。
そこをレジ袋を片手に歩く。
レジ袋の中には明日店で新しく出す予定のメニューの材料が入っている。
店の常連にアドバイスを貰った新メニュー。
果たして客にウケるだろうか、と思いを巡らせていると……ふと、壁を背にして力無く座り込んでいる少年を見付けた。
こんな時間に子供が出歩くなんてどうしたのかと、少年に歩み寄り声を掛けようとした時…
思わず息を飲み、伸ばしかけた手が止まった。
近付いた事ではっきりと見えたその少年の姿は、高価な物であっただろう衣服はボロボロで血と土で薄汚れていて、所々引き裂かれたような破れ方をしていた。
ベストのボタンは全て引きちぎれたように糸だけを残し、役目を果たしていない。
少年の顔は殴られた後と口が切れているのか口元には血が滲み、破れはだけた服から僅かに覗く肌には所々に赤い痕。
それに気付いた瞬間、全身の血が引いていくような感覚に襲われた。
「ちょっ…ちょっとあなた!!どうしたの大丈夫!?何があったの!?」
「………………」
レジ袋を地面に置いて肩を揺さぶる。が、少年は反応を示さない。
ただ俯いて、光を失った絶望の色を宿す瞳で虚空を見つめていた。
「一体誰がこんな酷い事をっ…!!許せない…!!とにかく手当が必要だわ。安全を確保する為にも警察に行きましょう!あなたの名前を教えて!」
「…―――……」
「え?」
少年が何か呟いた。耳を澄まし、聞き取る。
「名前は…失くした……家も家族も全部……『お前は死んだ事にする。外道に屈服した一族の恥だ』って……」
「…っ!!」
「でも仕方なかったんだ…じゃないとルチアが…妹が危なかったんだ……父さんと母さんは守れなかったけど妹を守れたから後悔なんかしてない…妹が生きてさえくれれば…俺は……」
まるで自分に言い聞かせるように、掠れた声で喋り出す少年。
その体は微かに振るえていて、どれだけの恐怖と精神的ショックを受けたかがわかる。
右手に握られたナイフは、きっとせめてもの餞別にと護身用に渡されたモノなのだろう。
少年の小さな手が、ナイフを握る強いで力白くなっていた。
その全てで、彼に何があったか察してしまった。
こんな小さな子供に、なんて酷い事を……。
胸が締め付けられるような感覚がした。
堪らず、その小さな体を抱きしめた。
少年の体が一度大きく跳ねたが、抵抗する力も残っていないのか、じっとしていた。
「…もう大丈夫よ。アタシが来たからね。アタシがあなたを守ってあげるわ」
「………………」
「あなたの居場所もアタシが見付けてあげる。自分の身を守る術も教えてあげる。それと…」
ぎゅっと、少年を抱きしめる腕に力を込めた。
「私があなたに新しい名前もあげる。元の場所に帰れないなら、生まれ変わって新しい場所で生きればいいのよ」
「生まれ…変わる……?」
「そうよ。アタシも少し違うけど似たような境遇だから気持ちわかるもの」
少年から体を離し、笑顔でその紫の髪を撫でる。
「大丈夫よ。アタシはあなたの味方。こんなナリをしてるけど警察からも一目置かれてるのよ?信頼出来る刑事さんがいるから警察に行きましょう」
「けい…さつ……?」
「怖がらなくても大丈夫よ。あなたに危害加えたりしないわ。ただ犯人の情報を集めなきゃいけないから…辛いだろうけど…それだけは、協力してね」
少年は出来事を思い出したのか怯えた表情で体をガタガタと震わせた。
けど、確かにしっかりと頷いた。
「じゃあ決まりね。歩ける?」
「…うん。大丈夫。……ねぇ」
「ん、なぁに?」
「お兄さんの名前は?」
「まっ!アタシは『お姉さん』よ!失礼しちゃうわ!確かに男として生まれたけどアタシは列記とした乙女よ!心は永遠に乙女なのよ!」
アタシのおどけた言葉に少年は初めて笑った。
ぎこちなくだけど、確かに笑った。
「じゃあ…お姉さんの名前は?」
「桃瀬よ。この街で昼はカフェ、夜はバーを開きながら用心棒の仕事もしてるわ」
「用心棒…?じゃあ強いんですか…?」
「まぁそれなりにね」
アタシが答えた途端、少年がアタシの前に出て真剣な目で見上げてきた。
さっきまでとは違う、生気のある瞳で。
「桃瀬さん…俺を弟子にしてください!!」
「えぇ!?いきなり何言ってっ…」
「俺、強くなりたいんです!!妹を守りたいのに、今の俺じゃ弱すぎる…自分の身すら……もう守れないのは嫌なんだ!!もう大切なモノを失いたくない」
少年の瞳は、強い決意の色があった。
それを見て、アタシは断る事なんて出来なくなった。
「――わかったわ。でもその前に警察に何があったかを言って、怪我の治療をしてからよ?あとナイフは仕舞いなさいね」
「はい!!」
「うん良い返事ね『ギル』!」
「…?ギル……?」
「あなたの新しい名前よ?気に入らないかしら…」
「いえそんな…!!ありがとうございます!!…俺に生まれ変わる力をくれて…ありがとう…!!」
そう言って涙を流しながら、少年…『ギル』は嬉しそうに笑った。
アタシは『母親』にはなってあげられないかもしれないけれど、アタシが持ち得る全ての力を彼に教えようと誓った。
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実はこのオカマさんこと桃瀬がギルが用心棒を始めたきっかけでしたとさ
新しい名前や居場所をくれた桃瀬に感謝してるけど、どうしても素直になれないギル様(笑)
それを面白がって悪ふざけで前記事みたいな事するのが桃瀬さんでございます(真顔)←
*おまけ*
ギル「…何ジロジロ見てんだよ桃瀬」
桃瀬「ギルちゃんったら小さい頃はあんなに素直で可愛かったのに……いつからこんな俺様何様ギル様になっちゃったのかしらねぇ…」
ギル「悪かったな」
桃瀬「いやでもそれもまた刺激的で乙女心を擽るっていうかぁ〜♪イケメンだしぃ〜♪」
ギル「俺はオカマに興味はねぇぞ」
桃瀬「酷い!!こんな可愛い乙女捕まえて!!」
ギル「あーあーうっせぇうっせぇ。…店の手伝い終わったから俺もう行くからな」
桃瀬「あらありがとう♪あの可愛い恋人の所行くの?」
ギル「ああ。じゃあな」
桃瀬「お疲れ様〜♪」
ギル「……桃瀬」
桃瀬「うん?」
ギル「厄介事とかなんかあったらすぐ呼べ。すぐに来てやるから。わかったな」
桃瀬「……はいはい。ほら可愛い恋人を待たせちゃ可哀相よ?早く行ってあげなさい。恋人ちゃんによろしくね」
ギル「ああ。…また明日な」
バタン
桃瀬「…ふぅ……本当、ああいう優しい所だけは変わらないわねぇ、口悪くなって俺様になっても。…『母孝行』のつもりかしらね」
――そう呟いた桃瀬の小さな笑いを含んだ嬉しそうな独り言は、開店前の静かな店内に吸い込まれて消えた。