息が切れて、身体中濡らして、どの位長い間水と戯れていただろうか。
いつの間にかバーベキューのセットを組み立てていた友人に呼ばれ、薪と鈴木が河原に上がった時にはもう太陽は傾きかけていた。
身体を心地良い倦怠感が襲う。
鈴木は薪が風邪を引かぬ様、頭からバスタオルをかけた。
「服…乾くかな」
「火の近くに寄っていれば乾くさ」
沢山持ってきた筈の肉や野菜達は、男達の旺盛な食欲にあっというまに姿を消し、皆日が暮れるまで他愛ない雑談に花を咲かせた。
車で友人宅に帰ってくる頃にはすっかり日も沈んで、辺りは都会では味わえない静寂に包まれていた。
地方のテレビ番組が珍しいと、友人達が居間ではしゃぐ中、薪はそっと抜け出して縁側に向かった。
縁側から足を投げ出し、広い庭園を眺める。
風が薪の頬を優しく撫でると、不思議と肩の力が抜けて、日中動き回った疲れから薪は静かに目を閉じた。
緑の匂いと、虫の声が、やさしく眠りに誘う。
「…き、薪」
「…ん」
優しい声に、ゆっくりと瞼を開くと、すぐ近くに見慣れた顔があった。
「…!!っ鈴木」
いつの間にか薪は鈴木の肩にもたれてうたた寝をしていた。
慌てて身を離そうとした薪の肩を、鈴木は強く引き寄せる。
「鈴…」
「もう少し」
もう少しこのままで。
「……っ」
予想外の鈴木の行動に薪は言葉を失い、ただただ、どきどきと煩い自分の心臓の音を聞いていた。
肩に回された鈴木の手も、心なしか緊張したように微かに震えている。
「薪、疲れた?」
「……いや別に」
酷くぎこちなくなってしまう。
会話どころではない。このシチュエーションはおかしい筈だ。
いや、それよりもおかしいのは。
男友達に肩を引き寄せられただけで、こんなに胸が苦しくなっている、自分か。
薪は瞳を伏せたまま、身動きがとれなくなっていた。
鈴木は今どんな顔をしているのだろうか。
見る事が出来ない。
「……薪、身体ちょっと熱いな」
「あ、ああ、少し、日に当たりすぎたかな」
鈴木は名残惜しそうに肩から手を離し、縁側に置いてあった木の桶に水を溜めると、薪の足元に置いた。
「足、冷やせよ。結構楽になる」
「…ありがとう」
「結構日に焼けた?」
「ちょっとな。鼻の頭がひりひりする」
普段日に当たらないから。
「どこ?」
苦笑する薪の顔を、鈴木は長い指でそっと持ち上げた。
逸していた視線がぶつかる。
鈴木の顔が、あまりにもその目が吐息が、近くにあって。
「……っ」
薪は柄にもなく動揺して、きつく目を閉じてしまう。
感情をぶつけるような、荒々しい体温を感じた。
何が起きたのか、すぐには判らなかった。
(キス…だよな)
混乱する思考の中で、夢中で彼の口づけを受け止める。
引き離せなかった。
(僕は…こうなる事を望んでいた?)
鈴木と、こんな風に。
「俺は、謝らないから」
長いキスの後、鈴木は薪の瞳をしっかりと見つめてそう言った。
「お前、暑さで、ちょっとおかしくなってるんだ」
そう僕も、きっと。
今度は薪が、鈴木の口唇を奪う。
この感情に名前を付けたく無かった。
言葉にしたく無かった。
ただ、触れ合う温度だけでこの気持ちが全て伝わればいいのに。
足を浸していた水が温くなるまで、長い長いキスをした。
二人の吐息は、初夏の夜風に溶けた。
これからもっとあつくなって、眩しい太陽の光が僕達を照らすだろう。
もう少しだけこのままで。
闇夜が隠してくれている間だけでいい。
確かめさせて、刻ませて、この想いを。
触れた口唇の熱さを記憶に焼き付ける。
遠くから近付いてくる夏の足音を聞きながら。
(終)