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夏の足音(2)

息が切れて、身体中濡らして、どの位長い間水と戯れていただろうか。
いつの間にかバーベキューのセットを組み立てていた友人に呼ばれ、薪と鈴木が河原に上がった時にはもう太陽は傾きかけていた。

身体を心地良い倦怠感が襲う。
鈴木は薪が風邪を引かぬ様、頭からバスタオルをかけた。

「服…乾くかな」
「火の近くに寄っていれば乾くさ」

沢山持ってきた筈の肉や野菜達は、男達の旺盛な食欲にあっというまに姿を消し、皆日が暮れるまで他愛ない雑談に花を咲かせた。

車で友人宅に帰ってくる頃にはすっかり日も沈んで、辺りは都会では味わえない静寂に包まれていた。

地方のテレビ番組が珍しいと、友人達が居間ではしゃぐ中、薪はそっと抜け出して縁側に向かった。

縁側から足を投げ出し、広い庭園を眺める。
風が薪の頬を優しく撫でると、不思議と肩の力が抜けて、日中動き回った疲れから薪は静かに目を閉じた。


緑の匂いと、虫の声が、やさしく眠りに誘う。
「…き、薪」
「…ん」

優しい声に、ゆっくりと瞼を開くと、すぐ近くに見慣れた顔があった。

「…!!っ鈴木」

いつの間にか薪は鈴木の肩にもたれてうたた寝をしていた。
慌てて身を離そうとした薪の肩を、鈴木は強く引き寄せる。

「鈴…」
「もう少し」

もう少しこのままで。
「……っ」

予想外の鈴木の行動に薪は言葉を失い、ただただ、どきどきと煩い自分の心臓の音を聞いていた。
肩に回された鈴木の手も、心なしか緊張したように微かに震えている。

「薪、疲れた?」
「……いや別に」

酷くぎこちなくなってしまう。
会話どころではない。このシチュエーションはおかしい筈だ。
いや、それよりもおかしいのは。
男友達に肩を引き寄せられただけで、こんなに胸が苦しくなっている、自分か。
薪は瞳を伏せたまま、身動きがとれなくなっていた。
鈴木は今どんな顔をしているのだろうか。
見る事が出来ない。


「……薪、身体ちょっと熱いな」
「あ、ああ、少し、日に当たりすぎたかな」

鈴木は名残惜しそうに肩から手を離し、縁側に置いてあった木の桶に水を溜めると、薪の足元に置いた。

「足、冷やせよ。結構楽になる」

「…ありがとう」

「結構日に焼けた?」
「ちょっとな。鼻の頭がひりひりする」
普段日に当たらないから。
「どこ?」
苦笑する薪の顔を、鈴木は長い指でそっと持ち上げた。
逸していた視線がぶつかる。

鈴木の顔が、あまりにもその目が吐息が、近くにあって。

「……っ」
薪は柄にもなく動揺して、きつく目を閉じてしまう。

感情をぶつけるような、荒々しい体温を感じた。
何が起きたのか、すぐには判らなかった。

(キス…だよな)

混乱する思考の中で、夢中で彼の口づけを受け止める。
引き離せなかった。

(僕は…こうなる事を望んでいた?)

鈴木と、こんな風に。


「俺は、謝らないから」

長いキスの後、鈴木は薪の瞳をしっかりと見つめてそう言った。


「お前、暑さで、ちょっとおかしくなってるんだ」

そう僕も、きっと。

今度は薪が、鈴木の口唇を奪う。

この感情に名前を付けたく無かった。
言葉にしたく無かった。
ただ、触れ合う温度だけでこの気持ちが全て伝わればいいのに。


足を浸していた水が温くなるまで、長い長いキスをした。

二人の吐息は、初夏の夜風に溶けた。

これからもっとあつくなって、眩しい太陽の光が僕達を照らすだろう。




もう少しだけこのままで。

闇夜が隠してくれている間だけでいい。
確かめさせて、刻ませて、この想いを。

触れた口唇の熱さを記憶に焼き付ける。


遠くから近付いてくる夏の足音を聞きながら。


(終)
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