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そんなこんなで

両側から燃える花火みたいだった締切と仕事ですが、どうにか入稿できました。
こんな感じです。

INVISIBLE RED/RED

RED

赤色の夕日が、地平を燃やしていた。
その赤い輝きに、頭の血管を抑えられるような不快感を覚える。炎に似たその色は、圧迫感を持っていた。
離れた場所に係留したアパッチは正面から西日を受け、濃い陰影の中でコックピットガラスだけが金色に輝いている。
関東平野を染める夕映えの中で佇むアパッチは、沈黙したまま飛ぶときを待っている。機体が炎に包まれているようで、佐久は目を逸らした。
こんなときでも、不思議と食事は残さないのは軍人の習性なのだろうかと佐久は思う。
ビニールをかけ、直接汚れないようにした飯盒に、こんもりとよそったカレーライス。特別な米を使っているわけでもなく、本格インド風のスパイシーな味のわけでもない。
それでも、極々普通のカレーライスというだけで、軍人はにわかに色めく。
食欲をそそる独特の香りが鼻腔をくすぐる。斜めに差す金色の日差しに、ルウに浮く微細な油が輝いた。
ほっくりと煮えたジャガイモや人参、うま味を含んだ豚肉、程ほどに辛いルウが食欲を誘う。スプーンを握って、佐久はそれらを掻き込んだ。
草地に転々と集まる整備員達に混じり、佐久は地べたに座り込んで夕食を摂っていた。
朝に刈り払った草は日中の陽光ですっかり水分が抜け、粉になった泥が舞うとそれが西日に染まる。
泥スパイスのカレーを口に運ぶと、身体に血が巡っていく。
クーラーボックスに腰かけた彦根が美味そうに福神漬けを齧る。
風の止んだ夕方、湖から漂う湿気がカレーの香りと混じる。隣で胡坐をかいて、割り箸でカレーを掬う誓はいつもの無表情だった。
食事を続けながら時折談笑する整備員達は、ヘルメットや帽子を脱いでくつろいでいる。
軍の中でも抜群に高い機密度を持つ部隊だとは到底思えない風景だった。機密部隊といえども、カレーの前ではひとえに無垢な新兵に同じである。
「今日のカレー、うめぇな」
彦根が呟く。佐久はそうですね、と相槌を返した。
カレーを食べる彦根の口許に、米が付いていた。
その呑気な表情には、少しの翳りもなかった。そのことが不自然で、佐久は疑念を抱く。
10キロも離れていない場所に寝そべる、優美な山がここからは望めた。なだらかな稜線は整い、西日に映える。
霊峰として名高いその筑波山は、多くの航空機が低空訓練を行う場所でもある。
当時、AH―1Z、スーパーコブラの操縦士であった彦根は、その場所で、事故に遭った。
重傷を負った彦根は身体の自由を失い、そして危険度の高いサイボーグ化手術を受けることを選んだ。
事故に遭ったものの中には、二度と復職することのない者もいる。佐久は、過去の墜落事故の記憶と未だ闘い続けていた。
彦根は、この場所でも平然としているように見える。何故か、数日前に彦根の話を聞いた佐久のほうが悪夢に悩まされるようになっていた。
目覚めたときには夢の内容を忘れていて、ただ、赤い色の印象と疲労感だけが残っていた。
夢が、彦根の話をきっかけに始まったことなら、なぜ赤いのだろう。彦根の事故は炎上を伴っていない。
当時、輸送機が付近で低空の訓練飛行を行っていた。その航跡に発生した乱気流に巻き込まれ、彦根の機体は揚力を失い、滑り込むように山肌と接触した。
機体は山肌にめり込み、押しつぶされた彦根の四肢は再生することはなかった。後席に座っていた機長も深手を負い、人工の肉体を拒否した彼は義手義足での生活を選んだ。
事故を乗り越える。
たった一言のそれを実現するのに、どれほどの痛みと時間を伴うか。彦根はそれを実現するまでに、何を見たのか。
気が付けば、カレーの味も忘れていた。我に返って視線を戻した佐久の前には、見慣れた空軍軍曹がいる。
いつの間にか、谷川軍曹、――誓が向かいで黙々とカレーを食べていた。いまはこの実験飛行隊に出向し、レーダー情報の提供を主に、佐久の飛行を支援している。
サイボーグとしての性能は優れ、腕は確かだといえるが、何しろ無愛想な女だった。
あどけなささえ残す顔立ちは滅多に笑わず、黒目がちな瞳はいつも注意深い。結わえた髪の毛は黒く、その印象が更に幼さを強調した。
ふと彼女を見ると、食事に集中する誓の胸元には米粒が付いており、人並み外れて突き出した胸を飾っていた。
指摘しようかしまいか迷い、佐久は言葉を食事と一緒に飲み込む。「蠍座(スコーピオ)」という無線上の呼び名通り、誓は厄介な存在だった。
ふとこちらを向いた誓と、目が合う。何か言いたげな表情の誓は、ややあって口を開いた。
「美味しいですね」
欠片もそう感じていないような顔だった。誓の食事は楽しむというより、命を繋ぐためのものに見えた。
金色の西日が差し込んだ誓の瞳は、肉食獣の目のように光っていた。思わず、「割り箸まで食うなよ」と言った佐久に、誓は「了解(ウィルコー)」と返した。

 


戦闘機のように尖った機首からは、左右と直上まで開豁した視界が得られた。
遠くに横たわる街の灯が、コックピット一面に拡がる。白っぽく夜の裾を染めた街と、その周囲にポツポツと散らばった住宅地の光。唯一真っ黒に沈んでいるのは、足元に広がった訓練場だ。
液晶画面とボタンが並ぶコックピットを、僅かな月光が照らした。
対地高度200フィート(60メートル)から見下ろした世界は、遠く地平の果てまで望むことができる。
花が咲くように、遠くで赤や青、金の花火が小さく光っては砕ける。遠い東京湾で打ち上げられた花火から、西側に目を転じれば東京スカイツリーが聳えていた。
見上げれば、付近の空港へ着陸する旅客機が降下しながら通過していく。
双発のエンジンのうなりと、頭上を切るブレードの音が機体を包み、夜の闇を粟立てていた。
右目に装着したスコープからは、機首のカメラの映像が入ってくる。肉眼では闇に沈んで見えない地上の施設も、暗視の緑色の視界では仔細まで見ることができた。
肉眼の視界と別に、更に脳裏に映像が浮かぶ。3Dの空間情報は地上のレーダーから送信されている情報だった。いまは、空間上に佐久の自己位置情報だけが表示されている。
地上で支援する誓から送られてくるデータは、二つのレーダーの情報を合成し立体化したものだった。
身体と共に強化された脳は、佐久に新しい視界を与えていた。二つの画面を同時に表示するように、佐久は複数の情報を処理できる。
「レーダー・インフォメーション・レシーヴド」(レーダー情報受信した)
口元のマイクに吹き込むと、地上の無線局からの応答が返ってくる。
「ラジャー、ウィル・アドバイズ・インフォメーション」(了解、情報を助言します)
聞き慣れた、誓の声。
なぜだか、彼女の柔軟剤の甘い香りが一瞬闇夜に過ぎった気がした。その幻を振り払い、夜の中に、操縦桿越しに神経を張り巡らせる。
脳内の視野では、半透明の地形と、地上のレーダーが捉えた佐久機のシルエットが、どこから来るか分からないステルスの無人機を待ち構えている。
握った操縦桿を前に倒すと、ブレードの回転面が水平から前に傾き、機体は滑り出した。
絵筆のように機首を下げたアパッチのコックピットいっぱいに、目前の闇が広がる。肉眼では暗闇に沈んで見えない地面を、緑色で表示された3Dの地形が補う。
どこからか迫ってきているはずのステルス機を、佐久は這うように探し始めた。吹き降ろした空気が地面から跳ね返り、機体を安定させる。
「レーダー・ターゲット・ノット・オブザーブド(レーダー目標確認されず)」
注意深くレーダーの覆域内を探りながら、誓が告げた。
レーダーは全ての空間を覆うことはできない。いかにバイスタティック・レーダーと言えど、死角は発生する。
対空レーダーは電波の発射を空中に向けているため、低高度は死角になりやすい。佐久はその死角を、地面を撫でるように探っていた。
唇で、息をしていた。吐息混じりの沈黙が、たった一人の空間を満たす。コンソールの前で中空を睨む誓の、緊張感が伝わってくる。
アパッチのシャフトの頭頂部に備え付けられた、ロングボウ・レーダーが僅かなステルスの痕跡を探す。
地上の百を越す標的を同時に捉える性能のそれは極めて高い感度と機能を持っていた。
塗料やその構造で、極限までレーダーに映りづらくなっているステルス機でも、完全に痕跡がないわけではない。
叢からガラスの破片を探すように、注意深く小さなノイズを探す。佐久は地表を舐めながら、ロングボウ・レーダーの死角となる後方をカバーするために機体を翻した。
そしてその瞬間、針のようなレーダー反応が斜め後ろ、覆域の外縁で一瞬だけ光った。アパッチのレーダー情報を受信している誓と、佐久は同時に息を詰める。一瞬、操縦桿を握る力が強まった。反射的にペダルを踏み込み、機体を斜めに滑らせて佐久はその方向へと鼻先を向けようとした。
神経が帯電する。佐久の斜め後ろにつこうとしていたその機体が、暗視で増幅された視界を一瞬掠めた。
バイスタティック・レーダーをかい潜るため、それは地表を匍匐飛行していたのだろう。
小柄でスリム、滑らかに角張ったフォルムは、間違いなくヘリの形をしていた。しかしそれは、アパッチでもコブラでもなかった。
重力に引きずられて、機体は内側に傾く。コックピットの外側を、下降気流に渦巻く夏草が高速で飛び去っていく。見据えた正面に、横倒しになった街の夜景が飛び込んできた。
佐久は肺腑から、短く息を吐いた。握った操縦桿を思い描くコースに合わせて動かす。生温い夜を、アパッチの尾翼が抉った。旋回を抜け、そのまま操縦桿を引く。鋭いターンを描いた機体は、発生した運動エネルギーを上昇へと変換し始めた。
「どっから持ってきやがった!」
上方へ避難しながら、佐久は叫ぶ。内臓が収縮し、一気に毛穴が開いていた。
あれは、レーダー試験用のステルス的などという呑気なものではなかった。実用化しなかったステルス攻撃ヘリコプター、RAH―66、「コマンチ」。開発が中止されたその機体が、まさか無人機として存在しているとは。
武装類を可動式にして機内に収納し、レーダーに映る面積を極限している。その姿かたちは戦闘ヘリとして異様だった。
窓も座席もないその機体から、操縦する人間の殺気が放たれる。アパッチの尾翼を追って動くその機動は、ただの無人機操縦士のものではなかった。
「バンディット・コンファームド!」(敵機を確認)
誓の言葉は、少し語尾上がりになった。
やや高度を増したコマンチは、レーダーの死角から抜けた。同時に、見えないはずのステルス機がバイスタティック・レーダーによって浮かび上がる。
背後まで広がった仮想の視野に、誓が赤色の三角形でマークしたコマンチが飛んでいる。旋回したアパッチを追随し、背後を追っていた。
逃げ場のない平地では、機体の性能と互いの技量が生死を分かつ。
背後に入ろうとするコマンチの射線から逃れるため、上昇しながら左へ機体を振った。二機の戦闘ヘリコプターは、糸が縺れ合うような軌跡を月下に描き始めた。
ジグザグに機体を振るたび、8トンを越す機体が遠心力に振り回される。
頭の中心は冷えたように静かだった。機体の未来位置と、敵の機動と、地形だけが頭の中で自動的に処理されていく。
重力と操縦に流れていく機体の動きに、身体を固定するハーネスと、救命胴衣が擦れて音を立てた。
急速に酸素を消費する脳に血液を送るため、呼吸がやや速くなる。放出されたアドレナリンが収縮した血管へと広がり、交感神経は身体を闘争に切り替える。
操縦桿を握ったふたつの掌はやや汗ばみ、ヘルメットのバイザーに映る瞳孔は開いていた。
背後を取る。
それだけを考える。食らいついてくるコマンチの位置は、眼球の裏側であってもはっきりと確認できた。
夜空に突き刺さっていく機体の機首を、急激に引き上げる。同時に左手のコレクティブ・ピッチ・レバーを引き、機体を増速させる。
機体は戦闘機のように機首を天に突き刺し、佐久の正面に十六夜の月が飛び込んでくる。
地上と垂直になった機体が、重力を引きちぎった。
一瞬、息が止まる。アパッチは鯨のように翻った。背を地面に向けたアパッチを、今度は急激な降下の重力が襲う。
時間が、コマ送りに流れていく。頭の上に、草地の天井があった。引き続けた操縦桿に従い、機体はループを描いた。
高速で地表が迫ってくる。重力の反転で内臓が上側に押し付けられ、気持ちの悪い感覚がはらわたを襲った。
高度を示す数字が急激に減っていく。落下していくような体感が神経を突き抜ける。再びピッチを引き、揚力を上げる。
高速で機動していたコマンチは、アパッチを追い抜いていた。その背を睨む。
アパッチの鼻先は、湖の表面を掠めた。ブレードから発生する下降気流が、湖に波濤を作る。
飛沫がコックピットのガラスに飛んだ。肉眼で捉えたコマンチは、ループで減速したアパッチを引き剥がそうと加速する。急旋回で凌ごうとするコマンチに、佐久は牙を剥く。
湖水を掠めたアパッチは再び上昇姿勢に入った。
跳ね上がり、折れ曲がった旋回をしたアパッチは、夜陰を叩くような衝撃波を引き連れてコマンチを狙った。
旋回と旋回の軌跡が重なる。飛び込んでいくアパッチの運動エネルギーは速度へと変わった。
食いしばった歯にも気付かず、佐久はその一点へと突っ込んでいく。滑り落ちるようなアパッチの機体が、今度こそコマンチの背後に迫った。実弾を積んでいない機関銃の射撃ボタンを佐久は押し、確かに仮想の30ミリ弾頭を叩き込んだ。
見えない敵を、獲った。
その冷静な確信が、指先に伝わる。目先に迫ったコマンチの機体から、減速して間隔を取る。
コマンチは、惰性で速度を殺していた。二機の戦闘ヘリが縺れ合った湖面には、血痕のように航跡が残っている。波に千切れた湖の月が、揺れた。
それが見えてから、ようやく佐久はゆっくりと息を吐いた。
ざっと計器に視線を走らせる。あれほどの激しい機動でも、異常はない。それを確認すると、佐久は口許のマイクに声を吹き込んだ。
「オペレーション・ノーマル」(異常なし)
「ラジャ」
間髪いれずに、誓の声が返ってくる。その声は、どこか誇らしげだった。

その無人機操縦士が、漣(さざなみ)という少佐だということを知ったのはフライト後の機体の点検が終わった後だった。
上空に飛ばしていた別の小型無人機で監視を行っていた彦根は、事前にコマンチが仕掛けることを知っていたらしい。
施設のはずれで、闇夜に続いていく叢に立ちながら、彦根は黒く陰になって地平に横たわる筑波山を見ていた。
回天する夏の星座が、今は音の消え去った訓練場を覆う。
そして、佐久に問いかけるように彦根は呟いた。
「漣少佐は、義手義足の無人機操縦士だ。でも、彼に並ぶ無人機操縦士はそういないよ」
「・・・義手義足?」
その言葉を、佐久は聞き返した。汗に濡れた迷彩服を夜風が撫でる。腰に手を当てて立った彦根は、どこか胸を張っているようだった。
「事故に遭ったときの、俺のコブラの機長だった人さ。この場所で、漣少佐のフライトを見ることができて良かったよ」
彦根は、そう言うと白い歯を見せて笑った。
事故から這い上がった漣は、きっと彦根にとって心の支えだったのだろうと佐久は悟った。だからこそ、こうして立っていられる。
その背は、何にも屈さない強靭さを秘めていた。
彦根は、それ以上何も語らなかった。その必要もなかった。促されるまま、佐久は自分のバディを迎えに、その場所を離れた。

レーダー・コンソールのコンテナの気密ドアは、わずかに隙間が開いていた。
訓練の後は、時々疲労のせいか体温が下がり、寒がる誓の習性だろう。脳へ大量の情報を送り込まれる誓は、いつも任務の後にはぐったりとしている。
ドアに手を掛けようとしたとき、見知らぬ声がした。
「大丈夫か?あんた顔青いよ」
男の声だった。思わず、動きを止める。「大丈夫ですよ」と穏やかに答える誓の口調は、いつもと変わらない。
「やっぱりわかんねえな。命を削って平然としていられるのが」
半ば呆れるような男の口調は、軍人のものではなかった。
光が漏れる隙間から覗くと、民間企業の作業服がちらりと見える。
「・・・少尉は」
言葉の合間に、ふ、と誓が息を吐いた気配がした。
「存在意義だから」
誓は、今日は金曜日だから、というのと変わらない口調で言った。
至極当たり前なことだった。飛行を支援する任務は、飛行するパイロットがいなければその意義を持たない。
パイロットがいて、初めて彼らは自己の存在を証明する術を持つ。
それでも、佐久は心臓が跳ねるように鼓動するのを抑えることが出来なかった。
存在意義という言葉が、すっと佐久の中に沁みてくる。肺腑に湧き上がるものは熱く、きっと血潮の色をしていた。
誓が、パイロットが、ではなく、少尉が、と言ったことに、どうしようもない程の感情の動きを覚えた。
口元を抑えて、漏れそうになる声を殺す。唇が震えて、吐く息が乱れた。体の表面が、炎に舐められたように熱い。筋肉が収縮し、背が丸まる。爪が白むほど握った拳に、汗が滲んだ。

そして佐久は、突然に赤い夢を思い出した。記憶が、脳裏を焦がす。


その炎の色は、忘れていた赤だった。
広い、夏空。連なる濃い緑の山肌。複雑に隆起した山々の地形を、虫食いのように赤い炎が焦がす。
そこから立ち昇る黒煙は、佐久を脱出させるために最後まで練習機を操縦していた教官の命から立ち昇っていた。
機体も、そこにある命も、飲み込んで燃え盛る炎。
パラシュートで中空を漂っていた佐久は、その色をハッキリと視た。

忘れていた赤の色。そして、他の誰にも見せることのできない炎。
その炎は、奥底で燃え続けていた。決して忘れることはできず、しかしひとりで立ち向かうには熱すぎた。
彦根には漣の姿が必要だったように、佐久には他の誰かの寄る辺が必要だった。揺るがない寄る辺がなければ、きっと佐久はその炎の本当の色を思い出せなかったはずだった。
佐久は、たった一言に寄りかかる自分を恥じた。それでも、自分を繋ぎとめる何かの確かさに安堵したことを否定できなかった。膝が笑い、奥歯が震えて音を立てる。
いつの間にか、佐久はコンテナに寄りかかってしゃがみ込んでいた。わずかな言葉に体重を預けて、佐久はその痛みに耐えた。

弾けるような音がした。湖の対岸で、小さな花火が打ち上がる。過ぎる夏を惜しむように、誰かが上げた花火が湖畔を少しだけ照らし出した。闇の中に、それは刹那の光の傷を付けていく。
砕ける炎色は夜空を薄ぼんやりと赤く染め、その色は瞳の中で滲んだ。
細めた目の中に、その色は溶けて、消えた。


INVISIBLE RED/ 完

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