愛ってそもそもめんどくさいもの
僕等はいつもそいつが、どこか道端にでも落ちていないかと目を配る
人を愛する
それがどういうことかを教えてあげる
それくらいしか
僕の手元には残ってない
おやすみ、boy.
夫婦みたいなもんだよね、二人は。
僕等はあまりにお互いを知りすぎたし、
正しく理解してしまったの
恋とか甘酸っぱい感情はもうわたしの中にはないんだけど、それよりもずっと特別な感情を持って君といるんだよ。
無理やり言葉にするなら愛なのか
平たく言うなら縁があったとかそういうことなんだろう。
君は君のままでいい。
わたしが守ってあげるから。
愛してるよと言いたい
そんな夜もあった
君と僕の間にあるのは
紛れもなく
ただの愛なんだろうと思う。
それ以上でもそれ以下でもないんだと感じている。
そうしてほぼ同時に君が同じことを口にするであろうことも理解してる。
おやすみ
愛しいひと。
ずっと敬愛している映画監督がいる。
初めて彼の作品を観たとき
このひとは何者なんだ?何故こんなにもわたしの言いたいことがわかっているのだろうか?と涙を流した
答えはわからなかった。そんなもの(と敢えていう)は映画の中、対峙した自分の中にしかない
クリエイターを色眼鏡で見る人たちは好きじゃない。
作家本人がマイノリティであることを公言していたとしても、彼等の名前を出す際にわざわざご丁寧に
〜の〇〇監督が作った作品は良かった
などとぬかす連中は嫌いだ。
その前置きは作品に直接関係あんのか?
馬鹿なのかな
わたしは極力、作家本人の人生は深く掘り下げないようにしている。
作り手のこれまでの人生が色濃く反映されるのは恐らく間違いないんだけど、
純粋に作品そのものと対峙したいという気持ちが強いから。
色眼鏡をかけてこそ見えてくる他人の(或いは自分自身の)価値観や愛があるのも知っている。
でもそういうのは飽きた。
自分は評論家でもライターでも何でもないから
自分はなるべくまっすぐでいたいと思う