遠く水平線を見やれば澄んだセルリアンブルーの海が穏やかに広がり、強い日差しに振り仰げば抜けるようなスカイブルーと巨大で真っ白な入道雲の対比が鮮やかな空がどこまでも続く。そんな夏真っ盛りの海岸沿いだが、混雑とは無縁で人と言えばトレーナーしかいない。広々とした砂浜の浅瀬で、マリルリとシャワーズが遊んでいた。
 周りを気にすることなくのびのびと、威力の無い水鉄砲や泡を吐きながら楽しそうにじゃれ合う。けれど追いかけっこを始めて、やがて白熱して遠くへ遠くへ泳いで行く。

 日光浴をするフシギバナの日陰でミズゴロウとクラブと砂遊びしていた人間は、海から触手を伸ばしたメノクラゲにトントンと呼ばれ、漸くそれに気付いてメノクラゲに飛びついた。意を察したメノクラゲは人を落とさないよう、それでも最速で泳ぎだす。ミズゴロウとクラブも喜んで後に続いた。

「マリルリー、シャワーズー、止まりなさーい!」
 どの位進んだだろう。叫びに2匹が応じたのは、陽光を照り返して輝く砂浜がずいぶん遠くなった頃だった。水上に頭を出した2匹が軽く叱られているところへミズゴロウが追い付いて来る。が、いつまで経ってもクラブが来ない。
「クラブは浜に残ったの?」
 ミズゴロウは水中を指さした。
「もしかして、一匹で海底を歩いてるのかしら」
 慌てた気配を読んだメノクラゲはマリルリに人間を託してたぷんと沈んだ。

 力を抜いてぷかぷかと波間に揺れるマリルリと人間に、シャワーズが前足をかけて便乗する。悪戯に体重をかけてくるものだから時折たぷんと沈んでしまって、その度に浮上しなおさなければならない。
 追いかけっこで疲れていたマリルリは迷惑そうに鳴いたが、シャワーズは堪えた風もなくのんびりしたものだ。それで遊んでると思ったのか、ミズゴロウまで掴まってしまう。
「マリルリが疲れちゃう。ほら、自分で泳げるでしょう」

 シャワーズは注意されてもどこ吹く風。マリルリは愛らしい外見に見合わない低いうなり声で抗議し出したが、マイペースで言うことを聞かないシャワーズに遊んでるつもりのミズゴロウ、そして泳げるもののこんな沖で放っておくには不安が残る人間を掴まらせていては、反抗どころかろくに身動きが取れない。
 マリルリはままならない現状にぷぅっと膨れて、おもむろに海中へ潜った。慌てた人間の周りには空気が纏わり付いて巨大な泡が包み込んでいだ。ダイビングを使ったのだと気付いて礼を述べた人間の手を掴み、マリルリはすぅっと沈んで行く。

 いつの間にか共に潜水をしていたシャワーズの背中にはミズゴロウが掴まって、イルカの親子の様に泳いでいた。青い光の中、色とりどりの南国の魚が翻り踊る。人に慣れた魚やラブカスの群の間をすり抜け、戯れに寄り添っては離れるマンタやマンタインたちと、深く深く潜って行く。

 やがて赤く点滅する丸い光が見え始めると、一行は3匹と1人に戻った。岩場に無数のメノクラゲやドククラゲが張り付いて、目玉のような赤いものが規則的に点滅する。地上では見る事の叶わない光景。
 興味津々にミズゴロウが近寄ろうとして、慌ててシャワーズが首筋をかぷりとくわえた。マリルリが体を揺らして笑った。近寄りたがるミズゴロウをシャワーズが必死に制止しながらその場に止まる。

 人間が見上げた視界は青い光がゆらゆらと差し込んで美しく、頭上を優雅に翻るマンタインが目を楽しませた。マリルリと手をつなぐために空気の膜から出ている肌をさらう海水はひんやり心地よく、繋いだマリルリは冷えた体に暖かさを伝えて、それがまた気持ち良い。
 水中に留まる事をマリルリに任せて海中を楽しむ人間の視界を、不意にシャワーズがアクロバティックに横切った。ミズゴロウの気をメノクラゲたちから逸らそうと必死な様子だ。
 繋いだ手から振動が伝わって、見なくてもマリルリが笑っている事がわかった。つられて人間も笑顔になる。
 たった1人の人間の他にはポケモンしか居ない、青く透明な海域。そこはとてもゆったりとしていて、時間さえも緩やかに過ぎてゆくようだった。

 どのくらいそうしていたのか。不意に手を引かれてマリルリを見遣れば、ドククラゲとメノクラゲたちの住処を見るように促される。丁度一体のドククラゲがゆったり上がって来るところで、触手の一本に赤く小さなクラブを抱えている。
 今度は群でなくその一体へ、真っ直ぐ突撃しそうになったミズゴロウをシャワーズがまた慌てて捕まえた。

 無事クラブを見つけて海面へと戻ると、ドククラゲが頭上に人間とミズゴロウとクラブを押し上げた。地上の生物である人間と、初めての海ではしゃぎまわってしまうミズゴロウ、そして泳げないクラブへの気遣いだった。
 それで好奇心の塊の子守から漸く解放されたシャワーズはぐったりとマリルリに掴まる。マリルリは笑って、何も言わずにぷかぷかと浮かんでいた。