見捨てる痛み。見捨てられる痛み。
全ての思いを断ち切ったあの日、私は雨の中にいた。
ワルツ
〜私はもう必要ない〜
時計の針は遠の昔に重なって、人々が眠りにつく頃、メール着信音特有の短い音が辺りに響き渡る。
大好きな人気グループの新曲なんかではなく、昔のマイナーグループの少しだけ有名になった懐かしい曲。
愛しのあの人の名前がサブディスプレイに浮かび上がると、すぐにナツミは機体を開いた。
+
ナツミには彼女がいた。
彼女の名前はリツ。
ナツミもリツも女。
それでも二人は愛しあっていた。
一般で言う『同性愛』。
秘密の関係ではあったけれども二人は幸せだった。
リツは忙しい人であり、また、メール不精な人であった。
今では出会った当初よりもメール頻度は格段に落ちていた。
毎日していたメールも、1日おき、2日おき、1週間おき…ついには2週間おきにまで減った。
メール好きで、携帯依存型のナツミにはそれは辛い事ではあったけれど、仕方がないと諦めて気長にメールを待つのがいつしか日課になっていた。
ナツミは辛くて毎日泣いた。
メールがある日も交わす数はほんの数通。
リツがすぐに眠りに落ちてしまうから。
リツがただ忙しいだけではないのはわかっていた。
メールするのが面倒だということ…それだけだということも。
でも、嫌われたくない一心で催促はしなかった。
寂しいなんて言えなかった。
嫌われたくなかったから。
+
機体を開いてメールボックスを開き、リツからのメール専用フォルダが赤くなっているのを見たナツミは、満足感を感じる自分がいることがわかった。
どこか安心感や安堵が混ざった満足感。
久々に感じるこの気持ちは他では味わうことの出来ない感情だった。
急いでメールを開くナツミ。
開いた途端に何かが変わった。
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受信メール [1/534]
日付 3/16 01:17
from リツ
件名 Re:Re:
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ごめん、別れて。
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ナツミには何が書いてあるのか咄嗟には理解出来なかった。
頭の中がぐるぐる回りはじめ、組み立てに時間を要した。
突如として頭の中が落ちつきを取り戻す。
なけなしの脳みそを振り絞ってありったけの丁寧な言葉を重ねる。
どんなに愛しているか、どうしてかわからないこと、嫌だということ全て。
残された時間が僅かである事は、いつものリツを考えれば推測するのに時間は必要なかった。
今日中にメールが来なくなる…。
そう思ってドキドキと心拍数を上げながら待つ。
と、直ぐにまた冴えない音楽が響く。
ナツミは急いで画面を見た。
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受信メール [1/535]
日付 3/16 01:22
from リツ
件名 Re:Re:Re:Re:
────────――
ごめんね、ごめん。
好きな人、出来ちゃったんだよ…
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頭が真っ白になった。
このままなにもかも消えて無くなればいいと思った。
ナツミは返信もせず、携帯をにぎりしめたまま家を飛び出した。
+
辺りは静まりかえっていた。
私は何も考えずに飛び出して、何も考えずに走り続けた。
悲しみだけ感じて。
浮気していたリツに、それを責め切らない自分に。
何時だって自由奔放を許したのが間違いだったのだろうか。
もっとしつこくメールすればよかったのだろうか。
考えても考えても出ない答えが空を舞い、暗い夜の闇に消える。
いつの間にか空からは雨が降り出していた。
傘を持たない私は露に濡れる。
こんな中、リツなら傘を差し延べてくれるだろうか。
濡れる肩も気にならない。
今だけは、懐かしいあの頃へ、戻らせて…
いつの間にか立ち止まる。
目からは雨とは違う、大粒の雫が流れ落ちた。
私は泣いていた。
ただただ流れ落ちる涙。
止めようにも止まらない不可抗力。
私は上を向いて泣いていた。
悔しさ、寂しさ、辛さ、全て詰め込んで私は泣くの。
全て流して、全て忘れられるように。
今では恨めしいあの人を思い浮かべて。
月明かりがとても美しい。
雨が降るのに月が見えた。
神秘的な光。
髪から落ちる雫はキラキラと光を放ち、アスファルトの道は星を敷き詰めたよう。
少しの夢を見させて。
私から全ての邪が抜け落ちるまで。
空が飛びたい。
月に乗りたい。
星を触りたい。
いつしか階段を駆け上がる。
普段は出入り禁止の屋上に一人。
月に照らされる中で一人、ワルツのステップを刻む。
ここは綺麗な夜のパーティー会場。
綺麗な光の絨毯。
白のワンピースが揺れる。
私はステップを踏みながら携帯のメモリを全て削除する。
家族、友人、仕事場、リツ…
仕上げに電話をを折り曲げた。
さっきまでの私は居なくなった。
新しい私。
可憐に舞う。
さあ、もっと可憐に。
ステップを踏みながら、私は空へと飛び出した。
END
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お粗末様です…