「晋助様ァー!メリークリスマスッス!」
日も落ち辺りが暗闇に包まれた頃、会合が終わり部屋に帰ろうと廊下を歩いていたら来島が妙に楽しげに笑いながら包みを持ってきた。そういや今日はクリスマスイブってェやつだったな…此処の所何かと入り用だったから俺としたことが祭りを忘れていた。
包みを開けると中には新しい煙管。簡単に礼を述べると来島は犬みてェに喜んで満面の笑みを見せる。
来島と別れて自室に帰れば窓辺に腰掛け空を眺める。漆黒の空から真っ白い雪がちらりちらりと舞い落ちた。月はなく重たい雲に全てを隠され部屋の隅に灯した灯籠だけが淡い光を放つ。火鉢から煙管に火を移し、ふっと軽く吸っては白い息と交えて静かに煙吐き出した。
聞けば、クリスマスは聖夜といい奇跡が起こるなんてふざけたことまで言われてるらしい。奇跡が起こることなんてない。奇跡なんてこの世にはないことをよく知っていた。
「起こせるものなら起こしてみせろ」
俺の願いを叶えられるのならば、叶えてみやがれ。挑発的にそう呟きゆっくりと瞼を伏せた。そして不意に灯籠の灯が消え部屋は暗闇に飲まれる。未だ暗闇に慣れない目は先を見ることが出来ない。カタリ、襖が開く音が響く。
「何にも言わずに部屋に入るたァ、随分な神経の持ち主だなァ…?」
目は利かずとも人の気配は分かる。ゆるりと人の気配がする方へ支線を向けて声をかけた。何も言わない人物は衣擦れの音だけを響かせて徐々に近づく。漸く目が暗闇に慣れて改めて目の前の人物を捉えた。そして、目を見開いた。自然と煙管を持つ手が震える。
「晋助」
ずっと聞きたかった声。その声が、名を呼ぶ。
「せん、せ、い」
あの頃と何ら変わらぬ姿の先生──吉田松陽はこちらを見下ろして穏やかな笑みを浮かべている。
うまく声が出ない。先生が此処にいるはずはない。否、この世にはいないのだ。これはきっと幻だ。今すぐ刀を抜いて幻を叩き斬ってしまえばいい。夢から醒めたらいい。なのに柄にすら手を掛けられない。二度もこの人を亡くすことなど出来ない。
「なん、で」
「…君に、伝えたいことがあったから」
「化けてて出てきたっていうのか?」
「そうかもしれません」
「聖夜に化けて出るたァ、先生も不粋なことをしやがる」
くつくつと笑ってみせ平然装うが声は微かに震える。先生は膝をついて俺の頭にするりと手を乗せて軽く引き寄せた。手の感触、温もり、確かに感じる。抵抗することなく身体を預けて先生の言葉を待った。
「ずっと謝りたかった。君達をおいていってしまったこと」
「先生」
「晋助も、銀時も小太郎も、皆大変な思いをしていたというのに私は何も出来なかった」
違う、それは違う。先生が死んで、それで俺は自分で修羅の道を選んだ。この世界を壊そうと決めた。先生を殺したこの腐った世界を全て壊すだけだ、と。そのために今まで生きてきたのだ。
「…いつか、皆でクリスマスを過ごしたことを覚えていますか?──…聖夜に奇跡が起こるという話をしたことを」
ああ、そうか。先生から聞いていた話だったのか。すっかりと忘れてしまっていた。来島から話を聞いたときどこかで聞いたことがあったような気はしていたのだが。
「…今日こうして君に会えたことも、奇跡なんでしょうね」
「確かに、な」
「謝ることが出来て良かった。ずっとそれが気掛かりだった」
ゆっくりと身体を離すと優しく微笑んで立ち上がった。背を向けてまた歩き出す。その背中が急に小さく見えて追い掛けようと腰を上げた瞬間、同時に名を呼ばれた。
「世界を、恨んではいけないよ」
振り返った先生の笑みが妙にはかなげで、引き止めることも叶わなかった。部屋を出た先生を追い掛けて見てももう先生の姿はない。乾いた笑みを浮かべて包帯で覆ってある左目に触れた。
「奇跡、起こっちまったなァ」
けどな、先生。
余計にこの世界が憎くなった。
先生を奪った世界が憎い。憎くて堪らない。
先生が生きていたら俺が進む道も違っていただろうよ。
ふと、道を違った戦友と過ごした事が頭を過った。
もう戻れない、いつかのクリスマス。
(この夢が醒めなければいいのにと何処かで願っている)