九尾と人間




「そうだね…神様みたいなものかな」


風に翻る薄絹のように掴み所のない微笑だった。月が明るい。町に行って来た帰り道、その人のようで人でなく、獣のようで獣でないものは高い杉の木のてっぺんに立ち、俺を見下ろしていた。
顎の細い白い顔、薄紫色の吊った瞳、輪郭を包む髪は緩やかに波打ち好きな方向を向いていた。その頭の両側から三角の白い耳が突き出ている。巫女のような装束の裾を風に遊ばせ、その背には身の丈程もある九本の銀の尾が揺らめいている。月の光を受けた尾が唖然とする俺を嘲るように揺れる。
ふっ、と、突然その人のようなものが木の頂から足を離した。それは木の葉のように風に殴られ弄ばれ、回り回り落ちて来る。衣装と尻尾が膨らんで牡丹の花がそのまま落ちて来るようでもあった。
体が勝手に動く。おかしい、普通人間はこうした場面に直面した場合、体が硬直してしまうはずだ。おかしいと思いつつ、気付けばそれを腕いっぱいに受け止めている。確かに温いそれを確かめるように手に力を入れ、俺は再度目を見開くことになった。
軽い、羽毛を抱き止めたようだ。こんなに軽い体があっていいものかと、今まで信じて来た常識の全てが信じられなくなる。人が驚く顔がそんなに面白いだろうか、それは喉でころころと笑みを転がし首を傾げた。耳に付いた鈴がしゃらんと繊細な音を立てる。


「ねえ」


言葉が返せない。それは近くで見れば見る程息も出来なくなる程美しかった。白い肌の光沢から睫毛の一本一本まで神々しいものが宿っている。夢のような声音が耳を惑わせる。
これは絶対に妖か憑きものの類いだ。頭ではけたたましい警告音が鳴り響いているのに、目が離せない。それが白魚のような手で俺の頬を撫でた。形のよい唇が赤く裂ける。


「君のこと、喰べさせてよ」




おわり

第何次か(何回来たかわからない)和風ブーム到来中。

しかし自分狐好きだな。