あの人が泣いている。


「──っ」


今日も、泣いている。


「──ひっ──うぅ──」


静かな部屋に、彼女の悲鳴が積もっていく。


すっかり細くなってしまった身体を震わせながら、それでも声だけは出すまいと。

何かに耐えるように、今にも蓋をこじ開けてしまいそうな激情を殺さねばならないのだと。

静かに、静かに泣いている。


ねぇ、とそっと声を掛ける。

反応は無い。

ねぇ、ねぇ。

彼女は泣き止まない。

私の声なんて聞こえていないのかもしれない。


泣かないで。

そっと彼女の膝に手を乗せる。

泣かないで。泣かないで。


「──っはぁ....ご、ごめ、ん....ごめんね....」


謝らないで。

貴女は何も悪くないから。


何時からだろう。彼女の表情が日に日に張りつめていったのは。

彼女の笑顔は、私の大好きなお日さまみたいで。

私がごろごろと甘えると、いつだってふんわり笑いながら頭を撫でてくれた。

そのあたたかい笑顔と身体に抱かれながら眠ることが、私にとって何より幸福なことだった。


「....ごめん、ね」


一体何が彼女から温度を奪ってしまったのだろう。

優しい光に満ちていた筈の空間は、今や彼女の眼から零れる水で冷え冷えとしている。


俯く彼女の顔を下からそっと見上げる。

冷たそうな水が彼女の頬にも掛かっていて、これでは彼女が風邪を引いてしまいそうだと慌てて舌で拭う。

ざらりとした感触に驚いたか、ひゃっ、と彼女が身を捩った。

彼女と眼が合う。

ここにいるよ。

私は、貴女の傍にいるから。


じっと見つめ合っていると、やがて耐え切れなくなったのか、私をそっと抱き締めてまた静かに泣き始めてしまった。

私の身体が水に濡れていくのが分かり一瞬身構えたが、不思議とそこまで冷たくは感じなかったのでゆっくり力を抜く。


私の想いが、貴女に伝われば良いのに。


「....ん、ありがとう。やっと落ち着いてきた」


私が人間だったら、貴女を守ることが出来たのでしょうか。


「あはは、お前が人間だったら良かったのに。....なんてね」


私が人間だったら、貴女を傷付けてしまっていたのでしょうか。


「そしたら私達、きっと出逢えなかったもんね」


好きです。好きです。大好きです。

人間だったら、人間だったら、人間だったら。


「──また恋人が出来たら、いの一番にお前のこと“自慢の家族だ”って紹介したいよ」


人間、だったら。