万能

料理の味を決めるのってなかなか大変

塩を入れたら辛すぎたり、
砂糖って感じでもなかったり…。
そんなときに頼りになるのは
味のまとめ役「うま味調味料」

 
今ではたくさんの種類の「うま味調味料」なんてものが出回っています。
「味の素」なんかが有名ですよね。
あの白い粉をパパっとかけるだけで
どんな料理でもビシッと味が決まって
おいしくなってくれます。
 
でも、「危険性があるんじゃないの?」、「何か害のあるものが入ってるんじゃないの?」なんていう不安があるのも事実。

今でこそ
「うま味調味料」という名前ですが、
昔は「化学調味料」という名前で販売され、
なんだか怪しげに聞こえてしまいますよね。

 「うま味調味料」の名誉挽回に取り組みます


うま味調味料というと、その成分として
「グルタミン酸ナトリウム」が有名です。
他にも色々と含んでいたりしますが、
基本的にはこれが多いでしょう。
 
さて、このグルタミン酸ナトリウムって
どうやって作られるんでしょうか?
 
なんとなく、
工場のようなところで、よくわからないけど
すごい機械に材料を入れたら、
グルタミン酸ナトリウムの出来上がり!

と、
詳しく知るまではこんなイメージでした


こういうイメージだと
「人工物!」っていう感じがして、
それはなんだか体に悪そうですね…。
 
では、代表的なうま味調味料である
「味の素」がどう作られているのかを
確認してみるとどうでしょう?

「サトウキビから作られています」と書かれていることが多いですね。
 
これはまあ間違ってはいないんですが、
大事な部分を言ってもいないですね。
 

それではここでグルタミン酸ナトリウムが
どうやって作られるのかを
簡単に見てみましょう。

この
「グルタミン酸ナトリウム」を作るには、
ある生き物たちの力を借りています。

その生き物とは「微生物」!
 

微生物は、その名の通り
とても小さい生き物たちのことです。

彼らと人間の生活は密接に関わっていて、
正直な話、彼らがいなければ
人間は生きていくことすら困難でしょう。
 
そして、この微生物たちに「発酵」をしてもらうことで、グルタミン酸ナトリウムを
作り出しています。
 
発酵ってなに?と思ったら、
難しく考える必要はありません。

発酵とは、
「微生物たちが生きていくこと」です!

例えば人間で考えてみると、
人間は生きていくためにご飯を食べて、
体の中で糖分や脂肪、タンパク質なんかを
作り出して「生きています」。
 

これと同じで、微生物もご飯を食べて、
体の中で様々なものを作り出します。

そして、
人間と微生物では「ご飯」に当たるものや、作るものが違うので、
もし微生物が作り出したものが人間にとって有用なら、これを利用できます。

これが「発酵」なんです。
 
先ほど出てきたサトウキビは、
まさにグルタミン酸を作る微生物にとっての
「ご飯」に当たります。

そして、
微生物によって作られたグルタミン酸を
ナトリウム化することで
グルタミン酸ナトリウムができています。

だから、サトウキビが直接、グルタミン酸ナトリウムに変わるわけではないんですね。
 

このように、現在はうま味調味量の成分は
「発酵法」によって作られています。
人為的ではありますが、決して人工的に、
怪しい化学薬品なんかを混ぜたりして
作られているわけではないんです。

 しかも、この「発酵」は
自然界でも普通に起きていますし、

しょうゆや味噌だって
発酵によって作られています。
 

まだ
うま味調味料が「人工物」に思えますか?


先ほどの話を読んでこられた人は、原料は石油じゃないよ!微生物が作ってくれてるんだよ!と言い張れることでしょう。
 
でも、
この「原料が石油」だという話、残念ながら、あながち間違いでもないんです。
 
うま味調味料の原料は
「石油」なのかどうか?

この真実は、実は過去にありました。


少しだけ時をさかのぼってみましょう。


今でこそ味の素は微生物によって作られていますが、昔はそうではありませんでした。
 
1970年ごろ、
当時はまだ、都合よくグルタミン酸を
発酵によって作り出してくれる
微生物が見つかっていませんでした。

グルタミン酸ナトリウムを作るためには、
別の方法を取るしかありません。

そして、その別の方法の1つであり、さらに、残念なことにコストの面で最も優れていた
方法が「石油による製法」でした。
 

石油には、発がん性物質である
タールなどが含まれていますから、
石油そのものが人間にとって
害があることは言うまでもありません。

そして当時では、この石油に含まれている有害な物質について、
「取り除く努力はしているが、完全に取り除けているかはわからない」というのが
正直なところでした。
 

このように、
「かつては」石油から作れら、害毒性が
問題になっていた時期もありました。


しかし、しばらく経ってグルタミン酸を作り出す微生物が見つかり、今ではもちろん石油ではなく、微生物によって作られています。
 

石油から作られていることへの不安は、
どうやら今ではするだけ無駄のようです。


はっきりと言いましょう。
体に悪いです。間違いなく。

これはもう、疑うべくもありません。
 

ですがこう言ってしまうと、
まるでグルタミン酸ナトリウムが
悪者であるかのようになってしまうので、
弁解のために少々説明をしていきましょう。


さて、「たくさん」のとらえ方というのは
人それぞれだと思うので、
データから考えてみましょう。

 
「LD50」というものを知っていますか?


これは「Lethal Dose 50%」の略で、
日本語では「半数致死量」といいます。


この数値は、
動物の体重1sあたり、
その物質を何mgの摂取で、
投与した動物の半数が死に至るのかを
示したものになります。


わかりやすく言えば、

「この量だけ摂取したら大変危険だ」
ということです。
 

下の表を見てみてください。

名称 半数致死量(mg/kg) 含有するもの・用途 出典・備考等

ボツリヌストキシン 0.00000037 ボツリヌス菌
テタヌストキシン 0.000002 破傷風菌
マイトトキシン 0.00005 有毒渦鞭毛藻
パリトキシン 0.00025 スナギンチャク類
ダイオキシン 0.0006〜0.002 産業副産物
ベロ毒素 0.001 病原性大腸菌・赤痢菌等
テトロドトキシン 0.01 フグ他
VX 0.02 化学兵器 下の濃度の項も参照
リシン 0.03 トウゴマ
ミクロシスチン 0.05 藍藻類 [3]
アコニチン 0.05〜0.1 トリカブト
α-アマニチン 0.1 毒キノコ(ドクツルタケ等)
モノフルオロ酢酸 0.1 殺鼠剤 [5]
サリン 0.35 化学兵器 [6]
d-ツボクラリン 0.6 クラーレ、矢毒
コルヒチン 0.6 イヌサフラン他・医薬 [7]
ストリキニーネ 0.6〜2 マチン、殺鼠剤
ニコチン 1〜7 タバコ
シアン化カリウム 3〜7 試薬(いわゆる「青酸カリ」)
亜砒酸ナトリウム 10 試薬(いわゆる「ヒ素」)
パラチオン 10 農薬(有機リン系)
黄リン 10 試薬 [8]
メタミドホス 10〜30 農薬(有機リン系)
塩化スキサメトニウム 10〜50 筋弛緩剤 [9]
酢酸タリウム 30〜40 試薬 [10]
アジ化ナトリウム 46 試薬 [11]
DDT 110 農薬(有機塩素系) [12]
モルヒネ 120〜500 ケシ、麻薬
メタンフェタミン 135 覚醒剤
カフェイン 200 茶・コーヒー等
トリフルオロ酢酸 200 試薬 [13]
パラコート 250 除草剤(ピリジニウム系) [14]
マラチオン 250〜600 農薬(有機リン系) [15]
2,4-D 375〜666 除草剤(有機塩素系)
アセチルサリチル酸 400 医薬(アスピリンなど)
スコポラミン 1200チョウセンアサガオ等・医薬
ホウ酸 2000〜4000 試薬・医薬
塩化マグネシウム 2800〜4700 にがりの主成分
塩化ナトリウム 3000〜3500 食塩
エタノール 5000〜14000 酒類
ビタミンC 12000 栄養素
wikipediaより


例えば、一番上の
「ボツリヌストキシン(A)」という物質は
「ボツリヌス毒素」とも言われ、

その半数致死量は、わずかに0.00000037mg/s。
体重が60sの人であれば、60倍して、0.000022mg
 
つまり、体重が60sある人間の場合、わずかに0.000022mg摂取しただけで、大変危険であるという恐ろしい毒素だということが分かります。
 
つづいて、
表の下から3番目を見てみましょう。


一番左に
「塩化ナトリウム」と書いてあるのが
分かりますか?


これは、いわゆる「食塩」です。
では、食塩のLD50はどれだけでしょうか?
3,000〜3,500mg/sとありますね。


 
体重60sの人間であれば、180,000〜210,000mg、およそ200gほど。


大さじにして約11杯分を一度に
食べてしまえば、例え食塩であっても、 
命に危険が及ぶ、ということなんですね。
(一度に摂取した場合です)

 
驚きです。
確かに「たくさん」摂れば、
塩であっても命に関わるようです。


でも、そんなに「たくさん」食べますか? 

 
グルタミン酸ナトリウムだって同じです。
もちろん「たくさん」食べれば、大変危険で有害なものですが、普通に食べている分にはそんなことはありません。

 
塩や砂糖も同じなのに、
どうしてかグルタミン酸ナトリウムばかりが悪者にされてしまうようです。


グルタミン酸ナトリウムを「たくさん」食べれば危険だとまだ思っているような人は、
もっと身近で大量にあるものついて心配した方がいいでしょう。


どうぞ
色んな研究機関に訴えてみてください。
 
「塩は200gも取れば命に関わる。なんて危険なんだ!!」と。


 
うま味調味料というのは、正しく使えば、
とっても便利でおいしい調味料です。


もちろん使う使わないは個人の自由ですが、「なんとなく不安」という理由だけで
うま味調味料のすべてが否定されてしまうのは非常にもったいない気がします。
 

ここまで読めば
きっと「うま味」や「うま味調味料」というものを十分に使いこなせるはず!
 

料理というのは、
とても化学的で科学的なものです。


だから、
色んなことの「なぜ?」が分かれば、
料理はもっともっと楽しくなるはず!



ワリアイ

ガリガリ君の当たる確率1/25

年賀はがき一等当選確率1/100万

自動販売機の下にお金が落ちている確率1/10

黒ひげ危機一髪が飛び出す確率7.7/100

お客様の中でお医者さんいますか?
で、いる確率7/10

カジノで億万長者になる確率1/60万

ジャンボ宝くじ一等当たる確率1/1700万

雷に撃たれる確率1/1000万

隕石が頭に直撃する確率1/100億

毎日飛行機に乗ってるとして、
事故に遭う確率1/20万

一生涯で自動車事故で死傷する確率1/2

別の車のキーが
自分の車のキーと合う確率1/150万

オスの三毛猫が生まれる確率1/3万

四つ葉のクローバーができる確率1/10万

サメに襲われて命を落とす確率1/1億1000万

蚊に刺され命を落とす確率1/100

あなたが生まれてきた確率1/3億

日本人で左利きの確率1/10

100年以内に巨大な噴火が発生する確率1/100

血液型がA型の確率 4/10

血液型がO型の確率 3/10

血液型がB型の確率 2/10

血液型がAB型の確率 1/10

血液型がRHマイナスの確率1/200

裁判員に選ばれる確率1/5000

異星人に遭遇する確率1/1億

花粉症の人の確率1/10

双子が生まれる確率1/100

三つ子が生まれる確率1/1000

六つ子が生まれる確率1/40億

天気予報が当たる確率87/100

隣の人が警察官の確率 1/533

隣の人が消防士の確率 1/833

隣の人が教師の確率 1/95

隣の人が公務員の確率 1/35

隣の人が地方公務員の確率 1/40

隣の人が国家公務員の確率 1/271

隣の人が内科医の確率 1/3000

隣の人が眼科医の確率 1/28000

隣の人が社長の確率 1/8.5

隣の人がJAFの会員の確率 1/8

隣の人が
生活保護を受けたことがある確率 1/100

隣の人が15歳未満の確率 15/100

隣の人が15歳以上65歳未満の確率 68/100

隣の人が65歳以上の確率 17/100

隣の人が中国人の確率 1/5

隣の人がインド人の確率 1/6

隣の人がインド人と中国人の確率 1/50

隣の人がイスラム教徒の確率 1/5

隣の人がキリスト教徒の確率 1/3

隣の人が栄養失調の確率 1/12

隣の人が一年の内、
不衛生な水が原因で病気になる確率 1/5

隣の人が結核の確率 1/700

隣の人が殺し合いを逃れてふるさとから
はるか離れた土地で
仮の宿に夜露をしのいでいる確率 1/250

隣の子どもが働かなければ
生活ができない確率 1/8

スウェーデンの高校教員が
教員資格をもたない確率 1/4

イギリスの男性が
母乳を味見したことがある確率 1/3

ロンドンの女の子が拒食症の確率 1/15

イギリス人が日常的に
裸で電話している確率 1/3

アメリカ人労働者が自営業の確率 1/13

沖縄人が
一日の内で沖縄そばを食べる確率 1/9

5:5の合コンに
巨乳美人が来る確率 1/15

相撲界で関取になる確率 1/13

銀行の役員が天下りしてきている確率 1/16






地球が誕生する確率は
バラバラにした腕時計を25mプールに放り込んで、水の流れだけで組みあがるのと同じ確率だそうです。まさに奇跡のほし

水脈 1st 完


十人寄れば気は十色、と申します。
お顔の形が違いますように
皆さんそれぞれに心持ちというものが違ってございます。


あなた、どちらからおいでで?品川? 
はー、あたしも品川ですよ。
奇遇ですねぇ。

おひとりでやってらっしゃる?
そうですか。
どうですか、お近付きの印に、
一献...


あ、そうですか...へへへ、
あたしも嫌いじゃない方ですんでね、へい、じゃ遠慮無く...(グイッ)

あぁ、あなたいい酒呑んでますねぇ。
うらやましいねぇ、どうも。
じゃ、まぁ御返杯



なんてやったりとったりしているうちにもうすっかりお友達ですな。



 そこへいきますと、
どうも、ぼた餅をやったりとったり、というのはいけませんな。


どうですか、お近付きの印に、一個。
ぼた餅、噛りかけですけど...

これはどうも
具合が悪うございますが、

ま、人それぞれに違いがあるからこそ人生面白いのでございましょうな。


兄貴分
おうおうおう、なんだなんだ、表が騒がしいじゃねぇか? 
なんだ、長太じゃねぇか。
蒼い顔して駆けてくるぜ、
おい、
長さん、こっち入りねぇ!


若い衆
ひぇーっ、はぁっ、はぁっ、
驚れぇたぁ...


兄貴分
なんだよ、えらい汗だねぇ、
どうしたってんだ、いったい?


若い衆
す、すまねぇ...
水、いっぱい飲ませてくれ...
お、おぅ、ありがとよ...
(ゴクッ、ゴクッ...)
ふぁーっ、やっと落ち着いた...


兄貴分
どうしたよ、
何かあったのかよ、長さん


若い衆
どうしたもこうしたもねぇや、おぅ、なんだか
大勢集まって来やがったなぁ、
いいか、おれの話を聞いて驚くなよ

 おれぁ、今、この町内のお湯屋の裏路地を抜けてきたんだけどさ、

おめぇらも知ってるだろう、あの路地は大家んちの植込みが伸び放題で、
湯屋のひさしとに囲まれて昼間でも薄暗くってじめじめしてらぁ。

おれぁ、なんとなく陰気臭せぇ、
薄っ気味の悪い思いがしてよぉ、
さっさと通りすぎちまおう、とスタスタっと足を速めたと思いねぇ。


その時だ、フと気がつくと、暗がりの奥から、まるで路地を吹き抜けてくる風の音みたいな声が

『長さん...長さん...』


おれの名を呼んでるじゃねぇか...ところが振り返ると誰もいねぇ。
気のせいかな、と思って歩き出すと
また



『長さん...長さん...』



...振り返っても誰もいない。
そんなことを二度、三度と繰り返して、もうこれが最後、とギッ、と振り返ると...そこに...



いたんだよ...



若い衆 さ...さようなら





兄貴分
こらぁ、そこのやつらぁっ、
捕まえろ! 
いいか、逃げるんじゃねぇぞ、
てめぇら! 

ここまで聞いたら付き合いだ。
最後まで聞きやがれ。
そ、それで、長さん、

だ、誰だったんだよ



若い衆
誰がじゃねぇんだよ、

こう、ズズーッと長いのがグルグルッととぐろを巻いて、鎌首をヒョィッと持ち上げてさぁ...
赤い口をパクッと開けて
青い舌をチロチロッと...

兄貴分
...そりゃぁ
...おめぇ、ヘビじゃねぇか?


若い衆
じゃねぇかじゃねぇや、
ヘビなんだよ! 
そりゃぁおっかねぇのおっかなくねぇのったらねぇや! 
ヘビの野郎、おれへ向かって
『おいで...おいで』って
手招きして...



兄貴分
ウソつきやがれ! どこの世界に手招きするヘビがいるんだよ。
まったく、さんざん人を脅かしといてヘビ!? 
ったく、臆病だねぇ


若い衆
そんなこと言ったってさ、
おれはガキの時分からヘビは
大の苦手なんだ。

ヘビだけじゃねぇ、鰻、どじょう、
めめず (めめず:ミミズ) 、
とにかくなげぇものは
何だって苦手なんだ


兄貴分
そのくせ名前が「長太」か?
若い衆 だから、名前を呼ばれるってぇとぞっとするんだ


兄貴分
だらしがねぇなぁ、ったく...
ま、人間、偉そうなこと言ったってひとつくれぇ嫌いなもの、恐いものがあるってぇのが正直な話だ。

おぅ、春さん、
おめえさん、何が恐い?


若い衆
え? おれか? 
へへっ、そう、面と向かって聞かれると決まりが悪いけど...
ま、カエルだな


兄貴分
へぇ、市さんは?


若い衆
ナメクジ


兄貴分
なんだよ、ヘビから始まってカエル、ナメクジかい? 
三すくみ が揃っちまったな。

忠さん、お前さんは?


若い衆
オケラ


兄貴分
そりゃ妙なものが恐いんだな

若い衆
オケラをばかにしちゃいけないよ。
人間、オケラになっちゃお終いだよ。

第一、オケラは人の言葉が分かるんだ。

あれは去年の夏の終わりのことだったなぁ...

近所の子供がおれんところにオケラを持って来てさ、『おーけらおけら、忠さんのちんちん、どのくらい』って
聞いたんだよ。

そしたら、オケラの野郎、
『このくーらい』って、手でこうやって...オケラの野郎...どこで見てたんだ...


兄貴分
おい、おめえの持ちモノは
ホントにそんな小せぇのか? 
情けねぇなぁ...

で、隣は? 
おめえさん、どうだい?


若い衆
クモ。やだねぇ、あれは。
ところ構わず巣を張ってさ、
ああやって待ち伏せしようってぇ
了見が許せねぇ


兄貴分
怒ってるねぇ。

で、隣は?


若い衆
ウマ。曲がり角からあの長い鼻面が出てきたら、誰だって腰を抜かすぜ


兄貴分
抜かさねぇよ。

そっちは?


若い衆
アリ


兄貴分
な、なんだと?


若い衆
アリ


兄貴分
アリだと? 
ウマの次はアリか? 
こいつはやけに小さくなりやがったなぁ。
なんだってアリが恐いんだよ


若い衆
いや、おめえはアリ一匹だけを考えるからそんなことを言えるんだよ。
いいかい、アリってぇのは何かってぇと行列をつくってさ、こう、何だか知らないけどお互いにツラ同士突き合わせて、ゴジョゴジョ、ゴジョゴジョ言ってやがるンだよ。

おれ、あれ見るとさ、いったいおれのことでどんな悪口言ってやがるんだろうって...
それ考えると夜も眠れねぇ...


兄貴分
ずっと起きてろ! くだらねぇこと心配してるんじゃないよ! 

おい、その隣で脇向いてタバコ吸ってンの...源さんじゃねぇか。

お前さんは何か恐いもの無いかい?


源さん
...ん? ...恐いもの? 
ヘッ! 無いね。

恐いものなんざ、ねぇよ


兄貴分
そ、そんな言い方しなくたっていいじゃねぇか、
みんなで楽しくやってんだから...

付き合いってものがあるじゃねぇか。オケラが恐い、アリが恐いってみんなで言ってんだからさ、お前さんも何かあるだろ、言ってごらんよ


源さん
何を言ってやがるンでぇ! おぅ!! さっきから黙って聞いてりゃぁ
何だ!? だらしがねぇ、アリが恐いってヤツぁどいつだ? 

おう! 
てめぇ、ちょっとは恥を知れ、恥を。
いいか、人間は万物の霊長ってんだ。
動物の中で一番偉くて一番賢いのが人間様だ。それが何だ? 

ヘビが恐い、ナメクジが恐い、オケラが恐い、挙げ句の果てにアリが恐いだぁ? 笑わせるなってんでぇ!!


兄貴分
たいそうな啖呵を切るじゃねぇか。
源さんにゃ恐いものは無いのかい? 
ヘビとか、クモとか


源さん
おぅ、ヘビを見たらゾクゾクすらぁ


兄貴分
ほら、やっぱり恐いんじゃねぇか


源さん
ヘッ! 食いてぇンだよ


兄貴分
食う?


源さん
当たり前よ! 場違いな鰻なんぞ食うよりよっぽど旨めぇや!


兄貴分
カエルは?


源さん
ありゃぁトリ肉に似てタレを付けて
焼くと旨めぇ


兄貴分
あ、これは聞いたことがある。
土地によっちゃウシガエルなんてのを食うそうだ


源さん
当たりめぇよ、
ナメクジが恐いってヤツ、
よく聞いとけ。

ナメクジにきな粉を塗して食ってみろ。葛餅よりずっと旨めぇんだ。

クモなんぞ、納豆に混ぜて食うと糸の引き様が全然違って旨めぇの旨くねぇのったらねぇぜ。
ウマはな、馬肉と言ってな、刺し身で食うと旨いんだ。
おれはな、四つ脚のあるものは何だって食うんだ...と、もっとも、
『本当に食うか』って櫓炬燵(やぐらこたつ)を持ってきやがったやつがいたが、こういう当たる ものは食えねぇ


兄貴分
...俺達は落語を聞いてるんじゃないんだよ...


源さん
アリが恐いってやつ、あんなものは
ゴマの代わりに赤飯にパラパラふって食うと、酸味が利いて旨いんだ。
ただ、ゴマが動いて食いにくい


兄貴分
そりゃ食いにくいだろうよ...


源さん ヘッ! この通りよ! 
こちとら恐いものなんざねぇんだ! 
なんでも持って来やがれ
...ってんだ
...あっ
...な、何でも
...ほ、本当だぞ
...恐いものはねぇ
...や
...


兄貴分
な、なんだよ、その「あっ」てのは。
ちょっと調子が変わってきたねぇ


源さん
い、いや...ちょっと、イヤなものを思い出しちまってな...


兄貴分
何を


源さん
いや...
実は恐いものがあったんだ...


兄貴分
なんだよ、散々啖呵切っといて、
いまさら...


源さん
いや、実はおれにもあったんだよ。
いや、つい勢いで啖呵切っちまったけどさ、思い出しただけで寒気がしてきた...
ああ、脈が早くなってきた...
む、胸が苦しい...
ウウッ、持病の癪が...


兄貴分
なんだよ、
急に情けなくなっちゃったな。で、
なんだよ、その恐いものってのは。

言っちまいなよ、そのほうが気が楽になるぜ


源さん
おれの...
恐いものは...
ま...

まんじゅう...


兄貴分
ま...んじゅう? ってのはどんな虫だい?


源さん
虫じゃねぇ、食う饅頭なんだ


兄貴分
食う饅頭? あれか? 
あの、手のひらに収まるくらいで、
丸くって、薄い皮があって、パカッと割ると中にアンコガ...


源さん
よ、よしてくれよ...
饅頭と聞いただけでコワイってのに、
割るとアンコが入ってるなんて...


兄貴分
へぇ、
変わってやがんねぇ、じゃあれか? 
唐饅頭とか、
栗饅頭とかも恐いのかい?


源さん
や、やめてくれぇ! 
いい饅頭になればなるほど恐い!


兄貴分
へー、そんなもんか?


源さん
気分が悪くなってきた...
隣の部屋で休んでいいか?


兄貴分
ああ、そうしねぇ。おぅ、
おめぇ、布団敷いてやんな...
どうだい、源さん、医者呼ぼうか?


源さん
いや...それはよしてくれ...
饅頭で寝込んでるなんて知られたくねぇ...
横になってりゃじきに治る...


兄貴分
なんか薬でも飲むかい?
源さん いいよ、心配しなくても


兄貴分
そうかい、じゃゆっくり休みな...

おい、聞いたか、源の字、源公、あのざまだ。あんな嫌なヤツはいねぇよ、
おれたちが右ってぇと左、
左ってえと右。白いって言えば黒い、
黒いってえと白いってんだ。
「皆で集まって呑もうか」ったって、
「ヘッ」の一言で、一度だって付き合ったことがねぇじゃねぇか。
お前たちだってオケラだのアリだのが本当に恐いわけがねぇじゃねぇか。
みんな付き合いで言ってんだ。
それを言いたい放題言いやがって


若い衆
いや...
おれはホントにアリが恐い...


兄貴分
おめえは帰れ! とにかくだ! 
あの野郎、散々偉そうな啖呵切りやがって、『人間は万物の霊長』だってやがって、
挙げ句の果てに饅頭が恐いだと? 
笑わせるねぇっ!?


若い衆
どうだろうね、ここらであの野郎をギャフンと言わせるためにさ、饅頭買ってきてあいつの寝てる枕元に山積みにしてやろうじゃねぇか


兄貴分
そいつぁ面白れぇや! 
乗ったよ、その話!


若い衆
よしなよ、饅頭のことを思い出しただけであんなに蒼くなって寝込んじまったんだよ、饅頭を見せてごらんよ、
死んじまうよ


兄貴分
いいよ、死んだって...
いいんだよ! 世のため人のためになるヤツじゃないんだ。死ねば喜ぶやつが大勢いるはずだ


若い衆
でもさ、饅頭で殺したから
「餡(暗)殺」だなんて...


兄貴分
いいねぇ、アンサツなんて...
よーし、源公に永年の恨みを晴らしたいヤツは早速銭をはたいて饅頭を買ってこい! 
いろんなのがあった方が面白いや!







ずいぶんと揃ったねぇ...
唐饅頭に田舎饅頭、蕎麦饅頭、栗饅頭に腰高饅頭、葛饅頭、中華饅頭、豆大福...大福ってのは饅頭か? 
まぁいいや


よーし、
この饅頭を全部盆の上に載せて、
このままヤツの枕元に持っていこうじゃねぇか。で、ヤツがキューッと参っちまったところですぐに医者を呼んで来ておくれよ。
ホントに殺しちまったらこっちが警察に引っ張られて面白くねぇからな。
いいかい、
石屋じゃないよ、医者だよ。
墓を建てようってんじゃないからね。
石屋は早すぎますよ...


そうだ、
今のうちに湯を沸かしといておくれ。
何でって、野郎が片付いたらみんなで茶を飲みながら饅頭食おうってんだよ


若い衆
おれに葛饅頭をひとつおくれよ


兄貴分
おい、意地汚いねぇ。
野郎を片づけるのが先だよ


若い衆
いや、食おうってんじゃないんだ。
葛饅頭って柔らかいからさ、野郎の頭に思いっきりぶつけてやったらさ、
おでこに張り付いて
『うぎゃぁっ、饅頭に食いつかれたぁ』なんて右往左往...


兄貴分
お、いいねぇ、
その右往左往ってのが。じゃ頼むよ、
葛饅頭。

じゃ、ひのふのみ、で襖をあけとくれ、枕元へスッと置くから。
それから葛饅頭のうぎゃぁ、で右往左往だよ。いいかい、

ひの、ふの、みっ


若い衆
どうだい?


兄貴分
いや、布団被ってガタガタ震えてて、
様子がわからねぇ...

源さん...

源さん、どうだい...


源さん
なんとか、
動悸は治まったようだが...
まだ寒気がして...
なにやらうつつとなく幻となく...
饅頭が目の当たりにあるような
気がして...


若い衆
虫が知らせたのかねぇ...
目の当たりにあるような気がするとよ


兄貴分
へへっ...源さん、俺達はあっちの部屋でいるけどさ、ちょっと起きて、目の当たりに見たらどうだい


源さん
うるせぇな、まったく。
起きて、目の当たりに見ろだと...


薬でも持ってきてくれたのかい? ...

あぁっ、

枕元にっ、こんなに饅頭が!! 

ああぁっ、こ、こんなに山盛りに! 

うぎゃぁぁぁっ




兄貴分
始まった始まった。うぎゃぁ、
で右往左往だぜ


源さん
恐いーっ、恐いよぉっ、
なんだ、こりゃ、唐饅頭、
なんて恐いんだぁっ(もぐもぐ)、 
中は黒餡だぁっ、(もぐもぐ)
おれは粒餡よりはこし餡の方が恐いーっ(むしゃもぐ)


若い衆
な、なんだよ、
その「むしゃもぐ」ってのは...
ああっ、見てみろよ、
一杯食っちゃった!


兄貴分
食ったんじゃない、食われたんだ! あいつ、饅頭食ってるよ!!


若い衆
ふざけやがって、こん畜生! 
葛饅頭でも食らいやがれ! えいっ!


源さん
(ベチャッ)こらっ、せっかくの恐い
葛饅頭が潰れちまったじゃねぇか! 
ったく罰当たりめ...

うわーっ、
こりゃ恐いや(もぐもぐ)、
この葛の皮のツルッとしたところが(クチャクチャ)恐いこわい。
こう恐くちゃ目の当たりに置いておけねぇや、風呂敷き貸してくれぇ


兄貴分
饅頭をたもとに突っ込んでやがる...

やい! 

源公! 

お前の本当に恐いものは
いったい何なんだ!



源さん
いやーぁ、
今度は苦〜いお茶が一杯恐い








まんじゅうこわいというお話でした


お後がよろしいようで





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長屋ノ花見 弐


大家
たいへんな人だなあ



...この人通りを見て、
考げぇたんですけどねぇ...


大家
なにを?



これだけの人から一銭ずつもらっても
大変なものですぜ


大家
おぃ、
そんなみみっちぃことを云うもんじゃぁねぇ。
もっと大きなことを云えねぇか!?



大家さんッ!


大家
な、なんだ?



しばらく札で鼻をかみませんねぇっ


大家
よせよ、下らないよ。
通る人が笑ってるじゃぁねぇか。
しょうがねぇなぁ、ったく...
それ、上野だ。
みてみろ、きれいに咲いてるじゃぁねぇか 



あぁ、こりゃぁいいや


大家
さあ、
このすりばち山の上の方が見晴らしがいいぞ



いや、なるべく下の方へ行きましょうよ


大家
下の方?



下の方がいいですよ、下の方。な、みんな



そうそう


大家
どうして? 
下の方はほこりっぽくていけねぇ



いゃぁ、ほこりなんざどうでもいいんですよ。
それよりね、上の方で本物を呑んで、
食ってるでしょ。ひょっとしたら何かの拍子に、
うで卵か何かが転がってこないとも限らねぇ..


大家
そんな賤しいことを云うんじゃぁないよ...
まぁ、どこでもいいや。
おめぇたちの好きなところへ毛氈を敷きな



も...へっ、そうそう。毛せんでした。
毛せん、どこ行った?



おぃ、見ろよ、毛せんの係りを...
あんなとこへ突っ立って、
本物呑んでんのをうらやましそうに見てるぜ。
見てたってしょうがねぇじゃぁねぇか...
おーぃ、毛せん! 毛せんだよ! 
おぃ、毛せんを持って来なよ! ...
ぜんぜん、気がつかねぇ



だめだめ。そんなんじゃぁダメだよ...
いゃ、だめなんだよ。
本人は毛せんなんぞ持ってる了見じゃぁねぇんだから...

おーい、毛せんのむしろ、持ってこい!


大家
おぃおぃ、
毛せんのむしろたぁなんてぇ言い草だ?



だって、
そう云わなくちゃ気がつきませんから...
ほらほら、持って来た


月番
すいません。いえ、ね、あすこで、
あんまりうまそうに本物やってるもんですから、
つい...



こっちだって、始まるんだよ。
がぶがぶのぼりぼりが...


大家
よせよ、そんなことを云うもんじゃぁないよ。
さぁ、毛氈を敷くんだ...おぃ、どうするんだ、こんなに細長くならべて敷いて...


月番
こうやって、一列に坐りましてね、
通る人に頭を下げて...


大家
なにを云ってんだよ。
物乞いの稽古をしてどうするんだよ。
みんなでまぁるくなって坐れるように敷かなきゃいけねぇじゃぁねぇか...

そうだ、そうだ。それでいいんだよ。
じゃぁ、さっそくお重と一升瓶を真ん中に出して、湯飲み茶碗はめいめいが取るんだ。

さぁ、
きょうはおれのおごりだと思うと気詰まりだろうから、ンなこたぁ忘れて、遠慮なくやってくれ



だれがこんなモノ、
遠慮して呑むやつがいるもんか...


大家
なにィ?



いぇ、こっちのことで...


大家
さぁ、幹事、ぼんやりしてちゃぁいけねぇ。
どんどん酌をして
回らなきゃいけねぇじゃぁねぇか


月番
へ、へい、じゃぁ留さん、いっぱいいこう



そ、そうかい? 
じゃぁ、ついでもらおうか...
ほんのおしるしでいいよ。
ほんのおしるしで...お、
っとっとっと...とっと..も、もういいよ! おぅ! おしるしでいいってぇのに、
どうしてこんなにつぎゃぁがった! 
おれが茶碗を引いてるってぇのに、
おめぇ、グィグィ押し付けて注ぎやがったな! 
おぅ、おめぇ、
おれに何かうらみでもあるのか? 
覚えてやがれ、べらぼうめ!


大家
なんだな、いっぱい注いでもらったら
喜ばなくっちゃぁいけねぇじゃぁねぇか



喜べって...
冗談じゃぁねえや...
あっしゃあ小便がちけぇから、
あんまり湯や茶はやりたくねぇんで...



おう、おれにくんねぇ。
さっきから喉が渇いてしょうがねぇんだ...
うん、うん...なるほど、
へへっ、こりゃぁ色だけは本物そっくりだ。
これで呑んでみると違うんだから情けねぇなぁ.
ねぇ、大家さん


大家
なんだ?



大家さん、いい酒ですねぇ


大家
そうか。
そりゃぁ嬉しいことを云ってくれるじゃぁねぇか



こりゃぁ宇治ですか?


大家
酒が宇治てぇことがあるか。
灘だよ。灘の酒だとお云いよ



いゃぁ、これだけの酒ともなると、
宇治にちげぇねぇや


大家
さぁ、酒らしく、
一献けんじましょうか、くれぇのこと、
云ってみな



じゃぁ、勝っちゃん、一献けんじよう



いゃぁ...献じられたくねぇ



おぃ、断るなよ。みんな呑んだんじゃぁねぇか。おめぇひとりだけ逃れようったって
そうはいかねぇ。
これもすべて前世の因縁だと思って、
諦めて...南無...


大家
おぃ、妙な勧め方するなよ



一献けんじよう、紙くず屋の大将


大家
それを云うなら、紙屋の大将と云いな。
聞こえがいいじゃぁないか



そうですかねぇ...
おぅ、紙屋の大将! ...
クズの方の...


大家
それじゃぁおんなじじゃぁねぇか



さぁさぁ、どんどんやっとくれ。
そっちの猫の皮剥きの親方


大家
そう、いちいち商売を云うなよ...
さあ、どんどん遠慮無しにやってくれ。
おい、亀さん、お前、さっきからみてるけど、
ほんのひと口しか呑まないな。どんどんおやりよ



いゃ、あっしゃぁ下戸なんで...


大家
そんなこと云わずに、やってごらんよこの酒はいい酒だから下戸でも呑めるから



えぇ...あっしゃぁふだん、
あまり冷てぇのをやらないんで


大家
そうかい? 冷やはやらねぇのかい?



ええ、いつも焙じたのをやってるんで


大家
酒を焙じてどうするんだよ...
辰っあん、お前さんもやんな



下戸です!


大家
下戸なら下戸で、食べるものがあるじゃぁないか



...一難去ってまた一難ときたか...


大家
なにぃ?



いぇ、なんでもねぇんです...え? 
卵焼きですか? 
あっしゃぁね、このごろすっかり歯が悪くなっちゃって、この卵焼きはよく刻まねぇと、
食べられねぇかと...


大家
卵焼きを刻むやつがあるもんか...
じゃぁ、寅さん、おまえさん、肴はどうだぃ?



じゃぁ、その白い方を下さい


大家
色味で云うなよ。かまぼこなら、かまぼこと、
大きな声で云いなよ



じゃぁ、その...でこぼこを


大家
でこぼこってぇやつがあるか! 
そら、かまぼこだよ。少し厚めのをやるよ



へぃ、すいません。あっしゃぁねぇ、
このかまぼこが好きでしてねぇ


大家
そうかい、そりゃぁよかった。
そんなに好きかい?



えぇ、なにしろ、毎朝、千六本に刻んで、
おつけの実にします、へぃ。
それに胃が悪いときにゃぁ
かまぼこおろしにして...


大家
なんだィ?



このごろは練馬の方へ行きましても、
すっかりうちが建て込んじまって、
かまぼこ畑が少なくなりやしたねぇ


大家
かまぼこ畑なんてぇものがあって堪るか!



でもね、あっしゃぁ、どっちかてぇとかまぼこの葉っぱを浸しにして...


大家
いい加減にしな! 
ばかばかしい、早く食べちまいな!



へぃ...う、こ、こりゃぁ、
漬けすぎてすっぺぇや


大家
酸っぱいかまぼこがあるか...
お前はもういいよ! 竹さん、おめぇさん、
なんかやりなさいよ



すいません、じゃぁ、卵焼きをひとつ...


大家
うまいなぁ、向こうのやつが
こっちをヒョィと見たよ...へへっ、
じゃぁひとつ、卵焼きらしく、音を立てねぇように食べておくれ



えっ? 音を立てねぇで?こりゃぁ驚いたねぇ、
この卵焼きを音を立てずに食うのは至難の業..


大家
そこをひとつ、やっとくれ、と頼んでるんだ。
さ、やっとくれ



そこをひとつ、ったって...おぅっ...
あむっ...う、うぐうぐっ...
うぐぐぐっ...



おい、竹さん、どうした、しっかりしなよ



かわいそうに、卵焼きを丸呑みにして、
喉につっかえたんだよ。
背中をひっぱたいてやりな。どーんと、ひとつ



そーれ! (ドン、ドン)
竹さん、しっかりしろい!



あー...フワァ...た、助かったぁ...
みんな、卵焼きは気をつけろ、
これを音を立てずに食うのは命懸けだぜ


大家
さぁ、酒が回ったところで、
威勢良く都都逸でも始めな



...冗談じゃぁねぇや...
これで唄なんか唄ってりゃぁ
狐に化かされてるようなもんだ...


大家
おぃおぃ、
いちいち変なことを云ってちゃあいけねぇなぁ。
お花見なんだよ。なんかこう花見に来たようなことをしなくちゃぁ...そうだ。
六さん、お前さん、俳句をやってるそうだな。
どうだ、花見に来たような句をよんでくれねぇか



そうですねぇ...花見の句...どうです、
「花散りて 死にとうもなき 命かな」てぇのは?


大家
なんだか、寂しいなぁ。他には?



では
「散る花を なむあみだぶつと いうべかな」


大家
なお陰気だよ



なにしろ、
がぶがぶのぼりぼりじゃぁ陽気ンなりようがねぇ


大家
愚痴を云っちゃういけねぇなぁ...
誰か陽気な句はないかい?



大家さん、いま作った句を書いてみたんですが、
こんなのぁどうでしょう


大家
おぅ、勝っあん、できたい? おぉ、お前さん、
矢立てなんぞ持って来たとは、風流人だねぇ。
いや、感心したよ...
どれどれ、「長屋中...」、うんうん、
長屋一同の花見てぇことで、
長屋中と始めたところは嬉しいねぇ。
「長屋中 歯を食いしばる 花見かな」 え? 
なんだって? この「歯を食いしばる」てぇのはいったい何なんだい?



なーに、別に小難しいこたぁねぇんで、
あっしのウソ偽りのねぇ気持ちをよんだまでで.
まぁ、早い話しが、どっちを見ても本物を呑んだり食ったりしてるでしょ。
ところがこっちは、がぶがぶのぼりぼり...
あぁ、実に情けねぇ、と思わずバリバリッと歯を食いしばったという...


大家
おいおい、止めとくれよ。だいいち、周りの連中だって、なにを食ってるか分かりゃぁしねぇぜ。
あんな顔したって、どこもおんなじようなもんだ



へっ、ンなこと云ったって、こうこで番茶なんぞ呑んでるやつが他にいてたまるけぇ...


大家
おいおい、どうも弱った連中だなぁ。
おめぇたちはどうも心構えが後ろ向きでよくねぇ。気分直しに、今月の月番、
景気良く酔っ払っとくれ


月番
えっ!? 酔うんですか? 
酔わねぇふりをしろってんならできますけどね、
酔ったふりなんて、
考げぇたこともねぇから...


大家
そこをひとつ、まげて酔っとくれ。
あたしゃ別に恩を着せる気はねぇが、
お前さんの面倒はずいぶんみてるはずだよ


月番
へぃ、そのとおりでござんす。
大家さんにそう云われちゃぁ、
あっしゃぁ一言もありません。
一宿一飯の恩義に絡まれて、
あっしゃぁ酔わせていただきます


大家
まぁ、ご苦労だが、ひとつ頼むよ。
威勢良く酔っ払って、
べらんめぇかなんか云っとくれ


月番
へぃ、それじゃぁ、大家さん


大家
なんだい?


月番
さて、つきましては...酔いました。
えぇ、改めまして...べらんめぇ


大家
なんだい、そりゃぁ...
そんな酔っぱらいがあるもんか...
じゃぁ、来月の月番、おめぇも幹事だろう。
さぁ、うまいところ酔っとくれ



いやなときに幹事になっちゃったなぁ...
へぇ、そりゃぁ幹事の役目でござんすから、
酔えとおっしゃられれば、酔いますけど、
なにぶん手ぶらじゃぁ酔い難いや...
その湯飲み茶碗を貸してくれ...
さぁ、酔ったぞぉ、あぁ、酔ったとも!


大家
その調子、その調子



おりゃぁ酒呑んで酔ったんだぞ! 
番茶で酔ったと思うかぁ、ふざけるねぇ!


大家
余計なことを云わなくていいよ



いゃぁ、断らなきゃぁ気が違ったと思われちまいますから.さぁ、酔っぱらった。酔っぱらった。
すっかりいい気持ちになってきたぞ。
こうなりゃぁ地所でも売り飛ばしちまおぅ


大家
いいねぇ、景気がいいよ。
しかし、地所なんぞあるのかい?



...ガキのこさえた箱庭が...


大家
しまらねぇなぁ、云うことが...



さぁ、酔った! 貧乏人だ、
貧乏人だとバカにすんねぇ! 
借りたもんなんざぁ
どんどん利息をつけて返してやらぁ!


大家
いいぞ、いいぞ



ほんとだぞ、大家がなんでぇ! 
店賃なんざ払うもんけぇ!


大家
悪い酒だなぁ...どうだ、いい酒だろぅ。
えぇ? 酒がいいから、
いくら呑んでも頭に来ないだろ?



頭にゃぁ来ないけど、腹がダブついて...


大家
どうだ、酔っぱらった心持ちは?



酔った心持ち? ...


大家
でもおめぇは感心だ。
よく酔ってくれた。長屋の連中の手本だ。
おぃおぃ、みんな、
どんどんとお酌してやっとくれ



さぁ、こうなりゃぁ、
みんなのぶんもまとめて面倒見るから、
どんどん注いでくれ! 
おっとっと、ずいぶんこぼしちまった...
もっとも、
こぼしたって惜しいような酒じゃぁねぇが...
さぁ、呑むぞ、
あっ、大家さん、大家さん... 


大家
なんだ?



近々、
うちの長屋にいいことがありますよ、きっと..


大家
おぅ、嬉しいねぇ。
そんなことがわかるかい?



わかりますとも


大家
どうして?


茶碗の中を覗いてご覧なさい。
酒柱が立ってます





長屋ノ花見 壱

月番
さあ、これでみんな揃ったかい? えぇ?



揃ったようだけど、なんだい?


月番
いゃぁ、実は、
みんなを呼んだのは他でもねぇが、
大家がね、月番のおれを呼んで、
みんな顔を揃えてきてくれ、と、こうだ


ふーん、何のようだろうねぇ


月番
なんだか分からねぇが、
おれのかんげぇじゃぁ、ひょっとしたら
たなちんの催促じゃぁねぇか、と思うんだ
みんなから店賃を取ろうってぇんだ



店賃を? 大家が? 
そりゃぁ、図々しい話しだ


月番
図々しいってぇことたぁねぇ。
しかし、なんだなぁ、
大家が催促をするてぇからにゃぁ、みんな相当に溜めてんじゃぁねぇかと思うんだが、
どうだい? 留さんちなんか



いやぁ、面目ねぇ


月番
面目ねぇ、なんてぇとこを見ると、
あんまりもってってねぇな



いや、それがね、
ひとつやってあるだけに、面目ねぇ


月番
そんなら何も面目ねぇなんてぇこたぁねぇ。
店賃なんてモノは毎月ひとつ持ってきゃぁそれでいいもんだ



おめぇ、そりゃぁ、
毎月ひとつ持ってってりゃぁ、
誰も面目ながりゃぁしねぇやな


月番
まぁ、そう云やぁそうだ。
じゃぁ、半年前にひとつくれぇか?



半年前ならおお威張りだ


月番
一年前か?



一年前なら面目なくねぇや


月番
三年くれぇか?



三年前なら大家の方から礼にくらぁ


月番
来やしないよ。じゃぁ、
おめぇはいってぇ、いつ持ってったんだい?



まぁ、月日の経つのは早ぇって云うが...
あれはおれがこの長屋に越して来た月のこったから、指折り数えて十八年くれぇにゃぁなるかな?


月番
十八年? 仇討ちじゃぁないんよ! ...
辰ちゃんちはどうなってる?



まことに、すまねぇ


月番
いや、謝られてもしょうがねぇけど、
店賃、どうなってる?



その、店賃、ってぇのは、何だ?


月番
おいおい、店賃、知らねぇやつがいたよ!
しょうがねぇなぁ...寅さんとこはどうだい?



何が?


月番
何が、じゃないよ。店賃だよ



店賃だぁ? 
そんなもん、未だにもらったことがねぇぞ!


月番
あれ、この野郎、店賃、もらう気でいやがる。図々しいにもほどがあらぁ...
店賃てぇものは、おめえが大家に持ってく金じゃぁねぇか



おれから? 
へぇ、そいつぁ、初耳だ


月番
無茶云うねぇ...六さんは? 
おめぇさん、なかなかきちんとしたとこがあるから、店賃は持ってってるだろう?



いや、そう云われるてぇと恥ずかしいが..
確かに持ってってる


月番
えらい! これだよ、感心だ。
いつ持ってった?



そうだなぁ...
おれが、おふくろの背中におぶさって...


月番
...あきれたねぇ...
そりゃぁ何十年前の話しだ? 
古過ぎらぁ... 亀さんは?


じつは、五年以前に亡くなった親父の遺言でなぁ...臨終の枕元におれを呼んで、
苦しい息の下でこう云ったんだ。

『これ、せがれや...おれも長ぇあいだ、
この長屋に住んでいたが、いまだに店賃てぇものを払ったことがねぇ。どうぞお前の代になっても、店賃を払うような、そんなだいそれた了見だけは起こしてくれるなよ...』と、
涙ながらにおれの手を握った...まもなく、
息は絶えにけり...南無阿弥陀仏...


月番
いい加減にしろい! 
どこの世界にそんな遺言する親父がいるんでぇ 勝ちゃんとこは?



右隣のうちの話しじゃぁ、
払ったのは十八年前、左隣のうちの話しじゃぁ、
店賃を知らない。向こう三軒両どなり、
ご近所一帯が店賃を出してねぇってぇのに、
うち一軒が払っては、近所付き合いの手前、
面目が立たねぇ。店賃は払いてぇ。
払いてぇ気持ちはやまやまだけど、それは自分の胸にグッと堪えて、浮世の義理との板挟み、
まことに辛い...


月番
こりゃぁどうにもしょうがねぇなぁ。
こうして聞いてみると
だれ一人払ってねぇってぇわけだ。
こいつぁ、ことによると店立て ?!
食わせられるかも知れねぇぜ。
まぁ、そうなったらそうなったときのことだ。
とにかく行ってみようじゃぁねぇか。
いいか、おめぇら、なるべく頭を低くしてろよ。
だってそうじゃぁねぇか、そうしときゃぁ、
大家が小言を言ったって、小言がスーッと頭の上を通り越しちまうから..

さぁ、大家のうちだ...あ、いるいる...
小難しいツラしやがって、
新聞なんぞ読んでるぜ..

あの顔つきからして、いよいよ店立てだな、
こりゃぁ...



おいおい、脅かすなよ


月番
じゃぁ、入るからな...頭、下げてろよ...
えぇ、大家さん、おはようございます。
えぇ、お言葉どおり、
長屋の連中、雁首揃えてやって参りました。
なんかご用でございましょうか?


大家
なんだ、
そんな戸袋ンところへかたまって...
いいから、みんなこっちィ入ンな


月番
いいえ、ここで結構です。すいませんが、
店賃のことでしたら、
もう少し待っていただきてぇんですが...


大家
店賃? あぁ、そうか...
おれが呼びにやったてんで、店賃のことだと思ったのか? そんなら心配するな。
今日は店賃のことで呼んだんじゃぁねぇんだ


月番
あ、じゃぁ、店賃はもう諦めましたか


大家
いゃ、諦めちゃぁいねぇ



おぉ、こりゃぁ執念深けぇじゃぁねぇか
大家 執念深いてぇことがあるか。ま、
店賃はいずれ入れてもらわなきゃならねぇが、
今日はそんなことで呼んだんじゃぁねぇ。
まぁ、いいからこっちへ来な



へぃ、どうもおはようごさいます



おはようござんす



おはようございます



おはようす



おはようさんです



おはようございます


大家
もういいよ、
そうみなでおはよう、おはようと云わなくても、
ひとり云えば分かるから


月番
じゃぁ、あっしが月番ですから、
みなに成り代りまして、えぇ、
おはようございます


大家
ああ、おはよう。
そうだ。お前さんが月番だから、
これもまとめて云うけど、
おれだってあんな小汚ねぇ長屋貸しとくんだから
店賃はそう気にしちゃあいねぇからな


月番
ええ、そりゃぁ、あっしたちだって、
あんな薄汚ねぇ長屋借りてるんですから、
店賃なんてぜんぜん気にしちゃあいませんから、
大家さんもどうかご安心なすって


大家
だれが安心なんぞするもんか。
まあ、みんな楽じゃぁねぇだろうが、
ぼつぼつ少しずつでも入れてくんなくちゃぁ
いけねぇ。だけど、楽じゃぁねぇと云えば、
世間でうちの長屋のことをことを
「貧乏長屋」なんて云ってるそうだな


月番
え? えぇ、貧乏長屋の戸無し長屋って云えば、もう、音に響いておりやす


大家
なんだ、その戸無し長屋てぇのは?


月番
長屋中全部、戸がねぇんで


大家
そんなはずはねぇ。仮にも人が住まううちに戸がねぇなんてぇことがあるか


月番
えぇ、まぁ、はじめのうちは確かに
戸があったように思います。
けどねぇ、なにしろ湯を沸かすったって、
飯を炊くったって、燃すものがなきゃあできねぇでしょ。だから、しょうがねぇんで、
雨戸をだんだん燃しちまったんで...


大家
おいおい、いけねぇな、それは。戸締まりがしてなくっちゃぁ不用心でしかたあるめぇ
話は変わるが
「銭湯で上野の花のうわさかな」なんてぇことを云うだろ。いい陽気になってきたなぁ


月番
ええ、まったくいい陽気ですねぇ


大家
おもてをぞろぞろと人が通るじゃぁねぇか


月番
へぇ、どこへ行くんですかねぇ


大家
決まってるじゃぁねぇか。花見に行くんだ


月番
へぇ、結構な身分ですねぇ。
あっしたちだっておんなじ人間なんですから、 あんな身分になってみてぇもですねぇ


大家
それなんだ。みんなを呼んだ用てぇのは..


月番
へぇ?


大家
うちの長屋を貧乏長屋なんて云われんのは
癪に障ってしょうがねぇ。どうだい、ひとつ
陽気に花見にでも出かけて、貧乏神を追っ払っちまおうと思うんだが、どうだい? 
なまじっか、女っけのねぇほうがいい。
野郎だけで繰り出そうと思うんだが、どうだい?


月番
へぇ...花見ねぇ...で、
どこへ行こうてぇんです?


大家
上野の花が満開だそうだ。
近間でいいから、どうだい?


月番
上野ですか...するてぇと、長屋の連中が
ぞろぞろ出かけて、花ァ見て、ぐるっと一回りして帰ってこようってぇわけですか?


大家
そんなぐるっと歩くだけの花見なんてぇ
間抜けな花見があるか。酒、肴をもってって、
わーっと騒がなくっちゃあ、行った甲斐てぇものがねぇじゃぁねぇか


月番
酒、肴ですかぃ? 
どこにそんなものがあるんですかぃ? 
どっかでかっぱらって来ますか?


大家
おい、そんなことを云ってちゃぁだめだ。
そっちの方はおれが用意したから安心しな。
おめぇらは身体だけもってってくれりゃぁいい


月番
へぇ! 
大家さんが酒、肴を心配してくれたんですか!?


大家
ああ、ここに一升瓶が三本あらぁ。
それにこの重箱の中にゃぁかまぼこと卵焼きがへぇってる。酒肴ったってこれだけなんだが、
どうだい? みんなで出かけるか?


月番
え? 一升瓶が三本に? かまぼこと卵焼き? それだけみんな大家さんのおごりですかい!?


大家
どうだい? 上野の山、行くかい?


月番
行きますよ。行きますとも...
それだけ用意ができてりゃぁ、上野はおろか、
アラスカへでも行っちまいます


大家
ペンギンと花見しようてぇんじゃぁねぇ。
上野でいいんだよ。じゃ、みんな行くかい?
そうかい。そうと決まれば善は急げだ。
さっそく繰り出そうじゃぁねぇか。それじゃぁ、
今月の月番、おめぇさん、
今日はひとつ幹事を務めておくれ


月番
えぇ、あっしですか? 幹事...
幹事てぇことになりますてぇと、
お毒味役てぇことで、ひとより余計に飲み食いもしなきゃぁなりませんねぇ



おぃおぃ、
幹事になるとそんな役得があるのかい? 
じゃぁ、大家さん、あっしゃぁ来月の月番ですから、あっしも幹事に立候補しやす


大家
あぁ、じゃぁ、おめぇさんも幹事におなり


月番
じゃぁ、これで出かけましょう。
さぁ、みんな、これから大家さんにごちンなろうてぇんじゃぁねぇか。
よーっく、お礼を申し上げろ



どうもありがとうござんす



ごちそうさまです



哀れな親子が助かります


大家
おぃおぃ、物乞いじゃぁねぇんだぞ...
そんなにみんなに礼を云われるてぇと
ちょぃと決まりが悪りぃなぁ...
まぁ、後の喧嘩、
先にしとかなきゃならねぇてぇから、
ちょぃと種明かしをするとだなぁ...
月番 種明かし?


大家
あぁ、
実はこの一升瓶の中身は本物じゃぁねぇんだ


月番
えっ!?


大家
番茶を煮出して水で割って薄めたんだ。
どうだ。酒に見えるだろう?


月番
え...あ、あの、これ...番茶ですか?
 それじゃぁ酒じゃぁなくて、
お茶け?


大家
まぁ、そういったところだ


月番
でも、大家さん、
かまぼこと卵焼きは本物なんでしょう?


大家
おいおい、馬鹿を云っちゃぁいけねぇ。
それに本物を買うくらいなら、
五合でも酒を買うじゃぁねぇか


月番
...すると、こっちぁ、なんです?


大家
まぁ、論より証拠だ。ふたを取って、
自分で見てみな


月番
そうですかィ...ふたをとって...ああ...大根のこうこと沢庵だ...


大家
そうだ。沢庵は黄色いから卵焼きだな。
大根のこうこは月形に切ってあるだろ。
これで誰が見たってかまぼこだな


月番
そりゃぁ、見た目にゃ、ね...しっかし、
こりぁゃおでれぇたなぁ...
がぶがぶのぼりぼりだとさ... 


大家
まぁ、いいじゃぁねぇか。
向こうへ行って、「かまぼこがオツだぜ」とか
なんとか云いながら、なるべく歯に当てねぇように食べて、小さいもので呑んでりゃぁ、
かまぼこで酒呑んでるようにみえるじゃぁねぇか


月番
そりゃぁ見えるでしょうよ。見えますけどね、
やってる当人としちゃぁねぇ...どうだい? みんな、これでも出かけるかい?



がぶがぶのぼりぼりィ? 
御免こうむろうじゃぁねぇか、なぁ、みんな!



そうだよ、
おれぁこの頃胃のぐえぇがよくねぇんだ。
たくあんなんぞ齧りながら番茶がぶ飲みなんぞした日にゃぁおっちんじまわぁ!


大家
ほう、そうかい。おめぇさんたち、
そういう了見かい? そうかい。分かったよ。
それなら、明日にでも溜まってる店賃、
耳を揃えて...



お、大家さん、
そんな脅かしっこ無しですよ...


月番
なぁ、みんな、
大家さんがせっかく用意してくれたんだから、
その気持ちにすまねぇから、
行こうじゃぁねぇか...



ま、向こうへ行けばみんな浮かれてるしよぉ


月番
うんうん



がま口のひとつや二つは...


月番
そうそう、落っこちてねぇとも限らねぇ...



おう、それを頼りに、ひとつ心丈夫に...


月番
出かけようじゃぁねぇか...


大家
おい、変なことを云うもんじゃぁねぇ。
ともかく、みんな出かけるんだね


月番
へぃ、出かけますとも。
えぇ、こっちゃぁ焼けクソですから


大家
焼けクソで花見ィ行くヤツがあるかい。
おいおい、それじゃぁ幹事、
さっそく働いてもらうよ
金 えっ!? あっしも幹事ですか?


大家
おめえさんが立候補したんじゃぁないか



あぁ、えれぇ時に幹事になっちゃったなぁ...へぃ、大家さん、なんでござんしょう?


大家
後ろの毛せんを持ってきておくれ 


毛せん? 毛せんなんかありませんが...
大家さん、むしろしか...


大家
おれが毛せんだって云ったら、
毛せんだと思ゃあいいんだよ



へい...なんてぇ横暴な話しだ? 
へぃ、持って来やした。むしろの毛せん!


大家
余計なことを云うもんじゃぁねぇ。いいか、
それを向こうへ行ったら下へ敷くんだ...
えぇと、そうだな。その重箱を包んだ風呂敷きをくるんで、縄を掛けて...そうそう。
そこの竹の棒を通して...
よし、これで担げるだろう。
今月と来月の月番。
おめえら、幹事二人でそれを担いで来な


月番
これを担ぐんですか? 
へぇ、むしろの包みを担いでねぇ...
こいつぁ、花見行こうってぇ格好じゃぁねぇや.ネコの死んだのを捨てに行くようだ...


大家
変なことを云うんじゃぁないよ...
さぁ、したくはいいかい? ではでかけよう。
月番、出かけとくれ


月番
へぃ、じゃぁ担ぐよ、上げるよ...よっ、と.
じゃぁ大家さん、出かけます。
ご親類のかた、揃いましたか?


大家
おいおい、なにを云ってんだ。
弔いの行列じゃぁねぇ。
さぁ、ひとつ陽気に出かけよう。
そら、花見だ、花見だ!



ほれ、夜逃げだ、夜逃げだ


大家
誰だ? おかしなこと云ってんのは



なぁ、どうもこう担いだ格好てぇのは
あんまりいいもんじゃぁねぇなぁ...


月番
そうよなぁ...
しかし、おれとおめぇとはどうしてこう、
担ぐのに縁があるかなぁ...



そう云えばそうだなぁ...去年の秋だよ、
海苔屋の婆さんが死んだときよ


月番
そうそう、
冷てぇ雨がショボショボ降ってたっけ...



だけどよぉ、
あれっきり誰も骨上げに行かねぇなぁ...


月番
ああいう骨はどうなるんだ?


大家
おぃおぃ、花見ィ行くってぇのに、
なんてぇ暗い話しをしてるんだ、おめぇらは!
もっと明るいことを云って歩け!



へぇ...明るいって云えば、昨日の晩よ


月番
うん、うん



寝てるてぇと、
天井の方がやけに明るいと思ったら、お月様よ


月番
へぇ、寝たまま月が見えるのかい?



あぁ、よく見えらぁ


月番
どうして?



雨戸を全部燃しちまって、
もう燃すものが無くなっちまったからなぁ、
昨日の朝よ、おまんまを炊くのに困って、
天井をはがして燃しちまった。
だから、寝ながらにして月見ができるてぇわけだ


月番
そいつぁ風流だ



おめぇもやってみな


月番
あぁ、さっそく今晩にも...


大家
おいおい、店賃も払わねぇで、
うちを壊すやつがあるか!



へぇ、すいません...しかし、大家さん、
ずいぶん大勢、人が出てますねぇ


大家
たいへんな人だなあ



...この人通りを見て、
考げぇたんですけどねぇ...


大家
なにを?



これだけの人から一銭ずつもらっても
大変なものですぜ


大家
おぃ、
そんなみみっちぃことを云うもんじゃぁねぇ。
もっと大きなことを云えねぇか!?



大家さんッ!


大家
な、なんだ?



しばらく札で鼻をかみませんねぇっ


大家
よせよ、下らないよ。
通る人が笑ってるじゃぁねぇか。
しょうがねぇなぁ、ったく...
それ、上野だ。
みてみろ、きれいに咲いてるじゃぁねぇか 



続く