人目を引く容姿に、落ち着いて静かな雰囲気は、インチキの代名詞と言われる香具師らしからぬものだった。

「香具師か。ここで人を騙せば街から出られんぞ」
「僕のは治療用だ。そもそもむやみやたらに人には売れない」

のっそのっそと歩む鳥竜の横を歩きながら、フェイは興味本位で訪ねる。
見上げた香具師の顔に落ちる髪は白銀色で、まだ見ぬ地の果ての国を思わせる。
分けた前髪に、襟には届かない短い後ろ髪。
砂埃で衣は汚いが、どことなく身なりには品がある。
香具師というよりは医者、それも国の中央で見た宮廷医官を思い出させた。 

「少しは効くのか」
「病気次第だ。効くものもあれば鎮痛しかできないものもある。僕は香具師だ、医者のような治療はできない」

むしろ治療を拒否するような口振りに、フェイは好感を持った。

「街に着いたなら、兵の詰め所に来い。宿と食事は世話してやる。病の者がいる」
「分かった」

歩くのに飽きたフェイは、そう言い残す。飛び立つと、翼に風を受けて再び街を目指した。
再び香具師が遠い点になる。
見たことのない生き物、そして異邦人の香具師。
フェイは、一時の退屈しのぎの訪問に気分が紛れるのを感じた。


「ちょっとぉ、あんたいつまでここに居られるのよ?」

明るい笑い声が、部屋から漏れる。
娼婦のマリーナの甲高い声だ。
喋り声は五月蠅いのだが底抜けに明るく、どこか憎めない。
自由奔放で酒と楽しいことが大好きな、愛嬌のある顔立ちで人気の女だった。

「今は楽になっても、お酒を減らさない限りまた胸の痛みは再発しますよ」
「ええ、ええ」

聞いているのかいないのか、マリーナは調子の良い返事をする。

「いいですか、この香は今一度きりしか使えません。痛み止めが効いてるだけですからね」
「少し売ってくれないノォ」
「いけません。使いすぎればただの毒です」

部屋の入り口に集まる商人や兵が、香具師の様子を観察する。
香具師は革の鞄にぎっしりと硝子の小瓶を詰め、その中の薬草や香木を調合して処方しているようだ。
慢性的に胸の痛みを訴えていたマリーナには、香は効いたらしい。

「おい、香具師。俺も傷が痛むんだ。何か効くものはないか」

砦の古参兵がマリーナの後ろから声を掛ける。
何よ覗かないでよと言い返すマリーナに、古参兵が怒鳴り返す。
フェイは少し離れてそれを見ていた。
ここには医師も時折しか訪れない。それ故に慢性的な疾患にただ耐える者も多かった。
香具師は3日程滞在し、そしてその間に多くの病の痛みを安らげた。

フェイが再び香具師と言葉を交わしたのは、滞在最後の日の夜である。
体に点在する痣の治療が香具師にできるとは思わなかったが、数多くの疾病を見てきた香具師ならばあるいは、この病の原因を知っているかもしれない。
部屋を訪れたフェイに、香具師はぽつりと語りかけた。

「君の羽は東の国から来たものだね」

花の香りの茶を飲みながら、香具師は目を細めて羽を眺める。
フェイにも同じものを勧め、すこし和らいだ口許で香具師は雑談をする

「僕のいた国にも、君と同じ羽をもつ有翼人がいたよ。ここより遥かに東の国、緑と河が豊かな国から旅してきた一族だそうだ」

茶を含むと、花の蜜のほのかな甘味が口の中に広がる。

「鳥竜はお前の国では普通にいるのか」
「いいや」

香具師はやんわりと否定する。
フェイは3日間、香具師の鳥竜を暇さえあれば観察した。
鞍やハミ、アブミは金細工の施された立派なもので、複雑で華麗な蛇の刻印が刻まれている。
暇つぶしに片っ端から読んだ本には、あるはるか西の果ての国の国についての記述があった。
その国は砂漠の中のオアシス、水と緑の楽園の中に存在する。
興味もなく、大して真剣に読んでいなかったその記事。
しかし、記述に残る奇妙な竜は、王一族とその忠実な家臣一族だけが乗ることを許されるその小さな竜とは、香具師の鳥竜ではなかったのか。

「幾つもの山、幾つもの国を超えた西、僕の故郷はあった。そこにはあらゆる国から招かれた有翼人が王に仕えていたよ」

香具師はフェイの目を見据えた。
まるで、フェイの病を見透かすかのように。

「君の一族ははるばる東から訪れ、ある花の種をもたらした。それは生存の為に」

僅かな覚悟を滲ませる口調で、香具師は告げる。

「残念ですが、手の施しようがありません」

フェイの痣を見ずとも、香具師はフェイに何が起きているのか知っていた。
香具師の目は険しさを増す。
無言で袖を捲ったフェイに、その瞳はある種の事実を告げた。

「君の母なる国、大陸の東。そこに翡翠から生える白い花がある。その花が無くして、君の一族は生き長らえることはできない」
「お前の祖国には残っていないのか」
「祖国が残っていないのさ」

そして、王族は滅び王の植物園は焼け落ちた。
香具師はその先は語らなかったが、恐らくは命からがら逃げ延びたに違いない。

「命を繋げたくば、東に旅立つがいい」

黄色い痣を撫でて、症状を看る香具師。
このままでは、いずれ肉が腐り命が朽ちると言い切る。

「何もかも捨てて、旅立つ覚悟が君にはあるか?」

それが、王宮医官一族最後の生き残り、シーナイから促された最初の決断だった。

このとき、彼の祖国が滅びてから既に10年が経っていた。
彼がこのときをもってなお、追っ手に追われていたこと。
そして彼、いや彼女が、治癒能力に優れた魔女の一族の末娘だということ。
それを知ったのは、このときよりずっと後である。