なんの脈絡もない神話パロです。
一応設定
テツヤ…黒岳と呼ばれる一族の人間、地球生まれ。ヤミゲドウを封印するための神の器。アスモダイの寵愛を受けているためそのことは知らされていない。
ロウガ…荒神の一族の異端児、地球生まれ。罪ゆえにテツヤの守人をしていて、かつて人間を憎んでいたがいまはテツヤ限定でデレてる。器のことは知ってるが、ヤミゲドウを封印したのちの姿は知らない。
イカヅチ…淵神の末裔、ヤミゲドウを飼っている。
角王…ヤミゲドウを封印するために各ワールドから集まった代表者。角王内でもたびたび衝突があり、テツヤに真実を告げるべきか否かいまも当論をしている。
こんな感じの面々の夏に興じた花火話です。ロウテツ^^
普段なら人の少ない祭殿も、今日ばかりは篝火で色めき立っていた。デンジャーワールドでも、一定のモンスターしか足を踏み入ることはできない場所のだ。それでも、祭日だけは、一般モンスター、もちろんデンジャーワールドのもの以外にも解放される。祭殿の中央で目を伏せる少年。今日は彼、黒岳テツヤの禊の日だ。
金の癖っ毛、人懐っこそうな緑の瞳、そして、煌びやかな装飾に身を包んだ彼は、普段より少し大人びた顔をしていた。禊、身を清めること、それがどんな意味を表すのか、まだテツヤには言い渡されていない。彼が、こうして神の器として祀られるようになったのは、今から数年も前のことだ。
ヤミゲドウの復活、惑星を一つ潰した悪の塊のそれは、地球を訪れようとしていた。地球とかつてから交流があった異世界のモンスター達は各々のワールドから招集し、そのヤミゲドウを封印する。角王と呼ばれる存在は、そうして何代も地球を守ってきた。ヤミゲドウを封印するのは、神の器と呼ばれる、少年。ヤミゲドウが訪れるたび、奇妙な神隠しが起こる。テツヤもまた、神の器として、いつか訪れるヤミゲドウの復活に備え祀られた。器として見初められた少年は、そのときから成長を止める。弱冠12にもなったばかりのテツヤは、そうして、永遠の少年として、器になる日までの人生を進んでいくのだ。それは、角王の一人、二角魔王アスモダイに強く口止めされていた。アスモダイは、どうしてかテツヤが心配でならないようだ。当初は、祭殿もマジックワールドに作る予定だったほどである。マジックワールドのモンスターの知能の高さから、すぐさまデンジャーワールドに変更されたが。
テツヤは、地球にいた頃の記憶はない。そういう配慮は行き届いている。今の地球に、テツヤがいた事実はなにもない。器は業だ。しかし、テツヤにはそんな言葉が似合わない。誰よりも純粋で愛らしい風貌は、いままでの器の誰にも当てはまらず、モンスター達は、皆テツヤを祀ることを楽しんでいた。いつか訪れるかもしれない脅威なぞ、誰一人信じていないのだ。
「テツヤ、起きろ。」
船を漕いでいたテツヤは、声をかけられ、上を向く。そこには、テツヤの守人であるデンジャーワールドでかなりの実力者、荒神ロウガが仁王立ちしている。手には、民衆が献上したらしい食物があり、テツヤは、はしゃいでロウガにじゃれた。
「ロウガ、サンキューだYO。」
食物の中から、比較的手頃らしい果物を渡され、顔を綻ばせる。これが、神の器だというのだから拍子抜けだ。儀式のときくらいは、角王の圧にやられて真面目なものの、普段は少年なのだ。ロウガとなんら変わらないただの少年。
実を言えば、ロウガにもまだ神の器の真なる目的は伝わっていない。ただ、何れ訪れる脅威を避けるためのたった一つの方法、だと昔話で言い聞かされてきていた。そんなロウガは、こんな少年に何ができるのかと常々思っている。
「やっぱ、バナナって美味しいYO。いつかお腹いっぱい食べたいなあ。」
「いつも食べているくせに、それにこれは傷みやすい。」
「わ、わかってるYO。でも、アスモダイならできそうだYO。」
「また、二角魔王はここに。」
あ、これ秘密だったYO。テツヤがバツが悪そうに笑えば、またロウガは呆れてため息をつく。
いまでこそ当たり前の関係だが、ロウガはかつては一族の使命に従うことなく、テツヤを認めていなかった。荒神一族は、正確には犬神ケルベロスの系統の分家だ。人間と、犬神との混血、それが荒神だ。だから、人間態にも犬の姿にもなれる。デンジャーワールドでも、きっての知能は、ケルベロスの三頭のほか人間が関与することでなお発揮された。しかし、荒神は人間を嫌う。人間は、そうやって近づいていつもなにもかもを奪っていく。ロウガは、その中でも無理やり地球で産み落とされた異端児中の異端児だ。
捨てられても、なんとか犬として生きていたロウガは、人間の姿に成長するまでほかの荒神より何倍も時間がかかってしまった。漸くデンジャーワールドの門を叩いたときには、ロウガの生きる術は、汚い仕事だけだった。そんなとき、ロウガに任命されたのが、地球上で見つけた神の器になれる素質のある少年を、この世界に導くことだった。地球に戻るのは、ロウガにとってこれ以上ない屈辱だったが、生きるためにはしょうがないと、受け入れる。
地球上でのテツヤは、やはり人畜無害そうな少年だった。袴姿で森の中を迷ったように歩き回る人間を見つけたロウガは、今にもテツヤを食い殺してやろうと、犬の姿に変身した。態とらしいほど、呻り声をあげて、テツヤに近づくと、テツヤは肩を震わせロウガの方を見つめる。……どうしたんだYO、お前。想像していたよりも高く、けれど芯のある声だ。
「俺、迷っちゃったんだYO。お前、出口知らない?」
どんなに強い風を装っても、テツヤはなびかなかった。なら、異世界へ導いて、それから、殺してやろう。ロウガは踵を返すと、自分がやって来た方向へ進んだ。
「案内してくれるのかYO、いい奴だな。」
あぁ、今にもその首筋に噛み付いてやりたい。テツヤが自分に導かれて今から殺されるのであろうことが楽しみでしょうがない。ロウガは、初めからテツヤに付き従っているわけではなかった。
扉に近づいたとき、ロウガは姿を消した。今までそばにいた案内役を見失ってテツヤは慌てる。ロウガはテツヤから見えないところで、人間態に変身していた。そしてテツヤに声をかけた。
「そのまま真っ直ぐ進めば、外に出られる。」
「え。」
突然現れたロウガに、テツヤは目を開く。それから、見る見るうちに涙を浮かべて、ロウガの方に近寄った。殺すつもりだったが、まさかの接近にロウガは、すこし反応が遅れたらしい。思いっきりテツヤを受け止めた。
「先輩、俺はぐれちゃってどうしようか。怖かったんですよ。」
「は。」
どうやら、迷子になる前のテツヤがあっていた人物がひどくロウガに似ているらしい。甘えたようなテツヤのそぶりに、ロウガ鳥肌がたった。この時代の学生は、上のものと下のものが、恋人に似た関係になるというのを、しばらくしてからアスモダイから聞かされたのだった。
「だって今まで、俺と一緒に森に合宿に、あれ先輩服どうしたの。仕立ててもらったやつじゃな。」
「いいからこい、お前は必要なんだ。」
無理やり手を引いて、開いたままの扉にテツヤを突き落とす。
「うわ、先輩ッ。」
「俺は、荒神一族のロウガだ。よく覚えておくがいい、器。」
「え、」
テツヤの体は見る間無く異世界へ飲み込まれていく。ロウガはそれを冷たい目で見つめた、殺せなかったのが悔しい。ただ、それだけの感情がロウガにあった。人間が器となるのさえ許せないのに、目の前に人間がいながら殺せない。
「テツヤ、おい、どこにいった、テツヤ。」
誰かが、叫びながらこちらに近づいているのをロウガの犬としての耳ははっきりと捉えていた。ロウガは、その声の方向にかける。きっと、先ほどテツヤが勘違いした先輩だろう、ロウガに驚いた先輩をロウガは見下ろす。こんな人間なんかと、なぜ母は交わったのだろう。先輩を一噛みして殺してしまうと、ロウガは一瞥して異世界の扉を潜りぬけた。不思議とモヤモヤはすっきりしていた。
「荒神ロウガ、お勤め御苦労。」
一角獣王ジウンが、偉そうに言い放つ。ロウガはそんな様をぶっきらぼうに躱す。眠ったままのテツヤは、糸の切れた操り人形のように角王の集う広間の床に寝かされていた。
「本当に、連れてきたのか。」
「お前らの命令だ。報酬をよこせ、俺は帰る。」
アスモダイの残念そうな言葉に、ロウガは即座に反発した。
「待つのじゃ、お前、人間を殺めたろう。」
「…それがなんだ。五角竜王。」
「ふむ、処罰は器の守人となった。」
「は。」
「じゃから、黒岳テツヤの世話をするのじゃ。わけもなくひとを殺めてはならないのじゃ、生きているだけでも奇跡と言えろう。」
傲慢にそう言い放った五角竜王天武に、ロウガが食いかかる。なにを、この人間の世話を、荒神の俺が。それならば、この世界を追い出された方がマシだ。ロウガの言葉に、アスモダイが怪訝な顔をした。
「俺が世話したかったのに。」
「二角魔王、お前がやればいいだろう。」
「……だめだ。二角魔王はもともと神だからな、人に近すぎる。甘いのだ。荒神の子よ、この少年の面倒を見れないのなら、君の命、いいや、君の一族の存命すら危うくなる。受け入れろ、神の器が、彼なのだ。」
「ッチ。わかった、もう良いだろう、七角地王。」
荒神が自分のせいでない一族になるのは、さすがに後ろめたいようだ。少年に近ければ、殺す機会も窺えるだろう。人間の世話なんて、とは思ったもののしょうがなく受け入れることにした。
角王らから、守人の証として、一本の槍を譲り受けた。ドリルバンカーというカードと共に、テツヤを守る力になると、角王は言った。ロウガは、テツヤを殺す有益な一手を手に入れたと、そう心の中ではしゃいでいた。
ロウガは、そんな昔のことをふと思い出した。
しゃりしゃりと、梨を齧る音が聞こえる。どこから出したのか、器用に短剣を用いてテツヤは梨を剥き、何事もないように咀嚼を始めた。テツヤとロウガが出会ってから、実にいろいろあった。中でも、バディファイトという遊びを通して、二人は今のような関係を気づくに至ったのだ。
「ロウガも梨食べるかYO、」
「美味いか。」
「ん、んー、まだ硬いかなあ。」
「なら、お前が食べろ。俺はいい。」
押し出された梨を突き返す。テツヤは暫く梨とロウガとを何度か見てから、素直に梨を口に運んだ。今日は禊の儀だというのに、当のテツヤは素知らぬ風だ。昔からそうだったから、さして誰が止めることはない。装飾の付いた服さえ汚さず儀式に出ればそれで良いのだ。
「荒神の、角王様らが参られた。器様の用意を頼む。」
「わかった、テツヤ。梨寄越せ。」
ロウガに言われ、素直にテツヤは梨を渡す。残ったそれをロウガはサッと口に入れ、食べてしまうか、しまわないかのうちに、祭殿の簾が上がる。テツヤは、崩していた足をきちんと正座した。そうして、少し乱れた衣装を整え装飾を正位置にする。だんだんと近づく気配が強まっていくのに、二人は良く慣れていた。だって、一番に現れるのはいつだって、人間に、いやテツヤに甘い悪魔だから。
「テツヤ、元気にしていたか。」
「く、苦しいYO、アスモダイ……」
苦しげにアスモダイの手から離れようとするテツヤ。もっとも仲のいい角王、というか、きっと角王と器という立場でなければ、バディとなっていただろうアスモダイは初めからテツヤを心配していた。地球でテツヤを発見した時にテツヤを気に入ったのだろう、一目惚れのそれに似ていた。
どうにか腕から逃れたらしいテツヤは、ロウガのそばに寄った。ロウガは、先ほどのスキンシップで乱れたテツヤの衣装を直し、アスモダイに目配せをする。
「遅れてしもうたな。」
「すまんな、テツヤ、なかなか遊べなくて。」
「平気だYO。」
「それで、儀式はいつからだ。準備ならとうにできている。これ以上、またせないでくれ。」
攻め立てるようなロウガの一声に、角王は甚だ呆れたように互いに顔を見合わせた。かつてテツヤを殺そうとまでしていたロウガが、いまやテツヤの身を案じているのだ。七角地王が、今日の予定表をロウガに手渡した。一時間ほどあとに、祭殿の地下で禊を行うらしい。それまで角王との会談、というかちょっとしたお茶会だ。
「アスモダイなら、お腹いっぱい俺にバナナ食べさせてくれる?」
何気ない一言だった。それでも、アスモダイはまるで何かに刺されたように動きを止める。ゆっくりとテツヤのあどけない瞳を見つめてから、顔をそらした。
「お前が、俺のバディだったらな。きっと、お前にいくらでもバナナをくれていたろう。」
「へえ、俺はバディになれないのかYO?」
「……はっはっは、やっぱりお前はすごいなあテツヤ。だめだ、俺はお前の隣にふさわしくない。」
せっかくセットしたテツヤの髪をアスモダイがくしゃくしゃにしてしまうので、ロウガは気が気でない。そんな器と守人の様が他の角王にはなんだかおかしく思えた。あれほど、反抗していたロウガを、まさかか弱いテツヤが骨抜きにしてしまえるとは思わなかったのだ。
「……テツヤの髪を直してくれ、もうすぐ時間だろう。」
アスモダイが連れていた頼れるマジックワールドのモンスターアイムにテツヤを預けると、ロウガはわざとらしく扉を閉ざす。そして、角王らの方を見て、つぶやいた。
「神の器として、あいつがそうなったとしても、テツヤは、変わらずにいてくれるのか。」
ロウガの言葉に、角王はピタと止まった。
神の器の昔話は、この異世界に住むものならだれでも承知のことだった。それは口授で伝われていく。しかし、ヤミゲドウの復活の際器にされた少年がその後どうなるかは、誰にも伝えられていない。ロウガも知らないのだ。
最近になって、妙に儀式ごとがおおくなった。テツヤも、昔はよく出歩いていたが今はあまり他のワールドにも行けていない。もしかしたら、その日が近づいているのでは、とさすがのロウガも感づいたのだろう。ロウガの真剣な青い瞳に、七角地王が口を開いた。
「渕神の少年が、地球で発見された。脅威はいつ訪れるかわからない。器の未来は、お前自信の目で確かめるといい……その日が来ないことを願うがな。」
「なんだ、と。」
「器としての素質は十分だ。儀式は形式的なもの、やつは祭り事が好きなようだからいいじゃないか。黒岳の名を持つだけはあるな、封印には申し分ない器だ。」
黒岳、ア・ジタハーカやソロモン王を封じたという地球にある山の力を受け継いだ一族。奇しくも、テツヤはその末裔だ。まっすぐにその血を受けた唯一の少年。申し分ない器というのも、まさしくだろう。テツヤは、そういった確率で選ばれたのだから。
ロウガは、あぁ、と情けない言葉をあげ、崩れ落ちそうになるのをどうにか抑えた。
「悔やむ必要はない、どうして処罰が彼の守人だったのか、時期にわかる日が来る。それまで、器を頼む。二角魔王、お前もだ。」
「地下へ行こう、時間だ。」
風が流れる。扉の前で、テツヤが目を見開き泣きそうなのをなんとか堪えていたのを、彼に甘い悪魔はしっかりとわかっていた。それでも、何も言わずに、角王らはこちらに近づいてくる。ロウガはそれに一歩引いて、また扉に向かった。
「……テツヤ、お前まさか。」
「もう時間だから、呼びに来ただけだYO。」
いこ、先輩。と、テツヤが言ったような気がした。頼むから、話を聞いてくれているな。聞き届けられない願いだ。祭殿の地下にある空間では、レジェンドワールドから運ばれた水が置いてあった。聖なる水だというそれも、もはやテツヤには効果はない。形式的ならば、せめて彼を自由にしてやればいいのに。ロウガは、確かに今までと違う思いでテツヤの守人を勤めていた。