赤ずきんは頭巾を脱いだ
も〜〜
も〜〜〜そういうことでしょ
しんでリセットして再放送に備えよう、ロウテツ回は8月かな
言いつけを守らなかった赤ずきんが狼を成敗していいわけない。親から与えられた赤いパーカーを脱いだのは、それに気づいた頃だった。あれから少し経って、黄色と緑のパーカーを着るようになった。今も着てる。ステージに上がる時は流石に用意された衣装や踊り向きのを着るけど、それでも緑という色に助けられてるところはあった。緑は赤の補色だと、中学の美術で習った。
「赤ずきんエマ、」
画面に映されているのは、懐かしい母校で行われている恒例の大会。膝に乗せたケルベロスを撫でながらぼんやりその試合を見ていた。
赤ずきんに狼に狩人が一直線に並んでる。童話という新しい種族が見つけられたのはもう何年も前だ。語り継がれていた童話の登場人物はダンジョンワールドにいたらしい。あの世界での自分は今も確かに踊れているのだろうな。
もう30を越えて体も自由気ままというわけには行かなくなった。そんな時は、アンチエイジングをウリにした昔出したDVDを見る。その通りに踊るだけで、姿は12に戻る。ケルベロスはそれを何度も見ているので退屈そうに、膝が小さくなったなと笑った。彼の主人はもう五年戻ってきてない。
「ケルベロス、先輩どこに行っちゃったんだYO……」
「知るか、お前の相棒の方を心配しろ……もう何年になる」
「いいの、いい、もう魔界の王にはなれないから」
12の姿に戻った彼は鏡を見て悲しそうに笑った。魔界の王になるための条件は、この世界を捨てて、大人になることを捨てて、なりふり構わず自分のただ生きていたいように生きることだ。彼はどうもこの世界に執着してしまい、大人になることを受け入れてしまった。魔王である彼の相棒が姿を消したのは、彼が成人してすぐだった。
もうなにも残っていない。ただ与えられた家に住み、残されたケルベロスを膝に乗せて、ぼんやりとテレビを見たり家事をしたりするだけの生活で、時間の流れはすっかり彼を置いていった。友人たちに子どもが出来て、その子どもたちは今バディファイトに勤しむ。彼もまた結婚するチャンスはあったものの、自ら拒否し、かつてより関係を持っていた先輩を家に引きずり込んで同棲を始めたのだ。そんな彼もふらっと姿を消してしまったため、一人と一体のモンスターはこの永久の檻の中で、ゆったりと時間を過ごす。
「ケルベロス、昔話していい?」
「俺は寝る、」
「うん、聞いててね」
彼は小さな手でケルベロスの頭を撫でると思い出を指でなぞるようにゆったりと話し始める。
むかしむかし、あるところに赤ずきんがいました。赤ずきんは赤い頭巾を被ったそれはそれは可愛い女の子でした。ある日、赤ずきんは母親に言われ、森に住む病気のお婆さんのためにパンとワインを届けることになりました。母親は赤ずきんに、悪い狼に騙されちゃいけないよ、寄り道せずにお婆さんのところに行くんだよと強く言いつけました。
赤ずきんは思いました、そうだわ、赤いずきんをかぶらなければ、きっとおおかみもわたしに声はかけないでしょう。赤ずきんは赤い頭巾をしまうと、そのままカゴを持っておばあさんのもとに向かいました。狙い通り、おおかみは現れませんでした。そうです。赤ずきんはずきんを脱いでしまったのでおおかみに見つからなかったのです。赤ずきんはそれはそれは聞き分けの良いいい子でしたから、それからもおおかみに襲われることはありませんでした。
俺ね、ずっと思ってたの。眠ってしまったケルベロスの鼻を少し押してから、彼は笑った。
「目立っちゃダメなんだ、生きてちゃダメなんだ、水底で息をするなんてそんな大層な窒息は悪だ、ブームの去ったセキセイインコは、頭巾を脱いだ赤ずきんは、素直にレールから外れるべきだった」
強く何処かをにらんだまま、呪いのように、彼は言葉を紡ぐ。と、派手な音がして窓ガラスが割れる。彼は微動だにせず、ゆったりと窓の方に目をやる。
「ろうが、」
「待たせたか」
「ううん」
彼は首を振り、ケルベロスを下ろしてから侵入者の胸に収まる。
「またそんな格好して」
「またってなに、なんだYO」
5年、5年前だよ前に会ったの。彼は食いかかるようにそう言うと、侵入者から距離をとる。もう動けない、昔みたいには、だから、だからいいじゃん、あの頃のオレはこんな未来知らなかったの。ぼたぼたと泣きながら、血にまみれた侵入者の頬を撫でる。髭が生えてるんだね、とまた泣いた。
「おとなになんてなりたくなかった」
「大人になんてならないと思ってた」
侵入者が言った途端、彼は崩れたように膝をついて、あぁ、とか、うぅ、とか、そんな言葉の中間のように叫んだ。大人にさせたのは誰?大人にさせたのは誰だ。
「……こんな町なくなっちゃえばいい、こんな国、こんな世界、こんな宇宙、粉々になって、きえれば」
「おまえ」
「子どもなんて産まなければよかった」
テレビに映る少女がはにかむ。彼は恨めしそうにそちらを見て、夢語と呆けた声で呟く。彼女は2人の子どもであったし、産んですぐに取り上げられた子どもだった。
今から何世紀も前、彼は同じことを前世で経験している。いつだってそうだ。腹を痛めて産んだ子を取り上げれる。あの時は腹を引き裂かれて胎児を引き抜かれた。今回も眠っている間に子どもはすぐ里親に連れていかれた。腹に残る傷跡は、侵入者だけのもので十分だったのだ。
潔く姿を戻した彼は、黄色のパーカーを脱ぎ捨て、真っ黒のティーシャツ一枚になる。キスして、という前に、侵入者は彼にキスをした。子どもの泣き声がいつだって耳鳴りのように頭を支配する。テレビの音だけを聞いていたい。
「赤ずきん、頭巾をかぶってくれ」
「やだ」
「どうして」
「……やだもん、やだ、狼さん、食べていいYO?もうすでにパパとママとおばあちゃんのいうことなんて聞いてないわ」
「あかずきん」
「や、」
「死んで元に戻そう、目が覚めればあの夏が待ってるから」
侵入者の血でパーカーは赤く染まっている。ケルベロスは溶けていなくなっていた。彼の相棒ももういない。
「……また、やりなおし」
「こんどはうまくいく」
「自信家だ」
彼はようやく笑って、地面に落ちたパーカーを拾いフードを被った。赤ずきんだ。
侵入者も微笑み、赤ずきんを抱きしめると、その窓の外に飛び降りた。