金糸が太陽に照らされて光る。厄介なことに今日は晴れ、緑の目をやや細めた彼は、屋外からロケ車までの数分、じ、と黒くなった影を睨む。さて、季節は冬から春に変わる。どこに身を潜めていたのか、小さな虫が元気にわらわら湧いてくると、春の訪れを感じてならない。
この冬には、多くの番組に出演した。テレビという舞台で活躍し始めた彼は、目立つ風貌を隠してダンサーに務めていた。それでもやはり見つかって、バラエティ番組に呼ばれることも少なくなかった。今日のがそれだ。何が楽しいのか、子供をひっ捕まえて超箱根への温泉旅。どうせ男湯と女湯に分かれていて、男湯は中途な芸人と一緒、これでアイドルでもいたら絵が華やかなのに生憎アイドル枠は彼で、余計に疲れた。温泉は心地よくても、人に撮られては安心できない。その後下手な昼食を食べ、彼の見た目に反した箸使いに、じわじわとSNSが賑わい始めていた。
ロケ車に戻った彼は、やっと安心できると力を抜く。もう春だ。そろそろ学年が変わる、雪ももう降らないだろう。進学すれば友人と離れてしまうこともわかっていた。マネージャーからお茶を渡されて、蓋を開けて口をつける。中学生になったからなんだっていうんだ。いつだって子どものままじゃないか。
「このまま、東京に戻ります」
「……まって、明日はオフだよね」
マネージャーが頷いたのを見て、彼は嬉しそうに笑い、「なら、戦国学園で下ろして」と頼んだ。戦国学園の噂を聞いていたマネージャーは困って、いやそんなところに、としどろもどろだったが、変わらず、気にしないで、戦国学園の生徒会とは顔見知りで、それに、そんなに弱かないよ。彼が取り出したコアデッキケースに、ようやくマネージャーも観念したようだった。
箱根の山道を山で下りながら、ぼんやり外を眺める。あれからどれだけ経ったろうか。星は見えない曇り空、あの日は快晴だった。思えば始まりの地はここだったかもしれない。本当の始まりは学園だ。ただ、彼にとってはこの場所での思い出こそ、より大きく印象に残っている。連絡をしているわけじゃないから、いるかもわからない。だけどいい。そういう関係だし、今日は運がいい日だ。ラッキーが味方してくれる。彼はほくそ笑んで、車が到着するのを待った。
戦国学園に着いてすぐ、少し前に嗅いだ男臭さに懐かしい記憶が呼び起こされた。彼を見てすぐに何人かの生徒はファイトを挑んできたものの、物の見事に伸され、彼は生徒会室へと通された。生徒会長は舐めるように彼を見ると、一言、運がいいと言った。へぇ、じゃあそれって。
「部屋は寮の部屋を使うとよい、温泉はこの時間使う生徒はいないでおじゃる、」
「さんきゅー、助かったYO。運がいいってなんのこと?」
「わかっておじゃろう、……霧雨正雪、黒岳氏を案内してたも」
「わかりました、それではこちらに」
「うん、」
もう彼の頭には浮かんでいる。今から行く部屋に誰が居て、それをどれだけ望んでいるか、それがお互いにということも。ウキウキしながら案内された部屋に入ると、寮の一部屋というには豪華過ぎるくらいで、すぐさま客人用だと察した。そして、もう満月が見え始めた大きな窓の側には、彼の運の良さの象徴が静かに立っている。ごくり、と唾を飲んだ彼は、声が上ずらないように精一杯気をつけて、その名を呼んだ。
「荒神先輩、」
月明かりに照らされた銀髪は奇妙に光る。彼の金糸と似て非なる色だ。
「……黒岳テツヤ、」
褐色の肌、開かれた青い目が不気味に光る。彼は、黒岳テツヤは、この瞬間のために生きていた。テツヤはその身に幸せを纏いながら、ロウガの方へ駆け出して、彼がしっかり自分を受け入れてくれると信じ、胸に飛び込んだ。使われてない部屋なのだろう、埃が舞う。ロウガはやや口角を上げて、テツヤを抱きとめた。やや重くなったテツヤに時間経過を思う。
「何ヶ月ぶりだ、」
「月以来、かな」
ロウガの指が柔らかなテツヤの頬をなぞりながら、上昇していき、耳に辿りつく。髪の毛をかき分けて、その手が耳を捉えると、ふにふにと触り始めた。思わず、テツヤは甘く声を上げて、顔を赤くした。
誰も何も話さなかった。言葉は何も意味を持たない。ただ訴えるような視線が混じり合う。何を考えてるのか、手に取るように分かった。吸い寄せられるようにテツヤが顔を寄せる。唇を被せた。ロウガは手をテツヤの背中に回して、より強く抱きしめる。テツヤはその拘束から逃れようと力を入れたが、敵うはずもなく、あっけなく捕まって、キスは深くなった。
「ん、ふ、…ぁ、」
ガチン、と目があった。頭がチカチカする。テツヤの焦がれるような瞳は、「名前を呼んで」という思いに支配されている。それを汲み取ったように、ロウガは窓にテツヤの体を押し付けて、何度も何度も耳元で名前を呼んだ。
「テツヤ、黒岳テツヤ、」
「は、っ、ぅ…ありゃ、あらがみぃ……せんぱ、」
「黒岳テツヤ、」
名前を呼ばれるたびに、ビクビクと体が反応した。首筋に吸い付くロウガが、妙に愛おしくて、頭を撫でる。
「もっと、もっと触って、ぇ……」
服をめくられて、胸あたりを触られると、テツヤの気分もノってきたらしい。グイグイと状態を押し付けて、もっととせがむ。ロウガもまた理性なんて持ち合わせていないようで、幼いままのテツヤの体を暴くことに必死だ。
温泉に入ったからか艶めいた肌は、簡単に手に吸い付いた。褐色の手でペタペタと腹を弄る。なるほど、あったはずの肉は筋肉へと変化したらしい。ダンサーとして表に出るから、細く美しく変化した。テツヤは蕩けた瞳でロウガを見つめた。ロウガの筋肉に汗が付いていた。ちろ、と舌を出してその汗を舐めとる。
「塩っぱい……」
「汚いもの舐めるな、」
「や、汚くないYOぉっ、んんっ、ふ」
「テツヤの汗は甘い」
「っは、……へ、へへ、なにそれぇ、」
窓ガラスに体を預け、テツヤはけらけら笑った。それから、ロウガの首の後ろに手を回す。どうせならベッドがいい、と耳に口付けて誘うように囁く。頷いてベッドの上にテツヤを落とすと、そのまま着たままだったゆるいトレーナーを捲った。
固く閉じられた蕾を弄ると、テツヤは嫌々と頭を振り、無理矢理でいいよと言った。無理矢理?一度でも無理矢理こじ開けたことあったか?ロウガはイラっとして、ゆっくりその穴に指を挿入れていく。そのくすぐったい快感にテツヤは身を捩らせた。まるで、下の穴から上の穴まで一つに繋がってるみたい。快感で揺れる体を抑えるつもりはない。それに、抵抗できない。優しく、慎重に、中を暴かれていっている。ぎりぎり息ができる余裕に、テツヤは荒く息を吐いて、また嫌だと啼いた。
「何が嫌なんだ」
「だ、だって、はやく、……先輩の、欲しいもんッ、ん、んン……ゃ、」
「なら我慢した方が何倍もいいだろ、二本目だ」
「ひゃ、ぁ、ああ、っ、!!!」
「黒岳テツヤ、俺だって辛抱できないんだ」
「ん、んぅ、……!は、ひ、……ぃ、いぐ……」
優しく穴を解しながら、テツヤの胸に吸い付く。乳首を噛まれるたびに、テツヤはソプラノかと言わないばかりの高い声を上げて、身を捩らせる。精一杯快感から逃れるような様に、ロウガは舌舐めずりをした。本当にかわいいやつ。俺の、唯一、後輩。
テツヤの頭はもうとうに惚けていたし、考えもまとまらない。ただ、与えられる快感に反応している自分の声と、妙に優しく自分を呼ぶロウガの声だけが、テツヤの耳に入る。それだけで幸せだった。
ロウガの自身は硬く反り立つ。ああ、今すぐ入れたい。テツヤの中に入って、暴れたい。ロウガは次第に舌を出して、はぁはぁと荒く息をし始めた。それから、テツヤを見下ろす。
「荒神先輩……?……ん、ぉッ!」
「っは、ふ、……ふふ、」
「ひゃ、ひぃ……ひ、、う、」
思い切り貫いた。テツヤは目に涙を溜め、ロウガの服を掴み叫び泣く。こんなに痛いなんて久しぶりだ。
「ゃ、やぁ!」
「なぁテツヤ、いいんじゃないか!ははっ、下の穴がグズグズだぞ」
「ひ、ふ……」
テツヤの自身は勃つことはない。
「テツヤ、……メスイキ教え込まれたら、やっぱりここは不能になるらしいな」
「……ぃ、いじ、わる、……ッ、」
「言葉責めだ、……気が紛れたろ、突くぞ」
「紛れてな、ァッ……ひゃっ、あぁ!あんっ、」
深くきざみつけるピストンに、テツヤはひゃあひゃあ甘えて泣いた。自分の中の奥の奥までロウガがいる。苦しかったが、嫌になるくらい幸せだった。幸せが口から漏れて、何度も魘されたように先輩、先輩と繰り返す。ロウガは一頻り自分の思うままに突いた後、ずるりとそれを抜いた。
「テツヤ、そろそろ……俺の名前を呼ばないか」
「……っ、は、?無理、無理だYO」
「お前、あんなに俺に名前を呼ばれたがってたなら分かるだろ」
「そ、それは……」
「黒岳テツヤ、お前、俺の名前を覚えて欲しい」
ずり、とテツヤの腹にロウガ自身が擦れる。情けなく声を上げて、テツヤは首を振った。できるわけない。
「黒岳テツヤ、」
「……う、……あら、……荒神、ロウガ、せんぱい、」
「もっと」
「ロウガ、先輩、」
「もっとだ」
「ろうがせんぱ、ぁ、あああっ!」
「感謝してる、黒岳テツヤ、っぐ、ありがとう、愛してる、愛してるんだ」
「ひゃ、っ、おりぇ、おれも、っ、すき、あい、してるぅっ、……らいしゅきぃっ、!!!」
ロウガはテツヤの最奥で果て、テツヤは精液こそ出さないが、たしかに絶頂を迎えていた。
温泉は心地よかった。先ほどのロケとは違い、安心して湯を楽しむことができる。ぐでんと身体をロウガに預けたテツヤは、ぼんやり星を眺めた。
「テツヤ、」
「ん、」
軽くリップ音、テツヤはフラフラとロウガの頬に手をやる。
「まだし足りないのか?」
「……べつに、ロウガ先輩、名前呼ばれたかったの、って」
「わかったろ、案外この想いは通じにくい」
「かも、ここで思い切って言ってよかった」
この地、対峙した時に思いがあったのはテツヤだけだった。ロウガの中ではこれっぽっちも黒岳テツヤは残ってない。しかし、テツヤが思いの丈を叫んで、ロウガの中にテツヤの存在が生まれた。それから、臥炎カップで見たテツヤの明らかな成長に、ロウガの中のテツヤは大きく、存在感を増し、美しく燃え上がった。だからあの日、呆気ないほど当たり前に、黒岳テツヤと呼んだ。
関係は変わらず薄い、会えるか会えないかは、もう少しお互いが素直にならないと成立しないような、そんな仄かな関係だ。だが、その運命線は太かった。小指の赤い糸ではないが、生きている上で出会わざるを得ない。
「……また月に行ったら、その時は」
「ん、」
「きっと、二人きりだYO」
上気せる前にお互いキスを繰り返す。満月だけが知っていた。二人は名前を呼び合って、運命線を削る。きっと未来はない。すぐどちらが表舞台から消えてしまうだろう。ただその前に、この関係性を楽しみたかった。
「俺、荒神先輩、ロウガ先輩が好き、」
「……黒岳テツヤ、……」
「かみさまがいたら、おねがいしたいの、……この人がしあわせになりますように、」
「……悪魔のくせに神に祈るな、俺はテツヤがしあわせなんだ」
テツヤの前髪をあげたロウガは、開いた額にキスをした。テツヤは力の入らない手を動かして、ロウガの髪をかき分ける。そして顔を見て、はらはら泣いた。