以前、新潟県のある山でキャンプをした時の事。
深夜、テントの中で懐中電灯の明かりを頼りに本など読んでいたが眠くなってきたのでそろそろ寝ようか、と思い始めた頃。
突然、懐中電灯がパチン!とはぜるような小さな音をたてて消えた。
「ショートしたのかな」 俺は真っ暗の中、手探りで懐中電灯のあったあたりをまさぐった。すると、さらさらさら、と妙な音が聞こえた。
何だろう?耳をすませてみると、何やらと布のようなものが擦れ合う音。
俺は動いていないし、外のキャンパーは寝静まっているのか、人が歩いているような気配や足音はない。
鈴虫の鳴声に混じって、布の擦れ合うような音だけがかすかに鳴っている。
さらさらさら、さらさらさら。かすかな音だが暗闇の中では妙に気になる。
まるで絹のタオルをテントの張幕の上をすべらせているようなその音は・・・俺のテントの周りをぐるぐると回っていた。
「やばい!」とっさに、それが何か尋常で無いものだと直感した。
あまり肝の太いほうではないので、手がガクガクという事を利かなくなった。
それでもなんとか懐中電灯をさぐり出し、電球がショートしたのかもしれない事も忘れ、夢中でスイッチを入れた。
パチッ。懐中電灯は普通についた。どういうわけかスイッチがオフになっていたのだ。テントの中がぱっと明るくなると同時に、音は消えた。
しばらくの間、身動きができなかった。ただ耳だけに全神経をかたむけて音のゆくえを探った。だが、虫の声がかすかに聞こえるだけ。
どれくらい時間がたったのか、俺はようやく落ちつきを取り戻し始めた。
とにかく寝袋にもぐって寝てしまおう。そう考え、寝袋のジッパーを開いた。
ジッパーを背後にむけて引いたその時、ひじの裏側に何かが触れた。
俺の背後にあるはずの無いもの。
冷たく汗ばんだ、誰かの皮膚。
おぞましい感触に、俺の背筋は一瞬で凍りついた。