「最後に出逢えて、愛せたのが……きみで良かった」
目尻から零れた涙が、雪の玉のように枕の上に転がった。
「……っ、」
手を握っている。冷たい手を。このまま、離さないのに。わたしはここに居るのに。
「愛してる、よ、元気で、な……っ……」
「や、やだ。」
優しい涙でいっぱいになった目が、わたしを見つめたまま、ゆっくり閉じて行く。
「逝かないで、いやだ。っ!」
長い睫が、わたしの叫び声に揺れていた。
「いやだ、置いて行かないで! ひとりにしないで!」
彼の意識を、命を、捕まえられるなら、なんでもするのに。彼の胸に縋って、大声で呼びかけた。戻って来て欲しい。
「いやだぁ!! 目を開けてよ!」
どうしてなにもできないの。こんなのって酷い。
「わたしだって……あなたを、好きなのに……愛しているのに」
冷たい手は、まだこんなに柔らかいのに。何度も触れた手だ。わたしを何度も、抱きしめてくれた手だ。
悲しみと寂しさが、頭の上に振ってきたようで、動けない。どうしてもっと早くに出会なかっなんだろう。そうすれば、少しでも長く一緒に居られたかもしれないのに。気持ちをちゃんと伝えることができたのに。こんな風にじゃなくて、きちんと。

「逝ったのか」
扉の向こうから、あなたの声がした。
「……っ」
「きみに看取られて」

半眼で、穏やかな笑みを浮かべた口元。彼の顔は、とてもとても綺麗で。仄かな灯りに揺れる白い頬は、まだ生きているみたいで、いまにも目を覚まして「おはよう」なんて喋り出しそうなのに。
「外に居るから、戻る時には声をかけてくれ」
また足音が遠ざかって行った。 
わたしよりも彼と過ごした期間が長いから、最期に会いたかったはずなのに。まさか、扉の向こうにずっと居たの? 付いていてくれたの……?

「っ……」
頬も髪も、この手も声も。全部好きだった。本当は好きだったのに。
シーツに転がった涙の粒。
彼の頬に顔を寄せた。柔らかくて、冷たい。いくら名前を呼んでも、もう戻っては来ない。涙はあとからあとから溢れる。彼の頬をも濡らしていく。
「やめて、連れて行かないで。お願いだから、連れて行かないで……」
目を閉じた。彼の想い、思い出を。温もりを、自分の中に刻むように。

「っ、大好きよ……」

ついさっきまで聞いていたのに、もう二度と聞こえない声。
優しい声。大好きな声。愛おしさで涙が出るような、彼の声。顔をあげれば、あの優しい眼差しが、わたしを見ていてくれそうで。
「……うわぁぁああ……」
吐き出して、吐き出して、声が出なくなるまで。温かかった彼の胸に顔を押し付けて。
逝かないで、離れないで。置いて行かないで。
「ひとりに、しないで」
笑った顔が、愛おしくて、もう一度見たくて、
胸が痛い。
「大好きだよ……!」

ちゃんと聞こえるように、大声で、叫んだんだ。