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COLORE

始まりの黄。

芽生えた緑。

不安な青。

恋を自覚する薔薇色。

求める赤。






あなたを知ったその日から、

鮮やかに心を彩る、



COLOR―――

COLORD

綺麗で、冷たくて、酷い人。

寂しくて、孤独で、弱い人。

温かくて、やさしくて、繊細な人。


―――先輩は、謎な人。





わたし、ここにいていいのかな。



「先輩にとってわたしって何ですか?」
気付けばそう呟いていた。

わたしにとって先輩は……?


先輩が私を抱きしめる腕に力がこもる、

「君は…。
君が、僕に絵を描く力をくれる」

先輩、本当に?
わたしが、そんなふうに先輩の力になれているの?

嬉しいような、恐いような気持ちになって、わたしは先輩の首に抱きつく。

「ったく、何を考えて僕から離れるのかと思ったら……」





「君は黙ってそこにいればいいよ。何、文句あるの」



見上げるわたしに先輩は、静かに問いかける。

「……君は、僕の絵が大事なの? 僕が絵さえ描いていれば会えなくてもかまわないのか」

不機嫌そうな、先輩の顔。
だけどその瞳が不安に揺れているのに気が付いて、わたしはプルプル首を振った。

「先輩に、会えないのは、嫌です。寂しい……」


サラリと髪を撫でる指、

抱き寄せる腕はやさしくて。

ぎゅっと私を捕まえて、安堵したような息を吐く。



先輩は、

綺麗で、冷たくて、酷い人。

寂しくて、孤独で、弱い人。

温かくて、やさしくて、繊細な人。


―――私の、好きな人。

COLORC

調子が狂う。

最初から彼女に関して自分はおかしかった。



彼女のことは少し前から知っていた。

僕の絵の前でいつも立ち止まって、ぽうっと世界に入り込んでいる小さな女の子。

首を巡らせて隅まで絵を堪能した後、チョコンと首を軽く傾げて、ふと時間が経っているのに気付いて慌てて走っていく。

いつもいつも。




誰かに観てもらうために絵を描いていた訳じゃない。

目に映る世界を、心で感じる世界を、自分の手で形にすることが好きだった。

自分でも表に出ない、感情や言葉の代わりに紙に絵の具を叩き付けているだけ。

それが誉められたり評価されたり飾られたりするのは何か違うと思っていた。

すごいとか、
キレイとか、
上手いとか、

誉められたい訳じゃない。

偉い美術家などに、分かったような顔をして論じて欲しかった訳じゃない。


絵の評価などどうでも良い。


1人ひとりが僕の絵を見てそれぞれに、何かを感じてくれたら、それで良かった。


――ただ、賞を取り、予想以上に注目され、他人があれこれ言うことに疲れて、絵を描く気がなくなっていたことが、自分でも堪えた。



たったひとつ自分が自分を素直に表現出来る手段だったのに。


そんな時、彼女を見つけた。


じっと絵の前に立ち、懐かしいような、愛しいような瞳で僕の絵を見ている、小学生みたいな小さな女の子を。

そしてあの日、彼女が何を視ているのか、知りたくなって、

声を掛けた。


賞を取っただけではなく、整った容姿のせいで、誰もが自分を知っているのが当たり前だった僕としては、彼女が全く僕を知らない事にまず驚いた。

そして、

真っ直ぐに向けられる汚れのない笑顔。


大好きな絵を描いた人なのに、名前を知らないなんてあんまりですもんね。

絵の難しい事は分かんないんですけど、
見ていると寂しくて、切なくて、ギュウってしたくなります。
この絵が求めている誰かにわたしがなれたらいいなって…、

好きは好きなんです、そう思う心に理由を付けちゃダメなんです!


あの時自分が覚えた感情は何だったんだろう。

気が付いたら微笑っていた。

額にキスなんて甘い事を自分がするとは。


それ以降、

無邪気なほどに素直な反応が返って来ることが面白くて、

顔を見る度からかった。

僕の言葉に赤くなったり、困ったり、笑ったりするのが――可愛くて。



彼女に会った後は、ふわふわとやわらかな気持ちになる。


ずっと放置していた白いキャンバス。


その気持ちで自分が選んだのは、様々なミドリ。

若芽の色、芽生えの色。

色を重ねて心の赴くまま手を動かして、出来たものは、何だろう。

あの子なら何て言う?
どう想う?


誰かに進んで自分の絵を見て貰いたいと思ったのは、初めてだった。


――なのに。


少し前から、そらされる視線、避ける態度。

泣きそうな顔でこっちを見ているくせに、何故逃げるんだ?


あんなに毎日幸せそうに僕の夕陽の絵を見ていたのに、通ることさえしなくなったのは何故?


教室移動を狙って、待ち伏せた廊下。
まとわりつく邪魔な女達をいなしながら待っていたというのに。

明らかに自分を発見して背中を向ける彼女に、何かがキレた。


新しい絵の噂を流し、思惑通りに子羊は囲いのなかに。

自分としても賭けだったのだが、こうして授業をサボってまで来るって事は僕の絵が嫌いになった訳でもないらしい。

じゃあ、避けられているのは僕自身?


絵を見て綺麗な涙を流したくせに。
……嬉しかったのに。


伸ばした手を振り払われて、怯えた瞳で見つめられ、温かだった感情が一気に冷えた。


そんな自分自身が腹立たしく、荒んだ気持ちで舌打ちすると、ビクリと身体を強張らせ、彼女が新たな涙を溢れさせた。

「っ……ぃで、ごめ、なさ……」

ぽろぽろ涙を流しながら、僕のシャツの裾をギュッと握ってくる。


――嫌いにならないで、

なんて、それはコッチの言うことだ。

感じた事のない甘く胸を締め付けるような切なさが生まれる。

彼女と出会ってから、
初めて味わう感情ばかりで。


衝動で動くなんて自分には考えられなった事。


ギュッと彼女を抱きしめる。


……可愛い、なんて思うのも、そういえば初めてだ。


腕の中にスッポリ納まる、何の力もなさそうな小さな女の子に、今までの自分がすっかり変えられているのを感じながら。



次に描くものは、

今の彼女の頬の色のような、

自分の心の内ような、

花咲く薔薇色にしようかと考えていた―――。

COLORB

はうっ……!

わたしは進行方向に見知った顔があるのに気が付き、廊下の角に身を隠した。

淡い、栗色の少しクセのある髪、甘い整った顔立ちの、背の高い上級生。

……先輩。

たくさんの女生徒に囲まれた先輩は、今日も綺麗で格好良い。

遠い世界の人だなぁと、ちょっと寂しさを感じる。

そんな感情を覚えるほど親しくはないのに。

入学して以来、わたしを惹き付けて離さなかった、夕陽の絵の前で、先輩と出会った。


彼と初めて会った時の出来事を思い出し、かあぁ、と顔が熱くなる。


知らない事とはいえ――


大好きな絵を描いた人なのに、名前を知らないなんてあんまりですもんね。

絵の難しい事は分かんないんですけど、
見てると寂しくて、切なくて、ギュウってしたくなります。
この絵が求めている誰かにわたしがなれたらいいなって…、

好きは好きなんです、そう思う心に理由付けちゃダメなんです!


本人に向かって何様なのわたし――!!

そりゃ先輩爆笑するよ!

もう恥ずかしくて顔合わせらんないよー。

回れ右をしてわたしはその場を去る。


お気に入りの絵の前で出会った謎の上級生が、当の作者本人だと知ってから、わたしはそうして先輩を避け続けているのだった……。



「そういやあんたの先輩、新しい絵を描き始めたってね」

昼休み、友達がメロンパンを頬張りながら言った。

わたしに先輩のことを教えてくれたのが彼女だ。

たまたま校舎ですれ違った先輩(その時はまだ謎の上級生だった)にからかわれていたわたしに、
「絵だけじゃなく作者のほうともお近づきになったんだ」と爆弾を投下してくれたのだ。

それまでわたしは、絵のひとと謎の上級生をイコールで繋げたことなどなかったので、意味を理解した時はホントに気絶するかと思った。


毎日見ていたあの絵も、自分の暴言を思い出してしまうので最近見に行ってないくらい。



禁断症状が出かかっているわたしが、友達のその言葉を聞いてじっとしていられるわけがない。

先輩と会う危険を冒してでも、見てみたかった。

新しい絵。



わたしは先輩の絵のファンだと自称しておきながら、彼の他の作品を見たことがない。

だから、余計に、
いつもなら出来ないそんなことをしてしまったんだ……。




その部屋は油っぽい、絵の具と紙と、木の匂いがした。

先輩のアトリエ。
空き教室を特別に独占使用しているって聞いていた通りに、そこは彼ひとりの気配しか感じられない。


5時間目、始まっちゃった…。

友達の話を聞いてから、いてもたってもいられず、生まれて初めて授業をサボってしまった自分はどうかしていると思う。

絵を見たいというだけで。

思った通り、授業中のためアトリエ周辺には誰もいなかった。

先輩のおとりまきも、
彼自身も。


鍵が掛っていないのは絵の価値(お金じゃなくて!)を考えると不用心だと思ったけど、そのお陰で自分がここに入れたのだから、文句を言える訳もない。


ソロリ、と部屋の中央にある、キャンバスに近寄る。

いつも校内で見かける先輩の、隙のない冷静な綺麗さとは裏腹に、この部屋は雑然としていて、スケッチらしい紙がそこら中に散らばっていたり、絵の具が飛び散った跡のようにあちこち汚れていたりする。

窓際にあるソファだけが唯一綺麗に保たれていいて、毛布があることから彼の休憩場所なのかもしれないと思った。

ゆっくりゆっくり、キャンバスの前に回る。

万が一にも絵に触れることがないよう、充分な距離を保ち。



息が出来なくなる――……




目の前にあったのは形を成さない色のうねり。

黄、萌木、緑、碧、翠、鶸、わずかな灰。

キャンバスの上で色の波が混ざりあって溶けあって見たこともない景色がそこに生まれている。


木漏れ、日……?

それとも、海の底から見た、天上の光り?


あの夕陽の絵は、高い遠いところから周りを見渡した景色が描かれていた。

でも、これはどう言ったらいいんだろう、
抽象画の形をしているけれど、別のモノにも見える。

寂しさが前面に出ていた夕陽の絵よりも、それが和らぎ、なにか暖かい物を感じた。


何を、見つけたの?

先輩―――。



色の重ね、混ざり、擦れ、盛り上がった絵の具の溝、

そんな全部に、

自分が惹かれた人そのものを感じて、胸がギュッとなった。


――絵に心を奪われていたわたしは、戸口に立っている人に気付かず、

ただ、微かな光りに手を伸ばしているような、その絵を、瞬きを惜しんで見つめ続けていた。


「……どうして泣いているの? 悲しいことでもあった?」

カタン、と戸の閉まる音と、

聞きたくて、

聞きたくなかった声に、わたしは我に返る。

「先ぱ……っ!」

珍しくシャツ一枚で、腕を捲り、くだけた格好の先輩が扉を塞ぐようにそこにいた。

いつの間に……!?

……え、泣い――

ハッと頬に手をやると、濡れていた。

え、え、何で?

自分でも訳が分からなくて、恥ずかしくて血の昇った顔をゴシゴシ擦る。

クス、と先輩の笑う声がして、わたしはいたたまれなくなった。

別の意味で涙が溢れそうになる。

彼の前に出ると、
自分がとても、
ツマラナイ存在になった気がするから。


本当は、避けていた理由はそれかもしれない。


いつも、先輩の前でオロオロしたり、変な事を言って、笑われるのがツライから。

自分だけ、いちいちドキドキして、馬鹿みたいで。

……オデコにされたキスも、今考えても意味が分からなくて、やっぱり、わたしをからかって楽しんでいるんだって思うと悲しくなる。

「僕以外立ち入り禁止なんだけどね、ここ」

「っ、ごめんなさい、すぐ、出て行きます……」

うつ向いたままボソボソと答えて、部屋を出ようとしたわたしは、戸口から動こうとしない先輩に気付き、顔を上げる。

先輩はじっとわたしを見ていた。


からかうような瞳でもなく、
楽しそうな瞳でもなく、
冷たい瞳で。


「気に入らないな。どうして僕を避ける?」

ビクッと身体がすくむ。

「今日も西棟の廊下でコソコソ逃げる誰かさんを見たよ」

気付かれていたんだと、青くなった。

「“ダイスキ”な絵の作者が僕だってわかって、興ざめしたのかと思ったけど……真面目な君が授業をサボってまで、ここに忍び込むってことはそうでもなさそうだし――」

カタ、ともたれていたドアから身を離し、先輩がわたしに近付く。

反射的に後ずさってしまったわたしに、苛立たしげな先輩の声が、追ってくる。

名前を呼ばれた嬉しさとか、その時は感じなかった。

ただ、どうしてだか先輩が怖くて。

「やっ…!」

先輩の手が髪に触れるのを感じて、振り払ってから、ハッとする。

振り払われた手をキョトンと見てから、スッと先輩から表情が消えた。



「僕を怒らせたいの? その勇気だけは褒めてあげるよ」



言葉だけは穏やかに、瞳は冷たく冴えて。

感情を見せないその瞳に、魅せられたまま、動けず。

壁に背を預けたわたしに、先輩の手が伸びて―――……

COLORA

今日も絵の前で足を止めて、いつも通り首を傾げる。

やっぱり何て読むんだろう、この名前。


苗字は分かる。

下の名前が分からない。



そうして頭を悩ませていると、フッと視界が陰って、背の高い男子生徒が、わたしの後ろに立っていたことに気付く。

甘い顔立ちの、綺麗な男の人だった。

距離の近さにビックリして思わず飛び退ると、


ゴン。


……ガラスケースに頭をぶつけてしまう。

くぅう、

涙目になってぶつけた後頭部を手で押さえていると、頭の上の方でくつくつと笑う声。

「ごめんね。驚かせたみたいだね」

と、ちっとも悪く思っていないような、楽しそうな笑顔で彼は言う。


意地悪な人だ……。

間違いなくいじめっ子な人だ……!

「難しい顔をして見ていたけれど、そんな悩むような絵かな?」

「……違います、わたしが悩んでたのは、」

絵の下にある、ネームプレートを指す。

「このひとの下の名前、何て読むのか分からなくて」

彼は一瞬虚を突かれたような顔をして、次の瞬間声をあげて笑いだした。

「ちょ、そんな笑うことですかっ!?」

「ッハハ、あは、そうきたか、変だと思った…くく、」

ケホケホ、笑いすぎの咳までして、ようやく笑い止んだ彼は、

むうぅ、と膨れている私を可笑しそうに眺めて、


トン、と指先でプレートを叩きながら名前を教えてくれた。



謎が解けてスッキリしたわたしは、教えてくれたその人にニッコリと笑った。


「やっと分かりました。大好きな絵を描いた人なのに、名前を知らないなんてあんまりですもんね。有難うございます」


「……それ、計算?」


はい?

意味が分からずにキョトンとするわたしを彼は眉をひそめて見つめた後、

もう一度吹き出す。

「悪い。そんな頭が良さそうでもなかったね。天然か…」

何だか悪口を言われています……。

言われっぱなしじゃ悔しいので、取り敢えず上級生らしい彼の名前を訊こうと口を開き、

「お前の名前は?」

先を越された上に、お前ときました……。


持っていたノートを掲げて名前を見せ付ける。

「ふぅん……一年生。外部組だね、僕を知らないってことは」

? 有名人なの、この失礼な人。


「あの、」

「この絵が好きなの?

どこが?」

――どこ。

「って、言われても……、わたし絵の難しい事は分からないんですけど、」


見ていると寂しくて、切なくて、ギュウってしたくなります。

この絵が求めている誰かにわたしがなれたらいいなって……、


「……頭悪いね、君。好きなところって訊いたのに意味不明だし」

クス、と馬鹿にしたように笑われて、わたしはムカっとしてしまった。

何だか、この人にはわたしの気持ちを否定して欲しくなかった。

「そういう感じ含めて全部、好きってことなんです! 好きは好きなんです、そう思う心に理由を付けちゃダメなんです!」

力んで言うと、眉をしかめられ、

「……逆ギレ? まぁでも、―――良いよ、そういう馬鹿」

「へ?」


見上げると、
降りてくる、
囁きと、

それから――


「? ………っ?!」

ばばっ、とオデコを押さえるわたしに向けられる、


意地悪で、
綺麗で、
楽しそうな、

笑み。


「嫌いじゃないって言ってるんだけど。何度も言わせないでくれる?」


ヒラヒラ手を振って、去って行くその背中を見つめながら、

耳まで真っ赤になったわたしは、

結局、彼の名前を訊き忘れたことを、だいぶ後になるまで気が付かなかった。
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