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星に願いを。F

七夕から一週間。
「先週、元カノが会いに来たってさ」
友達の言葉に、あたしは「そっか」と呟いた。

友達は彼の友達とちょくちょくやり取りをしているらしい。
話を聞いていると、どうやら男の子のほうが友達に気があるようだ。
最初の出会いがあの合コンだというから、彼の片思いももう半年ということになる。
それでも友達の反応は素っ気ないものだから、本当に人の心というのはままならない。
半年かけたって、自分の力では変えられない相手の気持ち。
相手の男の子の気持ちを思うと、こちらまで切なくなってくる。
「いいんだ?」
「いいもなにも」
「あんなんのどこがいいのかあたしには分かんないけれど。とりあえず今はまだ、あんたがアイツの彼女でしょ」
さすがに責めてもいいと思うけれど?
彼からあたしに、そんな連絡は来ていない。
彼女の知らないところで元カノと会うなんて修羅場モノだろう。普通なら。
でも、あたしはもう、その土俵から降りると決めたから。
「いや、良かったよ」
彼女からわざわざ会いに来たということは、彼とヨリを戻したがっているということだろう。
離れてみてはじめて気付く相手の価値、というやつなんだろうか。
元カノがそれに気付いて戻って来たのなら、それはいいことだと思う。
彼は可哀想な捨て犬で、だけどご主人様を嫌いにはなれない可愛い捨て犬で、あたしはそんな彼をいっとき保護した人間のようなものだ。
一緒にいるうちに、どんなに彼のことを可愛いと思って、好きになっても、彼が主人の元に帰りたいと望むなら引き止めることは出来ない。
ましてや彼は、本当の犬ではなくて人間なんだから。

『彼が一番好きな人といられますように。』

どうやら、短冊に書いたその願いは届いたらしい。
思わず苦笑する。
こんなにあっさりと、いとも簡単に。
もうちょっとだけ、焦らしてくれても良かったのに。
そう思うあたしも矛盾しているけれど、だってやっぱり悲しい。
でも、それを望んだのも確かにあたしだから、この結末は受け入れるけれど。
そうだ、あたしは土俵から逃げ出したんだから、責める権利もない。
あと出来ることは、彼からの連絡を待つだけ。
彼女の元に帰ると、彼のそんな言葉を待つだけ。

星に願いを。E

「やっと、2週間かぁ…」
思わずポツリと呟く。
3ヶ月はまだまだ先。
あたしも彼みたいに、3ヶ月後、誰でもいいから縋りたいと思っているのかな。
発作みたいに襲ってくる苦しさを、なんとかしたくて。
「ねぇ、あんた死相出てない?」 
「失礼ですよ」
「事故物件なんか掴むから、取り憑かれるのよ」
「失礼ですよ」
そう返して、あたしは友達を睨む。
でもそんなことを気にする様子もなく肩を竦めて。
「どこが良かったんだか」
たとえウッカリでも元カノのことなんか口にしたら、あたしだったらあの世に送ってる。
友達が物騒なことを言うのに苦笑して、
「そこはね、始まりが始まりだったから」
まさか、こんな風に好きになるとは思っていなかったし。
とあたしも肩を竦めた。
「それでも、仮にも彼女として付き合って欲しいって言うんなら、最低限未練を見せないようにはするべきだと思うんだけど?」
―――それも出来ないんなら、せめて忘れてから付き合えっていうのよ。
眉間に皺を刻むと友達の言うことは尤もだけれども、他人事ならそう断言するあたしだけれども、今はどうしても彼をかばいたいあたしがいる。
「忘れるために、誰かが必要だったんじゃないのかな」
「弱っちい男」
腕を組んで憤慨する友達にまた苦笑いする。
弱い男。
でもあたしはきっと、その弱さに惹かれたのだ。
失くせば誰かに縋らなければいられなくなるほど、恋した人に自分の心を捧げてしまうほどの無防備さに。
だから3ヶ月後、あたしは彼みたいにはならないだろう。
あたしは自分の心を守ったから。
あたしは彼とは違う。
たとえ好きな人にでも、あんなに無防備に自分の心を渡せないのだ。
それに、
「ま、あんたが終わらせるって決めたんなら、それでいいわ」
あたしには、バカと罵りながら、彼に怒りながら、話を聞いてくれる友達がいるから。
その点はきっと、女の方が良いところだろう。
女々しいと謗られることもなく、共感するように話を聞いてもらえる。
一人で抱え込むこともしなくていい。
こうして帰りにはスイーツと食事に付き合って、そのまま泊まりに来れば、と言ってくれて、明日は、パーッと遊びに行こうと誘ってくれる。
「ありがとう」
友達に笑って、あたしは鳴らない携帯をバッグにしまい込んだ。
付き合い始めた時から、ずっとそうだった。
気付かないふりをしていたけれど。
―――あたしからメッセージを送らなければ、彼からそれが送られてくることはない。
これが現実。
元カノとは違う、これが彼にとってのあたしの重さ。

藍色の空は快晴。
短冊の願い事は読んで貰えるだろうか。
久しぶりの逢瀬に、互いに夢中の恋人たちは、他に目を向ける余裕なんかあるのかな。
でも願わくば、ささやかな希望を、同じく恋する人に与えて欲しい。
応えてあげて欲しい。
心を投げ出すように恋を出来る、あの人の願いに。

星に願いを。D

〈ごめん、講義の実習でしばらく忙しくなる。
なるべくメールはするけれど、週末も会えないけれど、本当にごめん。
時間に余裕が出来たら、また連絡する。〉

そう送ったメッセージに、わかった、頑張って。
と返ってきた言葉に、うん、頑張る、と返した。
うん、頑張るよ。
彼と会わない時間にどう過ごしていたのか思い出しながら。
彼もしばらくは寂しいと思ってくれるだろう。
だけどきっと大丈夫。
あたしとの温い付き合いは、少しくらい、彼の胸をなだめただろう。
そして緩やかな別れは、少しずつ彼を寂しさに慣らしてくれる。
だから少しずつ増えていく寂しさは、誰かに依存する以外の選択肢を、彼に与えてくれる。
ああ、やっぱり少し卑怯だったかな。
あたしに突然断ち切られて、別の誰かに依存する彼を見たくないと思ってしまったから。
いや、それを求めずにいられなくなるほど、この別れは辛さも苦しみも彼に与えられないかもしれないけれど。

一日に一度の連絡を一週間。
その後、一週間に一日は連絡を途絶えさせて。 
そうやって少しずつ、時間を空けていこう。
どうしようもなく、彼に連絡したくなる瞬間を、携帯を握りしめて何度もやり過ごして。
それは自分で選んだ寂しさに、自分を慣らすためでもあったのかもしれない。

〈七夕、何かお願い事した?〉
〈やらないよ、そんなの。あんなもので叶わないし。〉
〈ダメ元でも、やったら叶うかもよ。〉
〈そんなロマンチストだったっけ?〉
―――うん、恋は人をロマンチストにするんだって。
〈じゃあ、代わりに書いておいてあげる。壱億円当たりますように、って。〉
〈よろしく。〉
あたしの軽口に笑う顔を思い出しながら、携帯の画面を落とした。

学校の構内で、友達といる彼を見かけた。
数人で笑いあいながら、あたしに気付かずに歩いていく。
笑っている彼に嬉しくなって、あたしの口元も笑った。
自分の存在の他愛なさには、少し悲しくなったけれど。
あたしがいなくても、彼は笑える。

7月6日。
〈明日、晴れるといいね。おやすみ。〉
それだけを送って、電源を切った。

星に願いを。C

駅前のスーパーの入り口に揺れる、気の早い緑。
色とりどりの短冊が揺れて、脇のテーブルには、ご自由にどうぞ、のまっさらの紙とサインペン。
七夕まで保つのかな、せっかくだからお願い事書いてみちゃう?とふざけて言って。
やだよ、恥ずかしい。恥ずかしいって、何書くつもりなの?んー、壱億円当たりますように、とか。壱億円て。当たったら何買うの?そうだなぁ、豪邸とか?なにそれ、あ、ここにそれあるよ、百億円。小学生かな?夢はでっかいねぇ。ダメだなぁ、大人になると夢もしぼむなぁ。あはは。
そんなやり取りをして、背が伸びますようにだとか、成績が上がりますようにだとか。
幼い文字で書かれた願いを見ながら、彼が呟いた。
―――晴れるといいな。1年に1度だもんな。
遠くにいる大好きな人に、やっと会える日。
ちょっと細い目を更に細めて。
何を思い描いているのかは、すぐに分かってしまった。
そうだね。晴れるといいね。
そう言って、彼の手を握りたかったけれど、それはできなかった。
抱きしめてキスをして、身体の一番奥まで触れ合って、だけど手を握ることは出来ない。
彼からも、伸ばされることのない手。
あたしからも、伸ばせない手。
彼女という位置にいるはずなのに、それを望んでもいいのかと惑う。
あたしたちは、曖昧だった。
誰に見られることのない触れ合いは出来ても、人目につく触れ合いには躊躇うくらい。
付き合ってると、誰に隠してもいないのに、外で会えば並んで歩く以上、顔を見合わせて笑い合う以上のことはできなかった。
それは、好きになるほど、自分も最初は望まなかったそれを、相手にも望まれないことに気付いて、あたしが臆病になっただけなのかもしれないけれど。
好きになるほど、求められない気持ちに気付いて、行き場を無くした好きがあたしの心を重くしただけなのかもしれないけれど。

恥ずかしい願い事を、ひとつしよう。

精一杯の強がりで、綺麗事を。
たった半年で逃げ出してしまう罪滅ぼしに。

彼を見送った後、あたしはもう一度、閉店間際のスーパーに行って、こっそりと短冊を書いた。
それを、なるべく上の方へ、だけど恥ずかしいから、あんまり人目に入らないように、奥の方へひっそりと吊るした。
隠したい願いでも、なるべく空に近い方が空からはよく見えるだろうから。
叶うといいね。
逃げ出しちゃうけれど、許して欲しい。
その罪滅ぼしに、せめて幸せを願うから

星に願いを。B

誤算だったのは、その翌朝、彼があたしに「付き合って」と言ってきたことだろう。
まだすぐには無理だけど、ちゃんと忘れるから、俺の彼女になって。と。
少しだけ悩んだあたしは、だけど結局頷いて。
きっとおママゴトのような付き合いになるんだろうな、と思った。
寂しさを埋めるために、依存する相手を今の彼は欲しがっているのだろうと思ったから。
分かっていたけれど、いいよ、付き合ってあげるよ、という気持ちで頷いて。
だってあたしは別に彼を好きなわけじゃない。
他に好きな人がいるわけでも、今すぐ恋愛をしたいわけでもない。
だから付き合ってあげる。
彼の気が済むまで。


彼とあたしは曖昧だった。
勿論、付き合って、と言って始まった関係だったから恋人同士ということになるし、お互い友達として付き合うつもりもなかったけれど。
本質的には曖昧だった。
週末ごとに遊んで、喋りあって。
3ヶ月もすれば、彼はあたしのことを抱きしめながら「好き」と言ってくれたけれど。
二人で過ごしていても、ふと口から零れる元カノの思い出。
スーパーに行けば、彼女の地元が生産地の品物が並んで、ファミレスでは一緒に食べたものがメニューにのる。
カラオケに行っても、彼女に上手と褒められたという歌を歌って。
週末のロードショーや、本屋でさえ、容易く彼女の思い出に繋がる。
あたしに、好きだよ、という口で、それをぽろりと零す彼。
口から零れなくても、少し遠くなる眼差しがその思いを語るのに、あたしは苦笑いしか出来なくて。
そう。3ヶ月もすれば、あたしの気持ちだって変わる。
バカだけど優しい彼。
会わない日だって、メッセージを送ればちゃんと返される言葉。うちに来る時は、手土産にあたしが好きだと言った限定プリンを忘れない。
部屋で会う時は、得意料理だと言ってオムライスを作ってくれたり、体調を崩した時には心配してお世話をしに来てくれたりもした。
おバカなのにどうやら勉強は出来て、あたしの苦手なレポートも彼のお陰で高評価を貰えるようになった。
ありがとう、と言うあたしに照れ臭そうに笑って「大したことしてないよ。評価されてるのは君の考えた中身だから」と頭を撫でてくれる。
絆されないわけないのだ。そんな可愛くて優しい彼に、好きが深まっていかないわけがない。
時折自分の口からぽろりと零れてしまった無神経さに気付けば、
「ごめん、つい。…わざとじゃないんだけど…」
反省するように顔を伏せて言う彼に、
「わかってるよ。仕方ないよ、すぐに忘れられないものは」 
最初は、そう言って笑って応えていたあたし。
ホッとしたような表情を浮かべるのすら、可愛いと思っていたのに。
そうして好きになるほど、だんだんそれが辛くなって。
ちゃんと忘れるって、いつ?
いつになったら、二人の時間をあたしだけと過ごしてくれる?
彼女の話はもう聞きたくないと、言いかけては飲み込んで。
だってあたし達の関係はそこから始まったから。
あたしは、彼の胸に重く沈んだ気持ちを吐き出す為に付き合うよ、と言って、彼はきっとそれを折り込みであたしに付き合って、と言った。
ついそれを零しても聞いてくれる、それごと受け入れてくれるおおらかな彼女として。
ほんとにバカだな、と思う。
それが叶うと思っていた彼も、気軽にいいよと返事をしたあたしも。
時間とともに、残酷なほど気持ちは変わっていくものなのに。
結局、抱き合っている時にしか、彼があたしだけを見ていると感じられる時はなかった。
細身のくせに筋肉質な、熱くて硬い身体。
その熱に包み込まれて、脳味噌まで溶かされてしまえたら良かったのに。
溶けていくのは身体ばかりで。
彼の熱を、信じて受け入れられたのは身体ばかりで。

好きだよ。
ふわふわの柔らかい髪。
きれいな指。
眼鏡の奥の、ちょっと細い目も。
歩く時はまっすぐに伸びる背中が、座るとちょっと丸くなるところも。
いただきます、とごちそうさま、を忘れないところも。
甘えるように擦り寄って来てあたしを抱き締めるけれど、キスをする時にはいつも照れたように口を歪ませるところも。
分かったんだ。
女々しくてバカで可哀想で可愛い彼。
縋る手に、しょうがないなぁ、そう思って付き合い始めたけれど。
そう思いながらあたし、元カノみたいに恋されてみたかったんだ。
一途に、ちょっとうっとおしいくらいの重さで。
あたしに「付き合って」と言っておいて、元カノへの気持ちを隠せない、不器用さに少しずつ悲しくなりながら。
あたしも、彼にそんな風に想われたいと思ったんだ。
叶えるのは難しい願いだと、気付くのにちょっと時間がかかったけれど。
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