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家族になりましょう



「…なに、してんだ?」

思わず問いを投げ掛けたのは、仕事を終えて自宅に向かう帰り道のことだった。

帰るべきマンションは目の前で。
そのマンションと隣接している公園にふと、目をやると。

昼間とは打って変わって、ひと気のない閑散とした公園に一人の女性がいた。少し錆び付いたブランコに座って、ただじーっと何処か一点を見つめている。

普通なら声なんか掛けずに帰宅して、ビールを呑むところだが。

「おー、おかえり」

その女性というのが、同じマンションの隣に昔から住んでいる、所謂幼なじみだったから。

ぎいい、と音を鳴らして彼女の隣のブランコに腰を掛ける。小さい頃一緒に遊んだブランコは年季が入っていて。

このブランコと同じくらい長く、彼女との付き合いがあるんだなあと、彼女の横顔を眺めながら密かに思った。

ショートカットだった髪は、いまや艶やかなロングヘアーで。

幼い顔立ちは化粧の効果もあってか、すっかり大人の女性の顔で。

凄く、綺麗になった。

「なによ、じろじろ見て」

「いや、大人になったなーって思って」

不思議そうに首を傾げる彼女にそう言うと、なにそれ、と可笑しそうに笑った。

「それより、お前はここで何してたんだ?」

「んー、なんか急に懐かしくなっちゃって。それでなんとなーくブランコ座ったら、あの子たち見つけてさ」

彼女が指を差す方向に目をやると。
寄り添いあう、猫の家族がいた。

「可愛いでしょー?それになんだか幸せそうだなあって思って」

小さな体躯を親に擦り寄せて、甘えている子猫たち。子猫を舐める母親。

確かに幸せそうに見えるし、とても微笑ましい光景だ。

「羨ましい!私も結婚したいなー」

「…なるか?」

「へ?」

目を丸くしてこちらを見る彼女。
その目を真っ直ぐ見つめ返しながら、もう一度。言葉を紡ぐ。

「俺らも、あの猫たちみたいになるか?」

ただ単に思いつきじゃなくて。
ずっと前から、彼女のことが好きだったから。

彼女からの返答はなく、静寂に包まれる公園。そんな沈黙を破ったのは、ブランコから下りる音。

「ねえ、それってさ。プロポーズ?」

正面から俺の顔を覗き込んで、彼女が問い掛ける。ただ黙って頷くと、彼女はまた可笑しそうに笑った。

「なにそのプロポーズ。でもいいよ、受けてあげる」

そう、ふっと笑って。そっと唇を落とした。


家族になりましょう
(ずーっと待ってたんだから。と、)
(彼女は嬉しそうに笑みを零した。)

紅い望月の不思議な夜


それは春の暖かさに包まれた夜のこと。

段々と闇が深まる丑三つ時。俺は神社の桜の木の前に、一人佇んでいた。

ただぼんやりと。空を眺める。今夜の月は、紅い。

どこまでも続く黒に、燦然と輝く紅。

月が綺麗だとか、空に散りばめられた星が美しいだとか。そんな感情は湧いてこない。それは風に舞う桜の花弁も例外ではない。

ただ、とある光景だけが頭に浮かぶ。そう遠くはない、これから自分がしようとしていることだ。

その光景が頭に浮かんだ瞬間、固めた自分の決心が鈍ってしまったような気がして。手のひらの中にあるものをぎゅっと、握りしめた。

そのとき。風が勢いよく吹いて。桜の花びらが散っていった。

「今宵の月は紅いですね」

風が止んだと同時に後ろからそんな言葉が聞こえて。振り返ると、淡い色の着物を身に纏った美しい女性が立っていた。

艶やかな黒い長髪を携えた彼女は、俺に向かってにこりと。優しい笑みを浮かべている。

こんなひと気のない時間に、神社にいる和服女性なんて幽霊くらいしかいないのではないだろうか。

思わず足元に目をやるも、白い足袋に桃色の鼻緒の下駄がそこにはあって。どうやら足はあるようだ。

でもこの微笑みで現世に生ける者を惑わして、あの世に連れてってしまうのではないかと。

そんな考えが頭をよぎる。

しかし、そんなことはどっちでも良かった。目の前の彼女が幽霊でも生きてる人間でも。あの世に連れて行かれても。

もう全てが、どうでも良かった。

「綺麗だと、思いませんか?」

「…月が紅く見えるのは大気の影響だし。俺は不気味だと、思いますね」

俺の答えに彼女は一瞬目を丸くして。そのような発想もあるんですね。と、再びにっこりと笑った。

「私は夕焼けが月に閉じ込められているみたいで、妖しくも美しい、不思議な魅力を感じます」

それはそれは風情のあることで。
心の中で皮肉を言うと、

「ところで、どうしてこんな時間にこんな場所にいらっしゃるんですか?」

首を傾げて、黒目がちな瞳が俺を映した。

それは俺の台詞でもあるのだが。

「ちょっと野暮用で」

素っ気なく言葉を放った俺に、彼女は瞳をすうっと細くした。

「その野暮用には、手の中に収めている物が必要なのですか?」

どくんと。心臓が大きく脈を打って。
首筋から、嫌な汗が流れた。

「まだ、そのときは早いと思いますよ」

何でも見透かしてしまいそうな瞳に閉じ込められて。固く握った手を、白く心地よいくらいに冷たい手がふわりと包んだ。

「貴方にも残っているはずです。自然を美しいと思う気持ち。だから…一時の感情でそれを捨ててしまわないで」

柔らかくゆっくりと話しながら、細い指先が俺の指を解いていく。

握っていた物をそっと着物の袂にしまいこむと、別なものを俺の手のひらに置いた。

「これは…」

「時計です。懐中時計」

少し年季が入っているけど立派な懐中時計だ。

「いつの世も平等な社会ではないけれど、時間だけは。誰にでも平等に与えられていると思うんです」

俺の返事を待たずに彼女は続けて

「だから、時間を止めてはいけません。貴方の時計の針は、まだ動いているんですから」

時計の秒針を刻む音が、やけに心に響く。そのリズムは心臓の鼓動と重なって聞こえた。

「貴方が私を綺麗だと思えるその日まで。これは預かっておきますね」

彼女は袂をとんとんと叩き、またふんわりと優しく微笑む。春のように暖かな笑顔だった。

「それでは、また」

軽く会釈をして踵を返す彼女の腕をとっさに掴む。不思議そうな顔をする彼女に問い掛けた。

「貴女は何者なんですか?」

唐突な質問に彼女はまたふふっと笑って。

「吉野という、ただのお節介な女ですよ」

そう微笑むと、また。風が勢いよく駆け抜けていって。

掴んでいたはずの彼女の腕も、彼女自身も消えた。

一瞬何が起こったか分からずに、いままでの出来事は夢だったのかとも考えた。

でも、手中にある懐中時計は、間違いなく彼女とのやり取りが夢ではないと。その証拠を裏付けている。

“だから、時間を止めてはいけません。貴方の時計の針は、まだ動いているんですから”

彼女の言葉が頭に浮かぶ。

もう一度頑張ってみようと思う俺の後ろで、染井吉野が華麗に咲き誇っていた。

紅い望月の不思議な夜

(胸を貫く刃は彼女に預けて、)
(また会う日までさようなら。)



とある日曜日の午後


「ねえねえー」

段々と陽射しが暖かくなって、春の匂いがする日曜日。

「天気いいからお出かけしない?」

窓の向こうには雲一つない青空が広がっている。こんな恵まれた晴天の日に、外にでないなんてもったいない!

お弁当を持って近くの公園に行ってみるとか。それとも久しぶりにドライブするとか!

楽しいデートを想像しながら、未だベッドで横になっている彼の背中を左右に揺する。

でも、全く反応がなくて。

少しむっとして、勢いよく布団をめくる。そこには勿論彼が居るわけだが。

彼の耳から、青い線が出ていて。その線は携帯電話と繋がっていた。

そっと耳を近付けると、彼の好きな歌手の音楽が聴こえる。

「いつの間に…?」

寝る前と私が起きたときは、イヤホンなんてつけてなかったのに。二度寝する前につけてたのだろうか。

それにしても。気持ち良さそうな寝顔。好きな歌手の音楽をかけているからなのか。良い夢を見ているのかは分からないけれど。

「ばかばーか。休みのときくらいデートしてよ」

どうせ聞こえないなら、少しの本音と

「でも、お仕事疲れてるんだよね。いつもお疲れ様」

日頃の労いと

「デートしてくれなくても、傍に居てくれるだけで幸せ。大好き」

彼に対する想いをと。耳元で囁いた瞬間。

くるりと。

視界が変わって、背中にはベッド。
目の前にはイヤホンを外した彼が、こちらを見ていた。

「え、…」

一瞬何が起きたか分からずに目を丸くする私に、彼が少し頬を赤らめて言った。

「お前な…全部聞こえてんだよ」

イヤホンを外しておでこをこつんと。私のおでこにぶつける。

「可愛すぎるから、やめろ」

そう言ったかと思うとすぐに。

「っ、」

唇を重ねられた。あまりに突然のことに目を閉じるのも忘れる。

そんな私に構うことなく、口付けはどんどん深くなっていって。

やっと唇が離れた頃には、私は肩で息をする状態になっていた。

少し文句を言いたい気分だけどそんな余裕もない。

すると。彼が再び横になって。私を抱き枕のようにぎゅっと抱きしめた。

「あー、落ち着く」

「まだ家事残ってるんだけど…」

「いいじゃん、後で手伝うから」

だから、いまはこうしてよう。そう言って、彼はまた目を瞑った。

柔らかい表情とは裏腹に、私を抱きしめる腕は力強くて。どうやら、離してもらえそうにはない。

ちらりと隣の彼に目線だけ移す。

想像していたデートとは違うけど、大好きな彼の腕の中。こうしてお昼寝するのも、“まあ、いいかな” なんて。

とある日曜日の午後

(晴天デートは、また今度。)


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ここから見る景色も


午前中の授業が終わって、沢山の笑い声や話し声で賑わう昼休み。

色んな声が行き交う廊下を、一人お弁当を持って歩く。暫く歩いたところであることに気付いて、ぴたりと歩みを止めた。

そうだ。もうお弁当を持って中庭まで行く必要はないんだ。

窓に寄ってちらりと、中庭を覗き込む。やっぱりそこに、彼の姿は見当たらなくて。

そんなことは分かっていたはずなのに、身体に染み付いてしまったくせなのか。

こうして中庭に向かっている自分がなんだか滑稽で、教室に帰ろうとしたそのとき。

向こう側から来る彼と、目が合った。

教室に向かって踵を返そうとしたのに。友達とお弁当を食べようと思ったのに。

視界が彼を捉えた瞬間、思考が上手く働かなくて。足も床にくっ付いてしまったかのように動かなくて。

まるで、金縛りにあったかのような状態。気まずくて、頑張って視線だけでも彼から逸らす。

さっきまでは色んな声が鼓膜を震わせていたのに、いま聞こえるのは、自分の心臓の鼓動だけ。

「ごめんな」

そんな状況の中、ある言葉が聞こえた。それは間違えることのない声色で、はっきりと。聞こえた。

ふわりと。優しい匂いが鼻孔をくすぐる。この匂いはいつも傍にあって。落ち着いて。温かくて。大好きで。

振り返ると、そこには彼の後ろ姿があった。

追いかけたい。追いかけて「まだ好きなの」って。

まだこんなに、こんなに涙が出るくらいに好きなんだよって。伝えたい、のに。

意気地のない自分の足は、相も変わらずその場から動かない。

ねえ、いまの「ごめん」はどういう意味なの?

そんなことすら聞き返すことが出来ずに、その場に佇む。

お揃いで左手の薬指にはめていた指輪はなかった。

話をした後にぽんって、頭を撫でてくれる行為もなかった。

でも。目が合ったあのとき、はっきり見た。彼の手にもお弁当があったのを。

すれ違ったときに鼻孔をくすぐったあの匂いは、私があげた香水のものだと、はっきりと感じた。

一瞬都合の良い考えが頭をよぎったけど、そんな考えを振り払うかのように私は中庭に向かって足を運んだ。

今日くらい。思い出に浸ってもいいだろう。

この場所でいつも一緒にお弁当を食べた。おかずの交換もした。たまにお弁当を作ってあげた。

そんなに昔の記憶でもないのに、ひどく懐かしく感じるのは隣に彼が居ないからなのか。

「いただきます」

お弁当箱を開けて、おかずを口に運ぶ。なんだか、いつもよりも冷たい味のような気がした。

ここから見る景色も

(貴方とだから全てが輝いて、)
(色鮮やかに映ったんだね。)

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甘い罠のその先に


深い深い、藍色に染まった空に大きく浮かぶ月が、手に届きそうな錯覚を覚える。

でもそれは錯覚でしかなく、そんな私を嘲笑うかのように星がチカチカと瞬いた。

「もう、終わりにしましょう?」

窓の向こうに広がる夜空を、ワイングラスを片手に見つめながら紡いだ言葉は、静寂に溶け込んでいった。

ガラス越しに映る男は私の言葉が確実に聞こえているはずなのに、眉一つ動かさない。

知っているのだ。この男は。

「どうしてまた?」

私が自分から、離れられないことを。

口角を吊り上げて瞳に確信的な色をちらつかせ、首を傾げる様が白々しい。

でも、今日はそう簡単に引き下がるつもりはない。

「もう、嫌なの。だから貴方とは会わなっ…!?」

“会わない”と続くはずの台詞は、力強い腕で身体を逞しい胸へと引き寄せられたことによって遮られた。

手にしていたグラスがすると抜け落ちて、派手に鳴った破壊音が耳をつんざく。

飲みかけのワインが真っ赤な絨毯に染みを作るも、目の前の男は気にしていないようだ。

その証拠に切れ長の瞳は床を一瞥することなく、ずっと私を映している。

真っ直ぐ注がれる視線に目を泳がせることが、精一杯の防衛策だ。

すると。

女の私より綺麗な指先が首筋をゆっくり、ゆっくりとなぞって、その感覚に身をよじった瞬間。

「あ、やっとこっち見た」

悪戯が成功した子供のような声色とは正反対な“男”の瞳に、まんまと捕まってしまった。

本能が危険だと警鐘を鳴らすも、彼の瞳に閉じ込められ囚われてしまった私には、どうすることも出来ない。

「愛してるよ、俺は」

理性なんか飛び越えた、心のずっと奥の奥。

狡猾な蜘蛛は甘い言葉を落として、じわりじわりと私に近付く。

逃げようと思っても、最早手遅れ。

彼の瞳に見つめられたら、私には逃げる術などないのだ。

「キスしていい?」

私の返事を待たずに、形の良い唇が触れるか触れないかの距離まで迫る。

それさえも、彼の罠。

蜘蛛の巣にかかった哀れな蝶は、ただ瞼を下ろして喰われるしかないのだ。

彼の左手に輝く指輪に気付かないふりをして。

甘い罠のその先に

(待っているのは、)
(報われることない恋心。)


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