「おい、またお迎え来てんぞ」
同級生の冷やかすような声に、俺は校門にちらりと目をやり溜め息を漏らした。
俺の存在に気付いたその少女はキラキラと瞳を輝せ、ぶんぶんと大きく手を振る。
「修兄ー!」
ましてや俺の名前を呼ぶもんだから、困ったもんだ。
「麻友。高校には来るなって言っただろ?」
赤いランドセルを背負ったその少女は、今年小学6年生になった。
俺との関係はと云うと。
「だって、今日は修兄とデートするんだもん!」
「あのなあ…」
兄妹ではなく、ただのご近所さんである。
小さい頃から遊んでやっていたからか、すっかり懐かれている。
「せっかく麻友、おしゃれしたんだよ?」
亜麻色の緩く巻かれた髪。
リボンのカチューシャ。
短いスカートにニーハイ。
いつの間にあの小さかった子が、こんなに洒落っ気めいた子になったんだろう。
元から可愛らしい顔立ちをしているのに、小学校ではかなりモテているに違いない。
「だーめ。お母さん心配するから、真っ直ぐ帰るぞ」
「えー!」
「な?」
不服そうに頬を膨らます麻友の頭を、ぽんぽんと、撫でてやる。
まだ不満そうだが、分かったと、大人しく俺のコートの裾を掴んだ。
「早川、んじゃ、こいつと帰るわ」
「おう、構わねーけど。修、」
早川がこそこそと俺の耳元に手をあてる。なんだ、と耳を傾ければ
「小学生に手を出したら犯罪だぞ」
と、笑えない冗談が飛んだ。
一発殴ろうとした俺よりも早く、意地の悪い笑みを浮かべた早川が駆け足で去る。
「また明日なー!」
「明日覚悟してろよ!」
一連のやり取に隣の麻友は、不思議そうに目を丸めこちらを見ている。
「…帰るか、」
促すように足を一歩進めた俺の手は後ろから、ぎゅうっと握られた。
「うんっ!」
弾けるような声で返事をした麻友が、俺の隣に並ぶ。その表情はとても嬉しそうで。
「しゃーないなあ」
なんて、左手で頭を掻いてみて。
逸る心臓の鼓動を誤魔化そうとした。
段々と家までの距離が近付くにつれて。
“小学生に手を出したら犯罪だぞ”
さっきの早川の冗談が頭を過る。
「まじで笑えねぇ…」
「なにが笑えないのー?」
可愛げに首を傾げる麻友は、俺のことを兄のように思っていて。
俺も妹のように思っていた。
はず、なのに。
いつからだろうか、こんな気持ちを抱くようになったのは。
「ロリコンって思われる状況だろ?」
心に芽生えた気持ちを掻き消そうと、俺は軽口を言う。
その軽口に麻友は反論した。
「麻友は子供じゃないよっ!」
「なーに言ってんだ。お子様が」
ぴんと人差し指で額を弾くと、恨めしそうにこちらを睨んだ。
「じゃあ、子供じゃないって証拠。見せてあげる」
「ほう。どうやって?」
「修兄、そこしゃがんで」
麻友に言われるがまま、その場にしゃがむ。
「これで満足…、っ!?」
しゃがみこんでから、麻友の顔を見ようと上を見上げたとき。
柔らかい何かが、俺の唇に触れた。
一瞬何が起きたか分からない俺の目の前には、目を閉じた麻友がいた。
そこでやっと。自分が麻友にキスされてる状態だと気付く。
ちゅっ。と、可愛らしいリップノイズがやけに耳に残った。
「なっ、お前、こーゆーことは好きな人とだな」
「麻友、修兄のこと好きだもん。ちゃんと、好きなんだもん」
真っ直ぐな瞳。麻友の表情は真剣そのもので。
「麻友のファーストキス奪ったんだから、責任取ってよね?」
かと思ったら、恥ずかしそうにはにかんだり。
ころころと変わる麻友の表情。
ああ、こういうところも。
「…責任取るの、4年後でいい?」
「え、なんでそんなに遅いの!?」
少し怒ったように声色を上げる麻友。
ふっと笑った俺に眉をしかめた。
「まあ、もう少し大人になったら分かるよ」
「だからっ、!」
まだ何か言いたげな麻友の唇を、今度は自身の唇で塞いだ。
「…ちなみに俺もファーストキスだから。4年後責任取れよ?」
顔を真っ赤にしてこくりと頷く麻友を、優しく抱き締めて。
4年後の麻友の反応を思い描いて、再び俺はこっそりと笑みを零した。
四度季節が巡ったら
(初めてのキスを奪った罪は、)
(プロポーズで償うことに決めた。)