「あ、いい匂いする!」
突然の大声にびくりと体を震わせた。目を開き、辺りを見回すとエンブオーの姿が見えた。イッシュのトレーナーだ、と心が騒ぐ。やだなぁ、俺のこと知ってたらどうしよう。ここはカロスの名所日時計のあるヒャッコクシティ。こんなところにイッシュのトレーナーが来るなんて、と身構える。
しかし、建物の影から現れたエンブオーを連れたトレーナーの姿に俺は、愕然とすることしかできなかった。
「ブオウ、俺たちだいぶ遠くまできちまったな。そろそろバトルしてぇよ、うんうん俺も今思ってた。」
エンブオーに話しかけるトレーナーの姿は、俺と酷似していた。いつもの服の俺となんらかわりない…いうならばドッペルゲンガーのような、それにちかい。
「うそ、」
思わず口が滑り声を漏らす。トレーナーも俺に気づいたようで、また同じように驚いた顔をした。それから、深呼吸をして俺にどんどん近づく。やばい、どうしようヒビキもカルムくんもみんないないよに、どうすれば。
「…あ。」
トレーナーがどんどん近付く、体は震え手がするするとモンスターボールを目指すと同時に声をかけられた。
「なぁ、あん「いって、ダイケンキ!」
目をつぶりながらボールを投げたからか、着地点は見えない。ただ、へぶっとなにかの間抜けな声と、転がったボールの音、ダイケンキの鳴き声が耳に入るだけだ。
恐る恐る目を開けると、少し混乱したトレーナーが、頬に手を当てて俺の方を見る。やべぇ、見れば見るほどそっくりだ。なんでだろ。今度はこちらが不思議そうに彼の顔を眺めると、ぐいっと手を掴まれた。
「っ、なんなんだよ!いきなりボールぶつけたり…」
「こちらこそ…俺、知らないよ、お前。」
「なっ…じゃあもうこれは、バトルしかねーだろ!」
いきなり言いくるめてくる彼は、まるで俺とは正反対の熱血漢。少し混乱しながら頷くと、彼もモンスターボールに手を伸ばす。
「博士にもらったのは最後だよな、いけ!ムシャ!!」
「そ、そういうのなの…?おいでシャンデラ。」
ゴーストタイプか、と彼が苦虫を潰したような顔をする。なかなかに面白い子だな、とか思いながら、シャンデラにワザを頼んだ。
「シャンデラ!ムシャーナのまわりにおにびだ!」
「なにっ、くそぉ。ムシャ、サイコキネシス…ってとどかねぇ。」
「もう終わり、じゃないよね流石に。」
「わかってるってぇ、考えろ…考えるんだ…んー、あー!!ムシャが夢食ってくれない…」
喋るに連れだんだん弱々しくなり、最後にはううんと唸りながらぶっ倒れた。倒れるのを見て、なんだか自分のように見えてきて、恐怖にかられそうになったが、なんとか持ちこたえ、それでも震えながら、ダイケンキたちに指示を出す。
「戻ってシャンデラ、ありがと。ダイケンキ…!ムシャーナの周りの炎を消すんだ。そんでムシャーナ。この子助けて。」
おにびをけすと、少し不安そうにムシャーナが鳴いた後、主人が倒れてるのを見て、いそいで駆け寄った。そして、頭に食いつく。え、食いついた。
「え、え…えええ?!」
ムシャーナは目を細め、美味しそうに食べている。俺はただ呆然と、その様子を見ることしかできなくて。そうして、ムシャーナが離れると彼はまた唸りながら体を起こす。先ほどの苦悶の表情でなく、ある種のスッキリした顔で。
「よっしゃぁ、じゃあムシャーナ!さいみんじゅつでねむら…あ、れ?」
もうバトルは終わったよ、なんてポケモンに見られてる。そのなんだか間抜けな様子が、おかしくてククッと笑うと、彼は不機嫌そうに俺を見つめた。
「な、なぁに?」
「オレを助けてくれたんだよな、ありがと。」
「どういたしまして。えっと、」
「あー、えっとオレはブラック!ブラックだ。チャンピオンになる修行をしてんだよ、そう!オレは、イッシュチャンピオンに絶対絶対絶対絶対なってやるんだー!!!」
「…チャンピオンなんて、そんな綺麗なもんじゃないよ、」
と、呟くとブラックは不思議そうになんで?と聞き返してきた。
「あ、えっと俺はトウヤ。俺もイッシュ出身で、元チャンピオンかな。」
「えっ、ちゃ…ちゃちゃちゃ、チャンピオン?!お前、じゃなくてトウヤがっ?嘘だろ!いつ、いつのチャンピオンなんだ。オレは知らないぜ、旅をして半年経つけど、オレそっくりのやつなら、きっと噂になってるはずだ!なのに知らない。お前本当にチャンピオンなのかよ!」
ブラックにまくしたてられ、口を開けることができなかった。そんな俺にあわあわとしているうちに、チャンピオンなのかよって言葉が突き刺さるように聞こえた。
「本当だよ、俺は一年ちょっと前にチャンピオンになったんだ。お前は知らないかもしれない。」
「なんで、アデクさんは、Nは、」
「みんな倒した、Nの騒動を一人で背負って、方をつけたのが俺、だから殺されかけたの。知らないの、チャンピオンになれなくてたびに出たブラックはニュースで見なかったの?たしか流れてたと思うよ。
プラズマ団残党による襲撃相次ぐ。元イッシュチャンピオンが行方不明に。って。」
今度は俺からブラックに。混乱してるような顔を見る限り、本当に知らないらしい。あんなに大々的にニュースでやってたのに、知らないなんて。
「お前が本当のチャンピオンと見込んで話があんだ!オレに、稽古をつけてくんないかな」
「ごめん、俺半ば成り行きでチャンピオンになった、っつーか…人に教えられるほどじゃないから。それに、ポケモンセンターの前じゃバトルに向いてない。」
「あー、そうだな。うーん、やっぱここのエックスに会うしかねぇかなぁ…」
「誰かと会う約束してるの、」
「約束…じゃねぇかなぁ。先輩方に紹介されたバトルつええ新人?」
「ふぅん、時間があるならカフェで話そうと思ったけど、会う人いるならよしたほうがいいよね。」
ブラックと別れようとしたら、手を掴まれた。
「いやいやいや!話聞かせてくれよ!頼む。トウヤの話聞かせて!」
されるがまま、カフェに連行されて、座らされる。ブラックは嬉しそうに俺の話を聞こうと耳を傾けた。渋々話し始めると、ブラックはなお楽しげに、俺の言葉を聞く。
いろいろ話してると、ジェネレーションギャップ的なものを感じることが節々見つかった。どこかで二人とも理解していた。俺たちは全く別の世界の人間で、知らない土地の話をしてる。って。
だからこそ、もっと聴きたい、知りたいって欲がブラックを襲う。よく調べ、よく準備する男、だから。
「…Nと離れて、殺されかけて、そんで先輩のとこに転がり込んだ、って感じか。」
「そっちは、ホワイト社長って人を助けようとして、Nと戦って、そのままでたのか。
レッド先輩と、ゴールド先輩っていう先輩のところいるんだね。ふぅん。」
お互いの身の上話を話し終えた頃には外はもう暗くて、メガストーンのありかを示す日時計が光り始める時間だった。
「ブラック、日時計見た?」
「いや、まだだなー。今日ついたばっかでさぁ。」
「じゃあついてきなよ、案内したげる。」
手を伸ばすと、今度はブラックが俺の手を取った。カフェを出て、しばらく歩くと輝く日時計。目を輝かせ、それをみるブラックをみて、会えてよかったななんて思った。
ちょうど流れ星が流れたらしく、ブラックが俺の身体を抱きしめて、空を指差す。みた?という顔が、まるで何も知らない少年で、なんか愛おしく見える。ブラックの背に手を回し、うんと頷くと。ブラックの顔が赤くなる。あれ、俺と違ってあんましこういう経験ないのかな。
「ブラック…?」
「とっ、トウヤ。あの、えーっと、オレ…」
体を離し、見つめあうと、ブラックは言葉に詰まってて、それがなんだか滑稽でからから笑いながら見てやると、不機嫌そうに唸り、顎を引かれた。
そのまま、軽くバードキス。全身の血が沸騰するような感覚、俺が驚き目を見開くと、ブラックは、恥ずかしそうに目を伏せる。なんて話せばいいのかと、言葉に困る。
「お前と会えてよかった。お前がいい匂いの正体だったんだ、オレは今日…きっとトウヤに会いに来たんだ。」
ブラックの言葉に、どこか嬉しさを覚えた。
「そっか、うん。うん…そっか。」
鼻をくすぐるような甘い言葉に微笑みながら、頷く。うんきっと俺も、お前に会うためにここに来た。
エンブオーをみたとき、怖いって思ってごめんね。こわかったの、俺にとってそいつは、失った故郷のポケモンだから。
ブラックの体がだんだん薄くなる、戻るんだと、ぼーっとしながら思った。もう二度と会えないのかも、なんて思ったりはしない。お互いわかってるんだ。さようならは辛い、だから俺たちは。
「またね、ブラック。」
「またな、トウヤ。」
再開の約束を。
目を覚ますと、オレはベッドの上で寝ていた。なんか、背中痛い、でもって温もりも感じる。なんだっけ、と顔を上げて気がついた。そういや今日は後輩の家に!
「わっ、わ、ごめん!エックス、寝坊しちまった。」
「構いませんよ、ブラック先輩。いい夢見られたんですか?」
ふわっとした笑顔で返されたので、ふっと夢に思いを馳せた。たしか、ヒャッコクの日時計の前で、おれ…オレ…あっ。
「っ…!」
「せんぱい?」
思わず口元を抑える、あれは夢だ。夢だけど。
(なんでかめちゃくちゃ、柔らかいのだけ覚えてる。)