17話ネタ
結局、俺だけ温泉に入りそびれた。まぁ土方さんの養生に、越したことはないんだけど。でも俺も、登別の湯を楽しんでおきたかったなぁ。
みんな大人だからってお酒飲んでずるいよ、俺だって…飲めないわけじゃない。生きてた時代には、俺の歳でも成人扱いだもん。だからこそ余計に、あの輪に加われなかった悔しさがあるのかも。土方さんあのあとダウンしちゃったし。
旅館を借りたのは正解だった。遊戯に食事に温泉に、やることが多いことは悪いことじゃないと思う。中島さんも島田さんもご飯食べに行っちゃったし、相馬さんはまだ土方さんの看病?してる。俺は1人、遊技場に居た。
ピンポン、は二人いなきゃいけない。ダーツは、一人だとつまらない。ゲームでもやろうかな。俺の目に付いたのは所詮クレーンで人形を掴み上げるアレ。意外と楽しい。両替機で五百円を崩し、意気揚々と百円を筐体に入れた。
「やったっ、」
小声で喜ぶ。なんと、一回で大きな人形を手に入れることができた。犬のぬいぐるみ、しかもめっちゃかわいい!めっちゃ、かわいい。取り出し口に手を伸ばし抱きついたことで気がついた。こんなの土方さん達が居る部屋まで持ってけねぇよ…。周りの人たちは、微笑ましく俺を見てよかったねなんて言ってるけど、全然良くない。
「おにーちゃんすごいね!」
「えっ、」
浴衣の裾を掴まれ、声をかけられ下を向く。俺よりちっちゃい女の子が賞賛の目を俺に向けていた。やった、この子に渡しちゃおう。
「これあげるよ、俺取る方が好きなんだ。」
「いいの?やったー!じゃあわたしは、はいこれ、飴だよ。おにいちゃんにあげる。」
「…飴?」
「うん、ねぇおにいちゃんあのクマのぬいぐるみもとってよ、」
その子が指差した先には、熊。熊か…、俺は少し前の北海道神宮のことを思い出して眉を顰めた。
あの時、大いなる力に操られた土方さんは俺たちにも刀を向けた。俺は、逃げようとしなかった。ただただ、呆然とその場に立ち尽くすことしか叶わなかったんだ。土方さんが、あの、土方さんがこんなことをするはずないんだって、そればっかで。相馬さんが肩を押しても、俺はずっと名前を叫び続けることしかできなかった。もし、またフランチェスカとの戦いで万が一でも土方さんがあんなことに巻き込まれたら、俺はどうするんだろう。
「おにーちゃん、おにいちゃん?」
「あ、ごめんねクマだよね。」
「そうだよー!」
百円を入れると、今の心に全くそぐわない軽快な音楽が筐体から流れた。耳に入ることのない音を、ぼおとやり過ごしながらまた一発でクマを落とした。女の子の拍手に苦笑いをする。
俺の心に葛藤が生まれてしまった。
「ありがとー、ばいばーい!」
「おう、じゃあなー、」
女の子を見送ると、いよいよ手持ち無沙汰だ。女の子の両親が、お金のことを言ってきたから、端た金ですとそれを断った。みんながくれたお小遣いだったけど。そうしたら、その両親は家族湯のチケットを一枚よこした。家族湯と言っても、どうやらカップル用の奴。俺はそれに顔を染める。
「こ、これ、」
「あらあら、貴方彼女さんとでもきたんでしょう。家族湯で入るとそれも付いて来ちゃうのよ。」
「いや俺別に彼女なんて、」
「いいから、貰ってくれよ。」
「う、はい、」
という馬鹿らしいやり取りをしたのをよく覚えている。どうせなら、エステの券とかがよかったな、土方さんに渡せるから。俺はその家族湯、というかカップルのための混浴チケットを眺めながら、しんと静まりかえる旅館の廊下を歩いていた。
「おや、鉄之助か?」
「相馬さん!土方さんは、」
「副長なら体調戻ったって僕を追い出しましたよ。すっごく機嫌悪いから、会うなら気をつけて。」
「…目覚め一番にあの一発ギャグでもかましたんでしょう…顔赤いですよ。」
「あっはっは、なんで!…わかっちゃうんですか、島田と中島のところに行ってるので、副長も食事が要りようならこちらに来るよう言っておいてください。」
はいはーい。と、相馬さんを見送る。そうか、土方さん機嫌悪いのか。
家族湯のチケットが、なんだか馬鹿らしく思えた。
「鉄之助か。」
「土方さん、ただいま戻りました。」
布団から抜け出して窓辺の椅子に腰をかけながらタバコを蒸す土方さんは、やっぱりかっこよくて、大人なんだと思う。
俺はそそくさと茶を淹れて、土方さんの前に差し出した。屯所でもいつもやってたこと。お茶汲み小姓でも、俺は別に構わない。俺に人を殺させず、そして殺させないための処置だと抜け出す間際に聞いたときは、感謝の言葉が出たほどだ。
思い出して、ニヤニヤしてると土方さんが訝しげにこちらを見てるのに気が付いて、上を向いた。
「曲がりなりにも隊士がニヤニヤしてんじゃねぇ。」
「え、す、すみません土方さん。でも、その、思い出しちゃって。」
「ほぉ、」
「色小姓とか、昔言われてたじゃないですか。その時、沖田先生が小姓は俺を守るための土方さんの手なんだって教えてくれて、すごく嬉しかったんです。そのことを思い出しちゃって、土方さん不器用だからって思ったんです。思い出すと、笑えちゃう。」
「お前知ってたのか…、ゲフン、総司の勝手な推測に踊らされてんじゃねぇよ。」
すみません、と平謝りをすると、それをもお見通しみたいだ。お茶に口をつける間もじっと俺を見つめていた。見つめるってより睨んでたけど。
「なに持ってるんだ?」
「家族湯のチケットなんですけど、2人分なんですよね。」
「入るか。」
へ、とその口のまま俺は半強制的に土方さんに抱え上げられた。
湯の音がいやに耳に入る。なんというか、久しぶりに土方さんと二人きりの風呂だな、とかそんなことばかり浮かんでしまう。土方さんは、またお酒かと思ったけどさっき逆上せたのがキたらしく黙って湯に浸かっていた。
温泉といっても、家族湯で、正直そこまで広くない。普通の男二人なら進んで入ろうとはしないだろうし、旅館側も入れたくないだろう。でも、俺が土方さんと入れてるのは、俺の身長の低さと土方さんのルックスの賜物だ。兄弟か親戚に間違われた俺たちは、快く案内された。多分、そういう家族に近いんだろうな。
湯が気持ちよくて眠気まなこになっていると、風呂で寝るんじゃねぇと土方さんが声をかけてくれた。なんとか起こした頭は、未だに夢と現を行ったり来たりしてるみたいでうまく働かない。声かけじゃ足りないのかと、土方さんは俺の身体を抱き上げて起こす。流石にこれは目が醒める、ビクと身体を震わせて土方さんの方を見たら、やったことに気が付いたのか、土方さんも少し顔を赤らめていた。
「軽いな、ちゃんと食ってるのか。」
「た、食べてますよ。」
「ならいい、お前とこうしているとあの時を思い出すな。生き返ってから二人きりになったのは久々だ。」
「はい、色々ありましたもんね。土方さん、怪我大丈夫ですか。」
背中から抱かれるのが恥ずかしくて体の向きを変える。土方さんの真面目な顔が目の前にあって思わず顔を逸らした。かっこいい。向かい合い風呂に入るだなんて、ありえないだろ。
土方さんからのツッコミはなくて、代わりに首筋に唇を落とされた。
「ひじ、かたさ、」
「懐かしいな、鉄之助。」
やだこの人ノリノリだ、困ったどうしよう。
土方さんと初めてしたのは、箱館でのある日だった。いきり立ってた土方さんが、俺を呼んだんだっけ。やっぱ俺は色小姓だったのかって、初めは思ってたけど、土方さん優しいし、俺に居たことないけれど恋人に向けるような顔をして俺を抱いた。とても心が満たされた。
でも、どうしてか土方さんが切なげな顔をしたんだ。抱きながら、泣かれちゃ俺もどんな反応していいかわからない。どうしてこの人は、こんな苦しそうに泣くの。俺のことを抱くのは後ろめたいの。
ふたりきりになれる機会は意外と多くて、俺は度々伽の為に土方さんに呼ばれたけれどそういう時は決まって、土方さんに何か不利なことがあった時だった。だから、イライラしててたまに乱暴にされた時もあったな。俺は辛くないって言ってるのに、土方さんはその傷をお茶汲みの時目に入ったのか悪いってずっとそればっか。
いたくない、つらくないよ。その言葉は到底届かない。
生き返ってからは、抱かれることはなかった。いつだってみんながいて、フランチェスカとの戦いもあったしEZO共和国を作るために毎日忙しかった。それに、俺たちはくじける暇がなかった。だけど今は、久々に取れた安息に俺たち2人きり。抱かれるかも、ってちょっとだけ期待してた。腹黒いかな、でもしょうがないよね。
土方さんはそういう時のクセ?があって、絶対首に口付けるんだ。満足げに、口付けてからはじめる。実は俺結構これ好き、愛されてるって感じがする。だから俺は腕を回して受け入れる。折角あの時と同じ、死んで生き返ってまた15歳でやり直せるんだから。
「鉄之助、お前は変わらないな。」
「土方さんこそ、ぁ、そこだめ、」
「アンデットでも、感じるもんだな。鉄、体俺に預けろ。」
「ん、」
もう頭働かなくて、ぼやぼやと土方さんの言う通りに動く。土方さんの指が俺をほぐしてる。俺はただ体を預けて、時たま迫る快楽に声をあげる。熱が痛いくらいに伝わる。俺焼け死んじゃうかも、もしかしたらもうのぼせてる?そんなことが浮かんだ。
「あちぃな、」
土方さんがそう呟くと、ぐっとそのまま俺の体を湯の外に押し出す。北の大地の外気は寒くて、熱い体が一気に冷まされ、ひっ、なんて情けない声が漏れた。
「あぁ、悪い。鉄、中入るか?」
「土方さんがまだ平気なら俺は大丈夫です、んっ…」
「…上出来だ。」
珍しく土方さんが俺に口付けた。珍しく、ううん初めてだ。目をぱちくりさせた俺に、自分でキスしといて土方さんの方が疑問を浮かべていた。
「どうした?」
「いや、キスされたの初めてだなぁって…」
「っ、鉄之助お前煽るんじゃねぇ、」
「ちょ、土方さんッ待って…」
脚を持ち上げられて、開かされる。無理矢理じゃないんだけど、全然嬉しいんだけど、土方さんは照れ隠しに早急になるんだよな。
死んだ体は熱く熱くなっていて、口から漏れ出す吐息もまた熱い。目も上手く開かない。頭がますますぼうっとして、完全に上半身は覆いかぶさるように土方さんに預けていた。まだ湯船に浸かったままの土方さんを抱き締めて、いや抱き締めるほど強くない。本当に体全部を預けてる。
土方さんは、脚を開いて解してたけど、俺の様子に気づいたのか湯船から上がると俺をそのまま抱き上げてタオルを羽織った。それから、あまり覚えていないけど、アイスを咥えさせられ浴衣を着せられて、気が付いたらベッドの上でうちわで扇がれていた。土方さんが退屈そうにあくびをしながらうちわをパタパタさせてるのが似合わなくて笑おうとしたけど、笑う体力はなかった。
逆上せちゃったみたいだ。しかも、けが人の土方さんに運ばせて。アイスまで買ってもらって、介抱してもらった。馬鹿だな、俺がする筈なのに。兄ちゃんがいなくなった時と同じだ。俺はいつも1番大事なときに、この人の守りを独占している。
悔しくて、歯がゆくてしかたない。泣きそうだ。もう泣いちゃってるかな。
「鉄之助、目が覚めたか…、おい何泣いてるんだよお前。」
「ごめ、ごめんなさい、ひじかた、さん。でもッ涙が止まらないんです。ぅ、どうしておれは、あなたに迷惑しかかけられないのか、なって、ひっ…く、」
腕で泣き顔を必死に隠す。泣きじゃくってまた心配かけて、いつまでもガキだ。
「暑くて頭湧いてんだろ、アイス溢れてる。」
土方さんは相変わらず真顔で、口から落ちたアイスをまた押し込んできた。冷たさが一気に全身を駆け巡り、その衝撃に体を震わす。
「っ、ひへはっ!」
「体冷やしてから喋れ、ったく世話焼かせんな。」
ソーダアイスが溢れて、頬を伝った。もう涙なのかアイスなのかぐちゃぐちゃになってわからなくなってしまったそれを土方さんの舌が掬う。その感覚がむず痒くて体を攀じらせた。
「悪かったな、」
「あの、」
「落ち着いたらゆっくり、してやるから。」
土方さんが耳元でそう言うから、ぞわぞわとして目を瞑った。違うのに、そういうことじゃないのに。
アイスを口から出して、起き上がる。
「俺っ、俺もっと強くなりたいんですっ、土方さんの、役に立ちたいッ、俺をもっと必要として、?」
右手にアイスで、俺何言ってんだろ。急に恥ずかしくなったのと、さっきまでの行為とを思い出して、顔に熱が集まる。でも、土方さんはクス、と珍しく笑った。その行動が理解できなくて首を傾げると、土方さんが肩を叩いて笑い始めた。
「はっ、素直だな鉄之助は、ったく、つい笑っちまった。」
「土方さんそれ、ひどくないですか、」
俺がそう言って食いかかると、また一笑いして、徐に立ち上がった。
「さっさとアイス食って浴衣直して食堂に来い、待ってやろうなんて思っちゃいねぇ、だからしっかりくっついて来い。お前が隣にいれば、俺もあいつらも、歩けるからな。」
浴衣に羽織りを羽織る様は、あの時代の土方さんそっくりだ。きっと、みんなこう言うだろう。副長は、変わらないって。俺もまた、その言葉と姿に救われる。土方さんはかっこいい。かっこよくて、優しい。だから、ついていきたい。くっついて来い?そのつもりだ。隣なんて誰にも渡したくない。
出て行った土方さんを何も言わず見送ると、右手のアイスを掻っ込む。溶け始めたアイスは、見る間に俺の口に溶け消えた。アイスを飲み込み、浴衣を直す。目指すは食堂、みんなのところ。
立ち上がり襖に手をかけた。
もしまた、土方さんがフランチェスカとの戦いであんな目にあったらどうする?
巫山戯た質問だ、今考えればすごく。だって答えはひとつきり、今度こそ俺は土方さんについていくんだ。どんなやり方でさえ、そうしてやっと初めて俺は土方歳三の両長召抱人となる。もう、あの人を一人にはしない。新撰組みんなで、歩くことができるよう、俺は俺の身の丈全部で、土方さんの、隣を歩く!それが俺の答え。
「まってろよ、フランチェスカ!そうして土方さんも!俺はもう悩むもんか、ずっとずぅっと考えは変わらないからな、覚悟しておけ!」
温泉に入れなかったことなんてなんのその、俺に新しい目標ができた。それだけで満足、もう何も欲しいものはなかった。