なんかメモにあった痛いロウテツ
痛い、痛い。
流血だし辛いし色々ぶっ飛んでる。
とにかくテツヤに甘い荒神先輩と荒神先輩が大好きなテツヤを書きたかった。
柔らかな髪だった。想像していたよりもずいぶんと、柔らかで、撫で心地の良い髪だった。目をつむったままのそいつは、2、3度激しく咳き込んでからまたおとなしく寝息を立てる。黄色いパーカーには無数の血痕が、痛々しく咲いていた。
現実のものとなったカードの力で傷つけられたのだろう。核心に迫りすぎたこいつが悪い。そうだと、思うしかない。そうでなければ、この痛々しい傷を「ともだち」…いや、あいつがつけたと思えない。
膝を貸すだなんて思いもしなかった、しかもこのようなやつに。カードがなければ、牙王がいなければ、それこそ縁のないこいつに。いやだからこそだ。絶対的にあり得なかった俺たちだからこそ、間に生まれる関係があったのだ。
壁に滴る鮮血と、四肢を投げ出し薄く目を開き、ヒュゥとまるで風が全身を通り抜けただけのような小さな呼吸。あたりにいつも鬱陶しいくらい近くにいるはずのバディはおらず、散りばめられたカードには、またもや血痕。こいつは、死ぬのだろうな、と思った。
「おい、アスモダイのバディ。」
いつも呼ぶ名で呼んでも、反応さえしない。焦点の合わない大きな瞳が、揺れたような気がしたばかりだ。トレンドマークとも言えるバナナは見当たらず、どうやら、とんでもないことをされたようだ。
駆け寄り、ボロボロの体を抱き上げる。破かれた服から覗く、白い腹にまっすぐ伸びる赤い傷、思わず口付けた。いっ、と甘い声を出して俺の服を掴む。それでも変わらず舌を這わす。ぞくぞくと震える身体を楽しみながら、ごくりと喉を鳴らした。
こいつは、俺だけのものだ。
「おい、お前ならいくらか傷は治せるはぶずだ。」
「…なんのつもり、荒神ロウガ。その子はキョウヤ様が処分したもの。」
「ゴミならなおさら好きに使わせろ。」
冷たい金属のテーブルで、体をたまに震わせる幼い少年を、「ゴミ」と呼べてしまう、ディザスターフォースで傷つけたことを、「処分」で片付けてしまう。やはり、おかしい。
ソフィアはすこし満足いかなさそうな顔をしたが、後にしっかりとカードの力を使い体の傷を塞いでくれた。
「傷は塞げたけど、出血が多そうだから一応手荒な真似はやめた方がいい。すでに処分したものなのだけど、流石に死人は出して欲しくない。あと、バディだけど…マジックワールドで囚われてるわ。」
「ふん、こいつはもう平気なのか。」
「安静にしておけば死なない。」
「ならいい。」
痛々しかった傷口は、塞がれてみえない。気になるのは服がズタズタなことくらいだろう。たしか、戦国学園に数着服があったはずだ。サイズはしょうがない。あのままにしていたら死んでいただろうから、救われただけマシだ。
「そういえば、こいつ血を吐いたみたいなんだが。」
「蹴られて内臓傷付けでもしたんじゃない。」
「…そうか。」
こいつは確かに男だ。だが、小学生…の中でも体躯は大して大きくない。守るための筋肉だって、さして量はないはずだ。その体で、年齢差体格差あるキョウヤの攻撃をろくな抵抗せずに受けてしまったのだろう。
その痛みを考えると、思わず腹を押さえていた。先ほどより和らいだ表情のそいつをもう一度抱き上げる。
「名前でもつけたら?」
「…あいつのようにか。ゴメンだな。」
ソフィアに礼を言い踵を返す。抱かれまま、すぅと安らかな寝息を立てているこいつを、なんだか良い拾い物をしたなと節々思うのだ。
−名前か。
名前で呼ぶのはシャクだった。黒岳テツヤと名前を呼ぶのだけは。ならばつけるか、いやそれだとキョウヤの二の舞になる。名前という葛藤に、苛まれるなど思いもしなかった。俺だけの、こいつに名付けてしまえば、本当に俺だけのものになるのかもしれない。
「…アスモダイのバディ、エサ、か。」
答えない。
ただ静かなる寝息と、緩やかな心音が返ってくるばかりだ。どうせなら、意地を張るのはやめよう。
テツヤに口付け、名前を呼ぶ。
「テツヤ、起きろ。」
その命令に、テツヤは薄く目を開いた。
戦国学園の寮に立ち寄り、テツヤの服を見繕う。小さめの体に合うものがなかなかなかったが、どうせ俺しか見ないのだから、多少サイズが違っても構わないだろうと普通に服を渡す。
「…あらがみせんぱい、あの。」
「どうしたテツヤ、」
「俺、臥炎キョウヤって人に…」
「それは言わなくていい。」
指で唇を抑える。話せないとわかったのか、しぶしぶ着ていたものを脱ぎ、大きめのケープに手を通した。あぁ、なるほど、存外良いものだな、ぶかぶかな服装というのは。
「どうして、荒神先輩が。」
「…お前が死にかけていたから拾った。」
「そんな交通事故で引かれた猫みたいな言い方ってないYO…」
確かに俺、ズタボロだっけどさぁ。と、まるでいつもの通りなテツヤは、どうみてもバディモンスターを失って途方に暮れている風には見えなかった。
「おい、行くぞ。」
「待ってYO!荒神先輩!」
こいつは覚えているのだろうか、自らがバディファイターだということを。バディをキョウヤに奪われたことを。なにもかも忘れていれば、こいつの心は救われるのだろう。
テツヤを姫抱きすると、今度はしっかり意識があるからか、寂しげな顔をする。アスモダイによく姫抱きされていたからか。やはり、記憶はあるようだ。
「荒神先輩、俺、アスモダイを守れなかったんだYO…それに、あの子のことききたかったのに、だめだった。」
俺は答えない。それでもテツヤは綴るように続ける。耳だけは傾けた。
「あいつと対峙して、自分じゃ無理だと思い知ったYO。たぶん、止められるのは牙王…俺じゃない。あのままもう二度と目が覚めなくったっていいと思うくらい、なにもかも打ち砕かれてた。荒神先輩が拾ってくれなきゃ、本当…なにも見なくなってたYO」
ありがとう、本当に。と照れずに言った。思わず俺の方が照れくさくなり、顔を背ける。
「お、お前は俺が拾った、俺のものだ!わかるな!」
「え、う、うん!」
「感謝は大事だがそれ以上に俺を尊敬することだな!」
「OKだYO!」
拍子抜けして振り返る。満面の笑みが、少しの疚しさを飼っていた自分の心を縛るようだ。呆れつつテツヤの頭をぽんぽんと撫でる。
「行くぞ。」
ほんの数時間前まで、血塗れでズタボロで死にかけていたとは到底思えない。テツヤは、俺の隣で生きていた。
黒岳テツヤとの生活は、案外順調に進んでいた。キョウヤからなにも言われず、どこか許されたと思っていたし、テツヤもキョウヤに痛めつけられた記憶が薄れたんじゃないかとでも思う。
我ながら殺風景な部屋だ。トレーニング器具と、ケルベロスのために用意した数個の小物と自分の寝るベッドぐらいしかない。壁はコンクリートだから余計に世界は灰色。暗く、カードがかろうじて見れるくらいの仄かな灯り。俺の世界の全てだった。
その世界に、突然現れた眩しすぎる色彩がテツヤだ。もうボロボロになって、着れない服はそれでもいつか着なきゃいけない時が来ると、そのままにしている。黄色と緑のパーカーとズボンは、多分俺との思い出でなくアスモダイと、あの女との思い出なのだろう。帽子とバッジは家族の証のようだ。しかし、それがなくったってテツヤはテツヤだった。もちろん深く知っていたわけでない、二度あっただけだ。なのに、助けた俺もどうだが、心底慕うこいつも悪い。目を離せない色彩の持ち主と、こいつはきっと知らない。
そんなテツヤはぼうっとベッドの上に座っていた。うつらうつらして、今にも寝そうだ。あれから、数日が経っていて、テツヤの傷は殆ど癒えていた、ただ時折咳き込むくらいで他に目立つ外傷はない。貧血も治ったようで、顔色も良くなった。本当はもう返しても良かった。しかし、どんどん元に戻るテツヤを見ているうちに、邪な感情が俺を包み込むように現れる。
この感情に名前なんてつけるつもりはなかったものの、意図不明な行動は度々取ってしまっていた。まず、まるで当たり前の行為のように、夢の世界に入りかけているテツヤにキスをしてしまうあたり。ありえない。だが、やらざるを得なくなっていた。
「んっ、あらがみ、せんぱい…」
甘えた声のテツヤをそのままベットに押し倒す。俺たちにそれ以上の行為も感情も無かった、だが、確かに普通でないことだけはわかっていた。
「テツヤ、傷の具合はどうだ。平気か。」
「もう平気だYO。」
「…あの時からお前を守っていればよかったかもな。」
「でもあれがなかったら、俺は一生荒神先輩に飼われなかった。」
「自覚していたか、」
飼われている自覚はあったらしい。きっと俺が囲い龍愛を注ぐ訳まではわかっていないだろう。守りたくなって、捕らえたくなって、そうさせたのは赤に塗れたその姿を見てしまったからだ。
テツヤの頬に手をやる。自分の骨ばった掌でテツヤの柔らかな肌を撫ぜる。これも、よくやることだ。ここに、テツヤがいることを確認している。しばらく弄んだら、ベッドから退いて、倒れたテツヤを横目に立ち上がった。
正直、手枷も足枷も手錠も首輪も使っていない。服もボロボロだが、たしかに在る。俺が会合やらに行ってる間に、テツヤは逃げ出せる。もしかしたら逃げているのかもしれない、しかしテツヤはここにいる。今も、そしてずっと。飼っている、という言葉が正解かは不明だが、飼われているとテツヤが思うのならきっとそうだ。守り捕らえたいと俺が思っているのなら、尚更というもので、故に逃げ出せない。
「荒神先輩?」
「ディザスターの会合だ。行ってくる、」
きっと、いつだって近くに誰かいなくてはダメなやつなんだ。
「待ってるYO」
笑顔に見送られ、重い金属扉の玄関を「ともだち」に会うために開けた。