ライフ・ビューティーちゃんが断絶のコートにやってきたみるんをるるのもとに帰す話。
四話はかわいいね。っていう話を今さらあげます。
少年の小さな手が、僕の涙を掬うように伸ばされる。あぁ、ごめんなさい。君を心配させるつもりは毛頭なかったよ。だけど、君がそんな顔をしてくれるなら、僕はきっと、君に約束のキスをする。
君はいつからか、死んでここにきた。ここは、クマと人間の彼岸。僕らはそれを裁く者。何度も君はここにきた。いつもはクールが帰してた。なんでかはわからない。ただ君は、おかしくなったように約束のキスをもらうんだと息んでいた。
少年の名は、セクシーがみるんと教えてくれた。みるん、とセクシーがいつもの調子で真面目に言う、クールもだ。この裁判において、不真面目はありえない。僕も真面目にやる。真面目に見えないなんて、バカなことを言う子はユリ承認しないから。
みるんは、何度も死んだ。
違う、お姉ちゃんに殺されてた。大好きな、キスを欲するほど愛おしい、お姉ちゃんに殺され続けてた。
崖から落とされ、湖に投げられ、溶岩に落とされ。君は何度でも、死んで、クールに帰される。過度にユリを敵視するクール。如何してかは知らない。興味なかった。
ある時、そうだ、セクシーとクールがいない日。みるんはまた死んだ。
「おねーたまに約束のキスをとどけなきゃいけないんだ。早くぼくを帰して!」
頼れるクマは僕だけ。だからきっと、僕に縋るしか無かったんだろうな。もちろん、そんなの聞き入れるつもりないけど。
だって僕は、中立を保つ弁護士。罪グマを、罰するのも許すのも僕じゃない。みるんの顔が次第に不安に歪みオロオロとし始めた。ねぇ、なんのつもりなの。僕は。
その時、みるんがいつも持っている約束のキスがないことに気づいたんだ。
「…君の約束のキスは?」
「おねーたまにに届けなきゃいけないのに、見つからなかったんだ。」
ショボくれたみるんに、僕はなんて声をかけるのが正しいのかわからない。自分を殺し続けるあの子を許して、まだ約束に縋るみるんが、僕にはわからないんだ。
そんなに約束のキスが大事なの。だって、それはぼくのスキだから。…スキは星になるんだよ。それでも、ぼくのスキ。あんなに拒否されてるのによくスキでいられるね。スキでいるのは、幸せだもん。僕にはわかんないや。きっと君も、スキを諦めなければわかるよ。子どもにそんなこと言われたかないな…ごめん、言いすぎたよ泣かないで。
終わらないみるんとの問答。
スキを諦めない。か、僕もスキは嫌いじゃないし応援したい。でも、あきらめない気持ちにはなったことない。
「ぼくはスキを諦めないんだ、いつかおねーたまにキスしてもらいたいから。」
「なら勝手にすれば、僕は君を助けられないよ。僕に君を帰すことはできない。クールとセクシーが帰ってくるのを待ってなよ。」
「やだ、ぼくは今すぐにでも約束のキスをさがしに行くよ。」
「だから、僕はできないんだよ。例えば僕が君にいたく共感して、ぜひ願いを叶えたいと思ってもね!僕ができるのは罪グマの手伝いだけだ。セクシーに伝えて、彼らをここから出すことは容易。でも、僕一人だと何にもならない。」
自分でさらけ出して、ハッとした。この子になんでここまで。でもきっと、この子は諦めない。約束のキスの重みは、みるんにしかわからない。
「…ごめんなさい。」
「へ?」
「ぼくはスキをあきらめないよ。ずうっと、ずっとね。でも、約束のキスはいつだってすてられる。ねぇ、ぼくをここからおねーたまのとこにかえせないなら、おねがい、約束のキスを、とどけて。」
「僕が、君のお姉ちゃんに、あげるの。」
「…うん。」
みるんはどこから取り出したのか、一匹のミツバチを手に持っていた。そして、なにかお菓子でも食べるようにそれを口に運ぶ、飲み込まれることのないそれは、唇をのせられた僕の中に甘い蜜のように滑り込んできた。不思議と、怖くない、痛くもなかった。現象でしかないキスは、キスというには拙過ぎる。
「みるん…、?」
「ねむいから、ねるね。たのんだよ、おにいちゃん。」
腕の中に収まっていたはずの幼い少年は、甘い声で僕に願いを託すと、まるで何もなかったように眠りについた。二度と冷めることのない眠りに。小さなクマだった。まだまだ、何にでもなれたはずなのに、スキを諦めなかったらこうなった。
いや、僕にもう少しでも何かしようと思えれば、きっとこの子は変わらず姉に約束のキスを届け続けられたんだ。届かない、そのキスを。
僕も、君たちが最初から大嫌いで、最初から大好きだったみたい。
みるんは、蜂の巣の下に置いておくことにした。断絶のコートの時間と、その世界の時間は必ずしもイコールじゃない。だからきっと、気がついたら事故死になっているんだろう。
るる姫は、喜ぶのかな。あんなに憎んでたみるんが死んだのだから、きっと喜ぶのだろう。
でも、数年の時が経ちるるに会ったとき、君は暗い顔をしていた。
「さぁ、るる姫さま、この僕に、誓いの口づけを。」
笑って、ねぇ笑ってよ。ぼくはもう何年も、君の弟からの預かり物がどれだけ重く僕にのしかかってるものか。笑って。僕のキスは約束のキスだよ、おねがい。
どんなに願ったところで、るる姫は僕を見なかった。キスにならず口寂しんでいると、ミツバチが口から出ていった。
「ごめんね、みるん、僕は。」
約束のキスを届けられなかった。ハチに威嚇されて、竦んだ僕は、その思いも合わさってしゃがみ込む。
「ごめんね、みるん。ごめん、ごめんね。」
流れない涙の代わりに、僕の目の前に現れた約束のキス…ううん、ハチミツだ。透明のガラス瓶をこじ開けて、一雫飲み込む。ドロドロに甘いそれが、喉から僕の全てを包み溶けていった。
「…おにーちゃん、ごめんねありがとう。」
幼い少年の手が、濡れた僕の頬を愛おしく撫でた。
「約束のキスを、おにーちゃんにあげる。」
「いいの、僕だよ。」
言う間も無く唇をのせられる。
僕たちは、君たちのことが、最初から大嫌いで最初から大好きだった。
はちみつよりも、甘い甘い約束のキスは、僕の心に穴を開けて、どろどろに溶かして、残り続けた。その日から、るる姫も、僕も、だれからもキスはもらえない。