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傍らに秋 ※クリクレ


*長編・無重力関係のクリフとクレア
*クレア視点につきクリ←クレ寄り
*二年目秋くらい、だいぶ終盤の二人

*ざっくり言うと恋人ごっこ限界


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 抱きしめてほしい、と言ったら、どんな顔をするのだろう。


 色づいた地面が剥がされるように、散らばった紅葉がかき分けられるのを見ていた。遠くは風に、近くは前をゆくその足に。絨毯を失った土の色は深い。秋の山はなぜか、肥えた香りがする。
 見上げれば空は水色で、乳白色を薄く伸ばしたように濁っていた。手を伸ばせば傾いてきそうだった夏の空と違い、高く柔らかく。

「そこ、危ないよ」

 葉擦れの音が緩やかに切り開かれる。乳白色の雲を一滴、こぼすように、ふいに私を呼び止めた声はやはり柔らかかった。私を、と分かるのはこの場に声の通じ合うものが私と彼しかいないからで、そうでもなければ私はきっと、こんなに優しい声を自分のためのものだとは気付けないのだろう。
 見上げれば、山道を歩くその人はいつもよりも背が高くなっていて遠い。

「クリフ」
「うん?」
「……や、ありがとう。下、見てなかった」

 微笑む。蒼い、私の青より少しだけ深く暗い、その眸を細めて。秋の景色に溶け込みそうな、焦げ茶色の髪の先が太陽にちりちりと光った。髪の先からこぼれていく砂がそこにあるみたいだと思った。

「クレアさんは、いつもそうだよ」
「そう、だっけ?」
「空とか景色とか、話す人の顔とか見てて、わりとよく躓くでしょ。はい」
「……うん」
「山頂が近くなると、石が多くなるね」

 錯覚を救い上げるのは、どうして彼の手なのだろう。髪の先から紅葉の果てに溶けていきそうに儚い人なのに、その手はそんな馬鹿げた空想から、私を引き上げるだけの力も持つ。
 乾いた砂に埋もれる、灰色の石。踏みつけることが怖くないのは、今なら少しバランスを崩したって、大丈夫、と笑ってもらえる気がしているからで。

(何に、甘えているの)

 私は多分、彼の知る以上に、私の思い描いた以上に。この人を、心強く思っているのだろう。重さをかけるつもりはなかったと言いながら、地面に石が少なくなってもまだ引いてくれる手を離そうかと言えない。仮初めの関係で繋いだ手の、わずかな隙間に宿る心だけが本物だ。
 緊張を悟られたくなくて、わざと緩やかに握り返した。その私の指と指の間にある、ごくわずかな隙間だけ。

(触れている部分は、全部嘘だ)

 頭の中で言葉にしてしまってから、後悔をする。気づきたくなかったなあと、我儘な後悔を。とっくに理解しているのに、改めて知ると辛くなることがあるのはどうしてなのだろう。悲しいというのとは少し違う。ただ、私が離そうと言わない限り、この手は山頂まで引かれているのだろう。予測のつくその優しさに、甘んじてしまうだろう予測が苦しい。
 ――この人が、好きだ。

「少し、休む?」
「え?」
「花畑があるから。ここを越えると、もう上に着くまで、座ってゆっくりできるところもなかったと思って」
「ああ、そうだね。うん……」

 心の声でも吐き出せば少しは楽になるのだから、きっとそれこそが私の本心なのだと思う。支えていたのか支えにしていたのか、こんなふうに依存を伴う愛の形は初めてで、恋なのだなどと軽々しく打ち明けて良いのかまだ分からないが。それでも惹かれていることに変わりはない。ぬるま湯のようなこの関係を、時々ふいに裏切りたくなるくらいには。

「……いや、やっぱりいいや」
「え、そう?」
「山頂まで行こう。あと少しだもの」
「無理しなくても。そろそろ、疲れたでしょ」
「うん、だから」

 蒼い、蒼く深い。その眸の底に。この思いを隠していられる間に、私はどれだけ、私の存在を刻みつけることができるだろう。

「連れてって」

 緩く握り返していた手を持ち上げて、ね、と微笑めば、彼は驚いたように瞬きをした。それからひどく優しい目をして、うん、と頷くから、私はかすかな困惑と息苦しさと期待を見透かされないように、わざと遅れ気味に歩き出す。こんなのじゃ足りないと、叫びたくなる背中を前にして。

 抱きしめてほしい、と言ったら、どんな顔をするのだろう。

 告げる無謀さも持たないくせに、口を開いたらそう言ってしまいそうだからと、だから今はだめなのだと、さようならを切り出せないままの自分をあやした。山頂が近づいてくる。景色はじきに拓けるのだろう。そのときまで、どうか振り返らないでほしい。さようならの前に、好きだよと言ってしまいそうだ。



傍らに秋

(そしてやがて、冬がくる)

▼追記
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