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朽ちる薄光、その背に目を綴じる ※タケヒカ・切甘

!アテンション
幼なじみで、ハモニカタウンでもご近所設定です。よろしい方のみお進みください。






喩えるなら君は路傍の花で、太陽や女神ではなかったのだ。



「タケルちゃん、ただいま」

物心ついた頃から大して変わることのない、ころころとした声で彼女がすぐ傍へ来ていたことを知った。農具を動かす手を止めて振り返れば、ひらりと手を振るから僕は笑みで返す。

「お帰り、ヒカリ。今日もどこか行ってたの?」
「うん、綺麗なんだよ」
「え?」
「女神さまの泉」

あどけない眼差しに少しだけ憂いを潜ませてそう言って、彼女は自分の家の畑に荷物を置き、歩調を緩めてこちらへ戻ってきた。その一瞬の横顔にふと見とれてしまっていた僕は、すぐには言葉や仕草といったものが出てこなくて、ただ目の前に屈んだ彼女と視線を合わせる。

「どうかしたの?」
「え?あ、いや、何でも……」
「そう?」
「うん、何でもないんだ」
「ならいいけど……、手伝うね」

するりと伸びてきた手は僕が何か言うよりも早く、農具を選び取り、枯れ草を刈りだした。慌てていいよ、もう終わるからと言えば、彼女は尚更嬉しそうに微笑んで言った。じゃあ、二人でやればあっという間だね。無垢で優しいその言葉に、僕はいつだって敵わなくて。ならば少しでも彼女より多く働こうと決め、止まっていた手を再び動かす。

「ありがとう、ヒカリ」
「気にしないで。タケルちゃんって頑張り屋だから」
「僕が?」
「そうだよ?でも、私が傍にいる限り無理はさせてあげないからね」

どきりと、心臓の音がひとつ、ラインを外れて狂った。手元を見るふりでうつむいて分かったよと呟けば、ふわり、笑ったような気配が身に届く。変わらないな、と昔からやたら誰かを放っておけない性分だった彼女を思い出し、懐かしさが胸に滲む。けれどもそれは少しだけ、青色をして。

「……無理しないように、は、僕の台詞じゃない?」
「……どうして?」
「この頃毎日じゃないか、女神の泉に行くの」
「!」
「……助けを求められて放っておけない気持ちは、分かるけど。それでヒカリだけが疲れきったんじゃ、意味がないんだよ」

昔から、昔から。物心ついた頃から、彼女は誰かを放っておけない性分で。彼女に言わせれば僕もそうらしいけれど、それは誤解だ。僕は少なくとも彼女を切り捨てることはあり得ないけれど、それ以外のことならば、きっとどれだけ迷っても手放すくらいはできる。
だから、かもしれない。僕達が越してきたこの大陸は、僕ではなくて彼女を選んだ。当然のように二つ返事でこの地の未来を背負ってしまった彼女を僕は問い詰めたけれど、答えはあまりにシンプルで、揺るぎないものだったのだ。

困っているなら、助けないと。人も動物も神様だって、町だって。

結果として彼女はその使命のために奔走することとなり、昼夜を問わず身を削るように働いている。僕には届かない領域で、今もただ。
町の人は彼女が影で何かをしていることに薄々気づき、あれは神様の連れてきた子、女神の意思を伝える子なのかもしれないなんて噂も耳に入る。そんなものじゃあない。

「違うよ、タケルちゃん」
「え?」
「求められたから無視できないんじゃなくて」

そんなものじゃあないんだと、僕は叫びたくなる。


「きっと私が、自分で見つけたの」


喩えるなら君は路傍の花で、太陽や女神ではなかったのだ。そんな大層な強大な始めから力を持っているものではなくて、彼女はただの女の子、だったのだから。少しドジで、優しくて人の心配ばかりして。いつだって振り向けば傍らに笑っていた、お人好しな女の子。
僕の可愛い、初恋の。

「これで最後かな」
「え?……ああ、そうだね。お疲れ様、ありがとう」
「どういたしまして。ね、お茶を淹れてくるからここで待ってて」

ふわりと微笑んで立ち上がり、歩き出す刹那の横顔を見上げる。甘やかな色の眸が、ただあどけなくあるのなら僕はそれで構わなかった。構わなかったのに。

いつの間にかすらりとした後ろ姿を見つめれば、ちょうど日差しが降りて痛いほどに眩しい。僕は在りし日の面影を瞼に閉じ込めたまま、ドアの向こうへ消えてゆく彼女から目を背けることもできず、ただ。




朽ちる薄光、その背に目を綴じる

(すきだよ、いま哀しいくらいには)
▼追記

Nina! ※ディル主


恋だ愛だの境目が難しいなんて、誰が決めたのか。



夏には太陽を反射して目の眩むような色に光っていた川が、今は静かに白い日差しを吸い込んで押し流していく。カフェも休みの午後、さくりさくりと草の生えたその川岸を歩いて、ふと顔を上げたら橋の上に見知った背中を見つけた。

「ミコト!」

冴えた空気を吸って少しだけ張り上げた声で呼べば、檸檬色の髪を揺らして彼女はすぐに振り向いた。その唇がぱっと笑みの形に開かれて、ディルカ、と呼ぶなり駆けてくるから俺は苦笑する。

「走るなって。転んだら川に落ちるぞ」
「平気だよ。もう何度か落ちたけど、ここ浅いの」
「そういう問題じゃねえと思うんだけどな……、まあいいや」
「ん?」
「奇遇だな、ミコト。仕事は終わったのか?」

例えば服が濡れるだとか、そうしたら風邪を引くんじゃないだろうかとか。そうなったら一人暮らしのときはどうするんだなんて、俺の柄にもない心配を他所に近くまでやってきた彼女は相変わらず、そんなことはこれっぽっちも考えていないらしい。片手に川岸でよく見かける小さな花を束にして持ったまま、足元にもそれをひとつ見つけて摘み、うんと頷いた。

「冬って他の季節ほど仕事がなくて。やることは探せばいくらでもあるんだけどね」
「いいのか?」
「うん、たまには。だって雪も降るし氷も張るし、楽しいんだもん」
「はは、まあ、気持ちはよく分かるぜ」
「でしょ?きっと冬って、ゆっくり遊ぶための季節なんじゃないかな」

なんてね、と悪戯っぽく目を細めて、彼女は花束についた霜を指の先で溶かしていく。滴になったそれはきらきらと光って散り、地面を薄く覆った昨日の雪に還って、見えなくなった。
ふと川を駆け抜けた魚の影を追うように、来たときと同じく髪を翻して、彼女は数歩ふらりと歩いていく。残像のように注いだ日差しが眩しくて、気がついたら足を進めていた。

「なあ、ミコト」
「何?」
「それならさ」

喉を通る空気が、きんと冷たい。声をかければすぐ近くで合わせられた視線の、澄んだアムールに不覚にも心臓が騒いだ。すうと息を吸って、照れ隠しという概念に蓋をして。それでも気恥ずかしさからくるやり場のない笑みに押し負けつつ、少しでも格好がついていることを願いながら、手を差し出した。


「今から、俺とデートしないか?」


恋だ愛だの境目が難しいなんて、一体誰が決めたのか。愛おしくって仕方がなくて、目が離せないと思う。
それだけでもう、欲しがるには十分すぎる理由だろう。




Nina!

(ここへ来ておくれよ、)
▼追記

胡桃の家 ※クリクレ


小さな世界で構わないから、そこにありったけの僕達を詰め込もう。



「……」

瞼を開けると、これまで塞き止められていた光と色が一斉に雪崩れ込んできて、僕はまたきつく目を瞑った。そうして今度はゆっくりと開き、数度瞬きをして、組んだ指を解く。
かたり、木の椅子を立った音に、端のほうで本を広げていた牧師が振り返った。微笑んで、軽く頭を下げる。

「またいつでも来なさいね」

ドアを開けた背中にそんな声がかかって、僕は礼を言って教会を後にした。閉まってゆくドアの狭間、牧師はまた手元の本に視線を落としている。

「……」

良い天気だ。ドアが完全に閉まったのを見届けて歩き出してから、僕は空を見上げて腕を伸ばした。太陽の落とした白い日差しをぐるりとかき混ぜたような、柔らかそうな空の色。少し肌寒いが風は穏やかで、足元に繋がった影は等身大に近い。
こんな日は、きっと彼女もいつにも増して上機嫌なことだろう。肩の先で揺れた木の黄色く染まった葉に、金の髪を翻す横顔を思い出して、知らず知らず過ぎる景色が速くなる。

そんな自分に少し、苦笑とも微笑ともつかない笑みが零れた。少し前、そう、季節がひとつかふたつ戻る頃までは、こんな清々しい心地で教会を出ることなんてなかったのに。影を置き去りにして来たような、そんな感覚があった。何度も振り返っては、また明日来るのだからと自分に言い聞かせて。数秒前まで救いを求めた神様の目に怯えるように、宿屋の一室へ戻って鍵をかける。僕にとって教会は、良くも悪くも傷口そのもののような場所だったのだけれど。


「ただいま」


いつのまにか、と言ったらわざとらしいだろうか。ならばあの日を境に、と正直に言おう。僕にとって教会は、日々の報告をするための他愛ない場所となった。そこにはもうすべての苦しみを掬ってくれる神様はいないけれど、ただ漠然と、あの場所に満ちる日差しのように暖かい。
ゆるりと振り返った人が、金の髪を頬に滑らせて微笑う。彼女と歩んでゆくと決めたあの日から、世界はずいぶんと優しくなった。

「お帰り、クリフ。お茶にしようか?」
「そうだね、……あ」
「?」
「葉っぱ」

ふわりと吹いた風が、僕の手よりもわずかに早く、立ち上がった彼女の背についた葉を浚っていった。やり場のなくなった指で、そこに流れた髪を一束掬って、礼を言った彼女に笑い返す。
そうしてポストから手紙を出す彼女の傍らでドアを開け、淹れたての紅茶に思いを馳せながら、太陽の匂いのする家へ二人戻った。


小さな世界で構わないから、そこにありったけの日々を、時間を、現在を、未来を、過去を、愛を。僕達の大切なものを詰め込もう。溢れ返る感情に抱かれて眠る手を、ずっと繋いでいられたらそれでいい。

「ねえ、クレア」
「何?」

軽く肩を叩いて、振り向いた額に唇を落とす。しばし呆然と沈黙してから素早くうつ向いた彼女の後ろで、軋みながら閉まったドアに、錆びた玩具のような鍵をかけた。




胡桃の家

(聴こえますか神様、幸せです)
▼追記

糸から始めて ※アシュサト


いつか誰かと恋をするのだと、当たり前にそう思っていた。



「アーシュくん?」

どくり、とひどく不自然な自分の音で目の前の景色が色を奪われて、また取り戻した午前十時。さらさらと流れて行く風が、日差しを背負って心地好い。天気予報を蹴飛ばして晴れ渡る空によく抜ける、高くもなく低くもない、綿のような声に呼ばれた。

「どうか、したの?」

戸惑いをたっぷりと湛えた視線に射抜かれて、咄嗟に言葉が見当たらない。ああこんなことなら先に言うことを考えておけばまだ格好がついたかな、などと思ってみたけれど、それは無理な話というものだろう。無意識の行動に対する準備なんて、誰ができるものか。少なくとも俺にそんな都合の良い力はなくて、できることと言えばただ、目の前のプラムの眸に映り込んだ自分自身から目を逸らして、瞬きを一回。それくらいのことだった。

「……本当にどうしたの?大丈夫?」

それなのに覗き込む彼女は、何も知らない様子で俺の唯一の行動さえ無にしてしまうのだから、笑えない。再び眸の中で出会った自分は先ほどよりさらに困惑した顔をしていて、なるほどこれなら誰が見ても大丈夫かと問いたくなるわけだ。
軽く頷いて笑ってみせれば、彼女も少しだけ表情を緩めた。けれどもまだ何か言いたげな顔をしている。それも当然だろう。

「えっと……、私に何か用事?言いたいことでもあるの?」

何でも聞くから、と。彼女はひどく真剣な顔をして、自分の片手を掴む僕の手を、空いた手のひらで包んだ。相変わらず不自然に騒ぐ心音の中で、ああやっぱりいい子だな、なんて場違いも甚だしいことを考える。俺が彼女なら、立ち話の後こんな突然に引き留めて、挙げ句視線を逸らすような男をこんな目で心配できるだろうか。
もっとも、今はそれこそが俺を追い詰めているのだけれど。交えたままの視線に、無意識の言葉が口をついて出そうになって困る。ああ、ねえ。

「……忘れちゃったな」
「え?」
「だから、今は秘密」

ようやく口を開いた言葉がこれだなんて、笑ってくれていい。だから笑って、そうしてごまかされてほしい。ぱちりと大きく瞬きをして、彼女は眉間に皺を寄せた。

「それって、忘れてないんじゃない?」
「そんなことないよ」
「嘘、じゃあ思い出してよ」
「今かい?……ちょっと無理かな」

何よそれ、と軽く頬を膨らました彼女は、けれどもやがて苦笑して僕の手を握る指に力をこめた。日溜まりの温度がふっと、自然に溶け合って。刹那、境目が分からなくなる。それをこんなに特別なことのように思うだなんて、俺は今どんな顔をしているのか、考えるだけで笑えてしまう。


「じゃあ、思い出したら教えてね」


いつか誰かと恋をするのだと、当たり前にそう思っていた。大人になったら大切な人ができて、その人を守って、それだけ。簡単だと思っていたわけではないけれど、実にシンプルにそう思っていた。
誰を大切に思って、どうするのかなんて考えもせずに。大切に思われる方法さえ、分からないままに。

「……そうだね」
「?」
「いつかきっと話すから、そのときは、聞いて」

君を好きになったよ、なんて。今すぐに言えるわけがないだろう。特別にしてしまったから、まだしばらく、言えない。

最後に離れていった小指の置き去りにした温もりが、やけに肺を焦がして、またねの声が掠れた。




糸から始めて

(運命の作り方は誰も知らない)
▼追記

時の瞑目 ※リクカレ


十二を過ぎたらまた一に戻る。俺達はひたすらに繰り返す、針のようだ。



「ねえ、少し散歩しましょうよ」

石畳の道に薄くぼやけた影を伸ばして、何の前触れもなしに彼女がそう言ったのはつい先ほどのことだった。とく、とく。鼓動の速度で隣を歩いていく彼女へ、ちらりと視線を移す。

「……あのさ、カレン」
「何?」
「これ、どこに向かってるんだ?」

散歩、と呼ぶには目的を持っているように、迷いなく。多くの言葉を交わすわけでもなく景色を楽しむ様子もない彼女に、ずっと気になっていたことを訊けば、切れ長のエメラルドが悪戯っぽく細められた。

「いいところ」
「だから、それが」
「ほら、着いたわよ」

そして彼女は、また少し歩いたかと思うと唐突に足を止めた。反論しようと開きかけた唇を、目に入る景色にゆっくりと閉ざしていく。

「……ここって」
「そう。私達が揃って散歩と言ったら、やっぱりここしかないでしょ?」

昔は探検とも呼んだけれど。くすりと笑ってそう言った彼女に、俺もつられて笑みを零した。
教会の柵の切れ間から、よく忍び込んだ小さな森。懐かしい景色に、自然と胸がざわめく。

「どう?久しぶりに」

子供に戻ったような笑みでそう言って、彼女は俺が頷くや否や柵をすり抜けた。大きくなって忍び込むも何も、あの切れ間はわざと作ってあったのだと知って二人顔を見合わせたが、幼い頃は大人達の目を盗んでよく入ったものだ。
幼いながらに姉御肌だった彼女といい子と呼ばれる子供であろうとしていた俺の、唯一秘密を持てる場所。ここはそんな、子供には広すぎる隠れ家だった。

「懐かしいなあ、ね、昔ここでリックったら何度も転んだのよね」
「それを言うならカレンだって、あの木から向こうは暗いから嫌だっていつも」
「ちょっと、なんでそれを覚えてるのよ。忘れなさいって」

今となっては、こうして喋りながら簡単に一周できてしまう、玩具の庭のような森だけれど。段差は一歩で跨げてしまうものにすぎないし、あれほど彼女を怖がらせた暗がりだって、大樹の影にすぎないと見れば分かる。
見渡せば懐かしさで満たされていた感情に小さな穴が空いて、一筋の苦さが紛れ込んだ。心のすべてを支配するわけでもなくただ浸透していくそれの振り払い方が解らなくて、蒼い風の匂いを肺に詰め込めば、隣で彼女がぽつりと呟いた。

「今だから言うけど」
「ん?」
「私、リックが好きだったんだよ」

さくり、土を踏む音が遠くなる。それは不思議な感覚で、勢いで顔は上げたけれど、本当はそれほどの驚きはなかったのかもしれない。口を開けば存外落ち着いた、いつも通りの自分の声が出ていく。

「俺も、カレンが好きだったよ」
「え、そうだったの?じゃあ両想いじゃない」
「はは、そうだね」

それはまるで他愛もない、当たり前の事象であったかのように。俺達は笑いあって、なんだ初恋は叶っていたのかと知った。この森の木の数やそこに生る実の酸っぱさを知ったときのような、嬉しくて新鮮で、けれども簡単に納得のいく。そういう感覚だった。
一頻りエメラルドを細めて笑っていた彼女が、ああ可笑しい。そう言ったのをきっかけに沈黙が訪れる。

「―――」

ねえ、カレン。そう呼ぼうとした唇は、なぜだかその横顔を見た瞬間に声を発するのを躊躇って。ふ、と呼吸だけが落ちていく。彼女は気づかずに、どこかで鳴いた鳥を探すでもなく、木々を見ていた。
その頬をさらりと流れた、長い髪。茶色いそれが風に揺れるたび、幼い日の彼女の面影が曖昧になっていくようだ。いつの間にこんなに伸びたんだろう、と考えては、いや昔から短くはなかったな、と自分の中で答えを出した。かちり、視線に気づいたのか、振り返った彼女が心なしかぎこちなく笑う。

「ごめんね」
「……え?」
「思ったより、小さな森だったわ。退屈?」

から、から。乾いた葉が駆けてゆく。そんなことないよ。そう答えたら彼女は、それならいいやと古びた柵に腰かけた。昔は、俺しか届かなかったね。そう口にしたかったのになぜだか声にならなくて、胸の奥がきりきりと何かを訴える。嗚呼、ねえ。

「あのさ、カレン」
「何?」
「……今は、どう思ってる?俺のこと」
「どうって……リックはどうなのよ」
「……分からないんだ、正直」

幼い日の恋がどうなったのか、答えは未だに分からない。兎にも角にも俺達は大人になってしまったから、初恋は手放した。それだけのことで。
ならばそれは、どこへ置いてきたのだろう。灰にしたわけではないのなら、それは、今どこに。深く澄んだ視線をぼんやりと受け止めながら、俺は彼女の問いかけに少し、躊躇いながらも口を開く。


「……好き、かもしれない」


十二を過ぎたらまた一に戻る。俺達はひたすらに繰り返す、針のようだ。進んでいるのかただ繰り返しているのか、俺達自身にも分からなくて。

馬鹿げた答えだと笑われるかと思ったのにそれはなく、彼女はそっと頷いて目を伏せた。

「そうだね、私もだよ」
「カレ……」
「ねえ、リック」

何かを言おうとした声は遮られて、けれど俺はそのまま、彼女に続きを促した。湿った土の匂い。いつになく些細なことが意識を掻き乱して、合わせた視線だけが、ひどく鮮やかに色を持つ。


「分からないことは、調べてみればいいのよ」


昔みたいに、二人で。面白いことを思いついたときのように笑みを織り交ぜた声は、確かに俺の知る彼女であったはずなのだけれど、そうだねと頷くまでにわずかな時間を要したのは。
紛れもなく、この心臓が未だかつてないほどに震えた事実に戸惑いを隠せなかったから、だろう。




時の瞑目

(錆びた針を君と回していく)
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