自分にとっての結婚って、「好き」だからだけじゃないんだ。
一緒に同じ速度で歩ける人を見つけて、一生隣で手をつないで歩いて生きたい、ってことなんだ。
「まったく……」
仕方なさそうな、安堵を滲ませた声が降って来る。
「心配させて、ゴメン」
きゅうきゅうに押し付けられたままくぐもった声で詫びれば、大きなため息が私の髪を揺らし、
「ほんとだよ」
と君は言った。
君が私を心配しているかもなんて、そんなの考えた事もなかった。
だから、なんだろう。なんだか妙な感じだ。
こんな風に抱きしめられた事もあったはずなのに、どうしていいのか分からない。
スーツなんてらしくないものを着ている君の胸の中、身じろぎ一つ出来ずに、君の心臓の音を聞きながら、きゅっと目を瞑った。
信じられないよ。君の初恋が、私、だなんてこと。
あの日、ぶつかって振り返った君を見て、私、ヤのつくお仕事の人だと思ったんだ。そんな怖い顔してたのに、初恋の人に会うって緊張してたなんてさ。あ、でも、うん。
「?」
うん。なんか、ふっと着地した。
「どうした?」
急に力を込めて抱きついた私に君が少し戸惑ってた。
なんかね、思ったんだ。だって、人のこと脅して恋人役にするくせに、いつだって優しくて、私のことを見ててくれた。靴擦れのことなんて本人すら忘れていたのに、痛そうにしていたからって、消毒液と絆創膏を買ってきて、仏頂面で診てくれる。他の人たちの中に入れず戸惑う私をフォローしてくれて、一緒にご飯を食べてくれた。
米。
そう言ってほっぺたにくっついていたお米を食べられた時は、びっくりしたんだから。
「?何笑ってんだ」
ナチュラルに食べるから、こっちは大慌てでうろたえていたんだからね。
「なんでもないです」
「……ホントかよ」
思い返せば全て、ひとつひとつにこの人の片想いが滲んでいる気がした。ずっと、この人に私は好かれていたって、今、知ってたまらない気持ちが溢れて、困るから、そんな気持ちにさせた人にしがみつくことで誤魔化した。
ぎゅっと抱きつくとすごく落ち着けて、足元がしっかりする気がする。
「本当です」
あんなに心細かったのに。
「…」
この人が隣にいてくれるだけで楽になれる。寒かったところがあったまって、ゆっくり柔らかくなっていく。
私が、本当にこの人とずっと一緒にいられたら、こんな幸せの中にいられるのかな。のんびり四季を感じながら笑ったり、泣いたり、イライラしたり、その全部をこの人と一緒に、歩んで。
「ねぇ。…ずっと、一緒にいさせてくださいね」
「……あぁ。一緒にいてくれないと、俺が困る」
君はそう言って小さく笑った。