手を振って、別れた。
僅かな時間だったけれど、それだけで今日一日の悩みもストレスもちゃらにしてくれた。
「ありがと、テッちゃん」
振り返って、もう見えない後ろ姿に送るのは、オレの気持ち。
だって、彼はすでにたくさんのココロをくれた。

眉を下げて悲しそうにオレに祝いの言葉を告げた彼は、彼が過ごした今日という日をオレに話してくれた。
昼過ぎにようやくオレの誕生日だと知ったこと。
何も用意がなくて、急いでプレゼントを買いに行こうとしたこと。
その時に、オレの好みを、オレ自身のことを何も知らないと気付いてしまったこと。
今までたくさんオレに甘えていたと知ったこと。
それから、これからのことを。
「今日は、君の好きなものを用意できませんでした。その分、来年は期待してください」
はにかんだ笑みと共に差し出された一葉の紙。
スカイブルーの向こう側に、大きく羽を広げた鳥が在る。
「それで……今年は、これで許してもらえませんか」
ぼうっと紙を見つめるオレの手を取って、小さな手が反対側を導いた。書き連ねられた文字は、彼のもの。
「君を思い出しながら、こうしてたくさんの言葉を選ぶのは、すごく楽しかったです」
「テッちゃん」
「ありきたりですが、それでも。……ありきたりだからこそ」
抱きしめた体躯がふるりと揺れて、それが心を満たす。
ああ、彼は何も知らないと哀しんでくれたけれど、オレはこの温度ひとつで、こんなにも充ちる簡単なオトコなのに。
額と額を合わせて、すぐ近くに薄氷色の瞳を捕えて、こんなにも近くで微笑みを向けてくれる彼。
「高尾君。……かずなりくん、うまれてきてくれて、ありがとうございます」
へにゃっと気の抜けた微笑み一つで、ほら。
こんなにもオレのことを、捉えて止まない。
(逃がさないなんて、捕まってるのはオレの方だけど)
幸せそうな笑顔と共に小さなくしゃみをしたテッちゃんの頬を引き寄せ、その赤い唇にそっと己を寄せた。