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高尾誕生日12


オレは、幸せ者だ。
優しい家族が、チームメイトが、恋人がいる。
それは、支えてくれる人だったり、切磋琢磨する関係だったり、競い高めあう間柄だったり、それは色々だけれど、どれもオレを構成する大切な一部で。
今日は、いつもは何気ない空気のようなそれらが、一層愛おしくなった一日。
頼りになる先輩も、相棒も、ライバルも。
幼いオレ達の関係はあっという間に崩れて、変わってしまう。
でも、その中でも守れるものも、築けるものもある。
この小さな手で抱えたいくつかのうち、どれか一つを選ぶのはとても困難だ。
なにかのために別のなにかを諦められる聞き分け良くもないし、そうなるのが大人ならなりたくもないと思う。
何かのために伸ばした手が届かないなら。
掴み取った一つを持ちきれないほど、両手がふさがっているなら。
たくさんの仲間の手を借りて、新しいものを手にして、分け合っていけば良い。
時計を見ると、もう日付も変わる頃合いだった。
24時間前には忘れていた誕生日を楽しく過ごせたことに感謝をして、布団をめくる。
ひやりとしたそこは、だんだんとオレ自身の熱で温くなっていくのだけど、それがまるで己自身のようだと考えて、一人笑う。
家族と、仲間と、ライバルと、恋人。
それらに暖められて、消えない温もりを抱いて、そっと目を閉じた。
(明日も、オレのたいせつな人たちが、幸せでありますように)
「じゃ、お休みなさい」
呟きに返る言葉は、ない。

高尾誕生祭11

手を振って、別れた。
僅かな時間だったけれど、それだけで今日一日の悩みもストレスもちゃらにしてくれた。
「ありがと、テッちゃん」
振り返って、もう見えない後ろ姿に送るのは、オレの気持ち。
だって、彼はすでにたくさんのココロをくれた。

眉を下げて悲しそうにオレに祝いの言葉を告げた彼は、彼が過ごした今日という日をオレに話してくれた。
昼過ぎにようやくオレの誕生日だと知ったこと。
何も用意がなくて、急いでプレゼントを買いに行こうとしたこと。
その時に、オレの好みを、オレ自身のことを何も知らないと気付いてしまったこと。
今までたくさんオレに甘えていたと知ったこと。
それから、これからのことを。
「今日は、君の好きなものを用意できませんでした。その分、来年は期待してください」
はにかんだ笑みと共に差し出された一葉の紙。
スカイブルーの向こう側に、大きく羽を広げた鳥が在る。
「それで……今年は、これで許してもらえませんか」
ぼうっと紙を見つめるオレの手を取って、小さな手が反対側を導いた。書き連ねられた文字は、彼のもの。
「君を思い出しながら、こうしてたくさんの言葉を選ぶのは、すごく楽しかったです」
「テッちゃん」
「ありきたりですが、それでも。……ありきたりだからこそ」
抱きしめた体躯がふるりと揺れて、それが心を満たす。
ああ、彼は何も知らないと哀しんでくれたけれど、オレはこの温度ひとつで、こんなにも充ちる簡単なオトコなのに。
額と額を合わせて、すぐ近くに薄氷色の瞳を捕えて、こんなにも近くで微笑みを向けてくれる彼。
「高尾君。……かずなりくん、うまれてきてくれて、ありがとうございます」
へにゃっと気の抜けた微笑み一つで、ほら。
こんなにもオレのことを、捉えて止まない。
(逃がさないなんて、捕まってるのはオレの方だけど)
幸せそうな笑顔と共に小さなくしゃみをしたテッちゃんの頬を引き寄せ、その赤い唇にそっと己を寄せた。


高尾誕生祭10

ぽーん、と軽い音が響いた。
それが時計の音だと気付くのに、少し時間を要した。
すっかり冷えた手を抱え直し、気休めに息を吹きかけて擦り合わせる。
少し前に自販機で買った紅茶は、すっかり冷たくなってしまっている。
ふと、先ほど音をたてた時計を探して視線を彷徨わせていると、その端で揺れるなにか。
目を凝らすと、愛しい君の姿。
さっきのボクのように、何かを探すように視界を巡らせて、焦れたように足踏みする君を、もっと見ていたいと思う。
いつもはすぐにボクを見つけてくれる君の、少し時間のかかる今は、この闇のせいか、それとも。
「……黒子!!」
ふざけた調子じゃなくって、真面目な時だけボクを黒子と呼ぶ彼。
ふと頬を緩めると、高尾君の視線と絡んだ。
「こんばんは」
「じゃない!! 今何時だと思ってんだよ」
10時ですね」
10時ですね、じゃないってば! こんな夜遅くに、寒い中こんなとこで待ってるとか、何してんだよ!! 危ないって、分かるだろ……」
ああ、こんな冷たくなってんじゃん……。
小さな呟きと共に取られたボクの手が、彼の熱に侵食される。
その熱が、暖かさよりも先に、ボクにわずかな痛みをもたらす。
「すみません」
「……謝ってほしいわけじゃないって。ただ。心配で、テッちゃんに何かあったらと思うと怖かった」
「それもですが、今日一日のことを……」
近づいた距離に、彼の吐息がボクの前髪を揺らす。
本当に、ボクのことを大切にしてくれる彼。始まりのその前に、与えられるそれらを疑ったボクは、今でもまだ少し臆病なままだ。
寒さではなく、身体の底から湧いた感情が、ボクの指をカタカタと揺らす。
それを、寒さのせいと勘違いした彼の暖かい息が、またボクの手を包んだ。
「すみません、あの……知らなくて」
小さく溢した懺悔を、拾ってほしい。でも、失望しないでほしい。
屈んだ高尾君の視線が、いつもより近い所にある。手を伸ばして、柔らかな黒髪に触れる。
「誕生日、おめでとうございます」
やっと、言えた。
その言葉を告げた刹那の、彼の顔を、ボクは、


高尾誕生祭09

布団に寝転がって、天井を見上げながら、ため息を一つ。
もう何度目かも分からないそれは、30を超えたあたりで数えるのを止めたので、正確な数は分からない。
あの後、真ちゃんを無視して帰ってきた自己嫌悪と、やっぱり震えない携帯電話に、重い空気の塊が何度も何度も胸をせりあがってきては、オレから飛び出していく。
「なにやってんだろ」
オレも、黒子も。
せっかくの誕生日。
勝手に期待したのは、オレの方だ。
元々オレの一方的な感情と関係で始まった二人の位置は、繋ぎ直してからは、まだ短い。
イベントごとに疎そうな黒子のこと。誕生日だからといって、特に何かするタイプではないのかもしれない。
でも、それでも、やはり。
「おめでとうの一言くらい、聞きたいよなあ……」
もうすぐ、今日という日は終わる。
そんな時間まで、たった一人の、たった一言を求め続ける自分の、なんと情けないことか。
乾いた笑いが漏れて、同時にどこかで小さな音がした。
「テッちゃんは、オレのこと、好きなのかな」
自分の方が、好きだって気持ちが大きくて、彼に背負わせるには重すぎるのかな。
ほろりとこぼれてしまった本音を、癒すきっかけなんて、何処にもない。


高尾誕生祭08(遅刻)

「では、今日はここまで!!」
「ありがとざっましたー!」
ぜいぜいと肩で息をするのがやっとの部員たちの挨拶は、少し滑舌が悪い。
シャツの袖を伸ばして額の汗を拭うと、またじっとりと重さを増した。
荒い息を繰り返す自分の隣で、自分の相棒は涼しい顔をして小さな息を吐くばかりだ。
もう随分、日常になった光景。
大きく空気を吸い込んで、吐き出す。灰の中が空になるくらい、頭の中も空白に塗りつぶして。
そこに小さく浮かぶ、水色に手を伸ばしてみたい。
閉じた目をゆるりと開くと、そこはいつもの体育館でしかないと、分かっているのに。
「高尾」
凛と重く響く緑間の声に振り仰ぐ。この、話すときに見上げざるを得ない身長差が、憎たらしい。
なに、とわざと軽薄に返すと、真ちゃんの眉間の皺が一本増える。
それが面白くてぎゃははと笑った。
「真ちゃんさ、まだ高一なのにそんな眉間に皺寄せてどうすんの?つか、消えねえかもよ」
「大きなお世話なのだよ。それより、話を逸らすな」
左手で眼鏡を押し上げる仕草で、いらだちが伝わる。
もう、些細な仕草で真ちゃんの気持ちを読み解くのもお手の物になった。
それくらい、同じ時間を過ごしてきたし、誰よりもこいつを見てきたという自負もある。
でも、同じくらい見て、理解したいと願っても、彼の方は、ちっとも。
空中分解し始めた集中力をかき集めるように、緑間の盛大なため息があって、続いて
「いい加減にするのだよ。朝から腑抜けた顔をして、集中力もない。部活後半の動きの鈍さなど、見るに耐えん」
「ひっでーの」
「事実だ。誕生日だからといって浮かれるな、バカめ」
心臓の奥が小さく疼く。
とっさに、両手を真ちゃんへと伸ばして、彼の大事な眼鏡のレンズに思い切り触る。
オレの指紋でべたべたに汚され視界を鈍くされた真ちゃんが吠えるけれど、そんなものは無視だ。
うるさい彼に背を向け、走り出す。もうすぐ近くだった体育館の扉を潜り抜けると、冬の風がオレを削っていくけれど、構いやしない。
ぎゅっと閉じた視界の向こう、暗闇を照らす淡い光が、ちらりと見えて、消えていく。
「……逆だっつ―の」
吐いた息は、オレの色も、彼の色も描かずに、闇に溶けた。

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