「カントクすみません。今日は、自主練ナシで帰っても構いませんか?」
「ん? まあ、あくまで自主的にするものだから別に良いけど……珍しいわね」
 不思議そうなカントクに一礼をして、部室に戻った。着替えをする僅かな時間さえ惜しくて、いっそこのまま走り出してしまいたいと思う。
 早く、早く。
 早く彼に会いに行かないと。
 荷物を持って部室の扉を開けると、すっかり空は暗い。
「あ? 黒子、どした」
「すみませんキャプテン。今日は帰ります」
「……おう。気ぃつけてな」
 途中すれ違った先輩の、何か言いたげな態度にこれ以上捕まらないように、できるだけ気配を消すようにして進む。
 校門を過ぎ、彼にメールをしようと携帯電話を開いたところで、ボクの手の中には何も存在していないということに気が付いてしまった。
 彼に渡せるものなど、何も。
 仮にも恋人の誕生日を祝うのに、手ぶらではまずかろう。
 しかし、彼と付き合い始めて、数週間。
 その前のすれ違った期間を含めると、もっと。
 たくさんの時間を一緒に過ごしたにしては、彼について知っている情報が、あまりにも少ない。
 ボクを見つけてくれる人。
 緑間君の相棒に収まった人。
 人懐こくて、優しくて、運動神経も勿論良くて、ふざける時まで大真面目。でも、暖かな彼。
 そうして、たくさんの彼の欠片を、愛の雫を、ボクは甘受するばかりだった。
 それ以上を求めたり、今以上に欲したりもせず、ただ淡々と与えられる甘露に溺れていただけ。
 だから、ボクには、彼の好きなものも、嫌いなものも、欲しいものも、欲しくないものも、何も知らない。彼の想いと、ボクの想いと、持っているのはそれだけ。
「どうしましょう……とりあえず、何かプレゼントを…………」
 部活で上昇したはずの体温は、いつの間にか外気にさらされて冷えていく。
 自分自身の苦さを味わい握りしめた拳の冷たさがやけに響いて、また体温を奪い去る。
 少しでも、取り戻さなくては。
 暗い空をわずかに照らす白熱灯の下、駆けだす。