――#11 二人だけの秘密
わくわくした気持ちが抑えられない。匠が悪戯めいているせいか、これから聞ける話が二人でこっそり交わす秘密事に思えて仕方ないのだ。
秘密といえば、不意に思い出したことがある。
今より椎葉が幼かった頃、よくレイと二人だけの秘密をたくさん作ったのだ。それをおじさんの前で、「二人だけの秘密」と称して内緒にするのが好きだった。
「『箱庭』って私とレイがいたあそこの名前でしょ? ねえ、どうして『箱庭』って呼んでるの?」
椎葉は一番聞きたかったことを訊いてみる。
おじさんに尋ねたあとも、本当はずっと気になっていたのだ。おじさんはただの名前だと言っていた。けれどあれは、はぐらかされたようにしか思えない。それに、名付けるにしてはやけに突き放されたような感覚を覚えたから。
「あー、それなあ……」
困った顔で頭をかく匠を、椎葉はじっと見つめて待つ。
「俺達の間で伝わってる物語なんだよ。――んにゃ、ちいとばかし違うな。おとぎ話って言った方がわかりやすいか」
「箱庭が、おとぎ話?」
物語でおとぎ話。
それを聞いた椎葉の頭に、一冊の本が浮かぶ。
「おとぎ話って、絵本にある童話よね?」
「まあそうだな。要は作り話ってこと」
レイと二人、おじさんに読み聞かせてもらった一冊の絵本。確か、話の内容はこんな感じだった。
森の中に妖精が住んでいた。その妖精は周りの妖精を困らせるのが大好きな、いたずら好きの子だった。ある時森に迷いこんだ人間の子どもと出会い、お互いに興味を持った二人はやがて友達になっていく。
ところがその子の父親は妖精を捕まえる仕事をしており、最近減ってしまった妖精はその子の父親のせいではないかと、仲間の妖精達から疑われるようになる。
子どもを信じて真偽を確かめに、妖精は森の外にいく。そこで出くわした人間に捕らえられそうになった妖精だったが、すんでのところで誰かに助けられる。
妖精を救ってくれたのは、森で出会ったあの子どもだった。
(それからどうなったんだっけ)
その後から結末までどうしても思い出せない。一番好きな本だったはずなのに。
「――椎葉。お前らは知ってるのか?」
覚悟を決めたように口を開く匠に、椎葉も自然と背筋が伸びるのがわかる。
「何を?」
「あの場所には、精霊がいるって話」
息を止めた椎葉の鼓動が、大きく一つ波打った。
**
いつの頃かは忘れてしまった。けれど、今よりずっとずっと前だったことは覚えている。
彼女が大切そうに抱えていた一冊の本。気がついたらいつも読んでいたから、自分もよく覚えている。
――しぃ、その本好きだよね。どうして?
理由なんてなかった。ただ疑問が口を吐いて出てきた。
――だってこれ、似てない? ほら、この子。レイにそっくり!
指で差された先、そこには開かれた本の一ページがあった。
――そうかな?
――そうよ、絶対そう! 危なかっしくて放っておけないところとか、レイにそっくり!
その一言を聞いて脱力したものだった。
――……俺、そんなに頼りなく見える?
くすくす笑いながら走っていくしぃは、笑うだけで何も答えてくれない。
それに、危なっかしくて周りがはらはらして放っておけないのは、どちらかというと――
「あら、起きた?」
開いた目の先で、覗き込まれるように声をかけられる。
「――? 俺……?」
上体を起こして見渡し、ようやく自分が床の上に寝ていたことを知った。
「軽い脳震盪を起こして倒れたのよ。大事ないようで良かったわ」
それだけを告げ、レイヤの前にしゃがんでいた女性は機敏な動作で立ち上がる。隙など一切見せない立ち居振舞いに、質問を挟む間もなかった。
ここはどこなのだろう。
彼女の背中からは、何を訊かれることも望んでいない、そんな雰囲気が漂っている。
ひと結びに纏められた髪。着こなされた仕事着の後ろ姿が、これほどまで近寄りがたくなるとは思わなかった。
詰まりそうになる息を無理矢理吐き出し、床に視線を落とす。そうしていれば、気を失う前のことを思い出せそうな気がした。
現に、彼女を視界から外しただけで呼吸が楽になっている。変な緊張感も多少緩和され、背中が痛みを訴えた。これは固いところに寝ていたせいか。
うるさいくらい聞こえていた声がいつの間にか消えている。あんなに悩まされていた不快感がなくなり、拍子抜けした。それでも気になっていることには変わりがない。
そういえば、氷優はどうしたのだろうか。レイヤと一緒にいたはずなのに、近くに彼の姿は見当たらない。
「あの……」
恐る恐る口を開いて、椅子に腰かけている彼女へ尋ねてみる。
「何かしら」
突き放したような返事に、一瞬だけ挫けそうになった。
「氷優は、どこですか?」
「あの子なら暁のところにいるわ。そろそろ血相変えて来るんじゃないかしら」
今更ながらに思う。暁さんを呼び捨てにするこの人は、いったい何者なのだろうかと。
「あなたは――」
「レイヤ!」
レイヤが尋ねようとしたそのとき、駆け込んできた誰かに遮られてしまった。
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