ドアを開けたとき女はギョッとしたような顔をしていた。マサさんと話しをしている時も俺のことをしきりと気にしている様子だった。思い切って俺は女に理由を尋ねてみた。女は震える声で語った。女の話では、ホテルが建って暫く経った頃から、昔住んでいた家の夢を良く見るようになったそうだ。家の中には幼い自分一人しかいなくて、家族を探して広い家の中を歩き回るのだと言う。そして、いつの間にか目が覚めて、涙を流しているのだと言う。ある晩、酷い悪夢を見たそうだ。風呂場と自分の部屋で繰り返し、何度もレイプされたのだという。夢と現実の区別が付かないほどリアルな夢だったそうだ。気が付いた時、自分の手に刀が握られていたそうだ。彼女は恐怖と怒りや憎しみで我を忘れて、彼女を犯した男を切り殺したと言う。その男が俺だったと言うのだ。それ以来、彼女は毎晩悪夢に襲われるようになった。客に付いた男達が彼女を酷いやり方で襲ってくるのだという。彼女が恐怖と絶望の絶頂に達した時に手に刀が握られていて、彼女は恐怖と怒りに駆られて、我を忘れて刀を振るったのだと言う。しかし、その悪夢は一月ほどすると見なくなったと言う。その代わりに急に体調が悪くなり、仕事中にボーッとして、接客中の記憶をなくしてしまうことが多くなった。生理も止まってしまったらしい。また、彼女は暫くすると新しい悪夢を見るようになったそうだ。目の前に小さな男の子が2人いて、自分はいつもの刀を持っている。そして、鬼の形相の亡くなった父親が彼女を棒や鞭で叩きながら目の前の子供を斬り殺せと責める。父親の責めに負けて刀を振るおうとすると母親の声がしてきて止められるのだという。


マサさんは女に「あなたのお父様は自殺なさったのではないですか?お母様もそのときに一緒に亡くなられたのではないですか?」と尋ねた。マサさんが言うとおり、彼女の両親は彼女の父親の無理心中により亡くなっていた。彼女の父親は朝鮮人に対して激しい差別意識を持って嫌っていたらしい。しかし、彼女の父親に金を貸したのは在日朝鮮人の老人だったそうだ。彼女の祖父に戦前世話になった人物で、破格の条件で金を貸してくれていたそうだ。バブルの絶頂期、手持ちの株などを処分すれば、それまでの借金は十分に返せたと言う。彼女の母親も強く返済を勧めていたそうだ。しかし、彼女の父親は「朝鮮人に金を返す必要などない。家族のいない爺さんがくたばればチャラだ」と借金を踏み倒す気でいたらしい。彼女の父親の話は聞いていて胸糞の悪くなる話ばかりだった。彼女も母親は慕っていたが父親の事を嫌っていたようだ。バブルが弾け彼女の家の資産は大きなマイナスとなった。マイナスを取り返そうとした父親は悪あがきをして更に傷口を広げた。金策が尽きた父親は老人に更なる借金を申し込んだが、断られた。その過程で彼女も借金の連帯保証人となった。彼女の父親は娘を連帯保証人にしても当たり前で、借金を断った老人と朝鮮人を呪う言葉を吐き続けたそうだ。間もなく老人は亡くなり、相続した養子も不況の煽りで破産した。老人の持っていた債権は悪質な回収屋の手に渡った。土地や屋敷を失い、それでも残った多額の借金に追われ自殺した彼女の父親の遺書には恨み言しか書かれていなかったそうだ。

彼女は母親の死を知っとき、勤務していた会社の給料では借金の利息も払いきれず、風俗で働く事が決まったとき自殺を考えたらしい。しかし、その度に母の霊に止められたそうだ。